DAC以降のオーディオパートを交換可能なモジュールにまとめ上げ、異なるDACによる音の違いを積極的に楽しめる、Astell&Kernのポータブルオーディオプレーヤー「SE180」(直販209,980円)。実際にどういった音の違いが表れるのだろうか。それを確認すべく、SE180と別売のDACモジュール「SEM2」を聴き比べてみた。

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    Astell&Kernの最新プレーヤー「A&futura SE180」(右手前)。左奥は既存のマルチDACプレーヤー「A&futura SE200」

SE180標準ユニット「SEM1」と別売「SEM2」の違い

感想の前に、まずは2つのDACモジュールの特徴から紹介していこう。

SE180に標準で付属する「SEM1」は、8ch DACのESS製「ES9038PRO」が1基搭載されていて、最大384kHz/32bitのリニアPCM再生や、最大11.2MHzのDSDネイティブ再生ができる。また、ヘッドホン出力は3.5mmステレオのほか、2.5mm 4極および4.4mm 5極のバランス端子が備わっている。

  • SE180のDACモジュールはユーザーの好みで交換可能

いっぽう、別売の「SEM2」(直販49,980円)は、AKM(旭化成エレクトロニクス)の「AK4497EQ」を左右独立のデュアル構成で搭載。再生できる音源のスペックもリニアPCMが最大768kHz/32bit、DSDが最大22.4MHzまでと、音の特徴が異なるだけでなく、音質面で多少有利な内容を持ち合わせている。ヘッドホン出力が3.5mmステレオ、2.5mm 4極と4.4mm 5極のバランス端子という点はSEM1と共通だ。

ということで、4.4mmバランス端子をメインに、いくつかのイヤホン、ヘッドホンで2つのモジュールの音を比較試聴してみた。

  • SE180のプレーヤー画面

finalイヤホン「A8000」で聴き比べる

まずは筆者がリファレンスとして利用しているfinalのハイエンドイヤホン「A8000」から。A8000は駆動力が高く特性のよいアンプとの組み合わせが求められる、ちょっぴり気むずかし屋なところのある製品なので、こういった試聴テストには重宝するイヤホンでもある。

SE180のデフォルトモジュール、SEM1との組み合わせでは、エアリーでクリアなサウンドが楽しめた。SN感がとてもよく、かつヌケのよい高域を持っているため、とても清々しい、明るい表現のサウンドが楽しめる。おかげで、女性ヴォーカルは軽やかな、のびのびとした歌声を楽しませてくれる。一点、A8000にはややライトすぎる音色傾向なのか、楽曲によっては歌声や演奏の印象度が普段よりも希薄なこともあった。

モジュールをSEM2に交換すると、予想以上にサウンドキャラクターが一変。いい意味で普通の音、聴き慣れた音色になる。おかげで、ヴォーカルは声の特徴がさらに感じ取れるようになった。また、低域の量感がたっぷりとしているため、落ち着いた印象のサウンドにも感じられる。抑揚も深く豊かで、演奏に迫力が感じられる。A8000との相性がよいのはSEM2モジュールと断言できる。

JVCイヤホン「HA-FW10000」で聴き比べる

続いて、イヤホンをJVC「HA-FW10000」に替えて試聴してみる。興味深いことに、こちらはSEM1のほうが魅力的なサウンドを聴かせてくれた。A8000との組み合わせのように音がライト過ぎる傾向もなく、SNのよさが存分に活かされたピュアなサウンドが楽しめるのだ。特に定位感が秀逸で、透明度の高い音響空間に、いっさいのにじみがない明瞭な声や演奏が響き渡る、とてもピュアなサウンドを楽しむことができた。高域に多少の特徴があるものの、決して嫌な印象はなく、声の艶やかさにつながっていて心地よくも感じる。

いっぽうSEM2は、なかなかに正確な表現というべきか、とても聴き慣れた音だった。解像感が高く、音色のクセもないとてもオーソドックスなサウンドは決して悪くないのだが、SEM1を聴いたあとではやや面白みに欠けると感じてしまう。このあたりは、あくまで好みの問題だが、DACを含めたモジュールの違いを端的に感じられるイヤホンとなった。

ゼンハイザー「HD650」で聴き比べる

もうひとつ、ヘッドホンでも試してみた。ゼンハイザー「HD650」を使い、ゲインはノーマルからハイ(日本語表示では“高ゲイン”)に変更している。

こちらの組み合わせでは、それぞれの音に特徴が感じられて興味深かった。SEM1はヴォーカルも演奏も距離感が近く、メリハリも普段よりオーバーアクションな表現となる。高域もこれまでイヤホンで感じていたサラサラした音ではなく、自然にロールオフしていて聴きやすい。そのぶん、ややウォーミーな音色傾向はあるが。

いっぽうSEM2は、メリハリも空間表現も原音そのままといいたくなるくらい、とても自然な表現となっている。ただし、高域の減衰がやや強めなのか、声がかなりウォーミーな傾向を持つ。聴きやすさとしてはSEM2のほうが良好かもしれないが、音色で好みが分かれそうだ。ただし、LiSAや米津玄師などのハードロックよりのJ-POPはSEM2のほうが断然相性がよかったので、SEM1一本で行くかSEM2も手に入れて使い分けるか、悩ましいところだ。

マルチDACプレーヤー「SE200」を改めて聴く

せっかくの機会なので、既存モデル「A&futura SE200」(2020年発売/直販239,980円)との聴き比べも行ってみた。

  • A&futura SE200

型番からはSE180よりも上位に位置するモデルのように見えるが、実際にはどちらが上ということはなく、価格的にもDACが2系統搭載されている複雑な構成故に、SE200のほうがほんの少し高額、というくらいの違いしかない。ヘッドホン出力もシステムは違えどパワーは同じ。

音楽ファイルのワイヤレス転送やファイル管理が行える「AK File Drop」やBluetoothレシーバー機能、LDACコーデック対応など、機能の充実という点では後発となるSE180のほうに優位性がある。

ということでA8000を使い、SE200に搭載されている2つのDAC、ESS「ES9068AS」×2とAKM「AK4499EQ」の音も聴いてみた。

  • SE200の天面に備わっている合計4つのヘッドホン出力。本体に表記はないが、写真左側の枠内の2つがAKM、右の枠内の2つがESSの出力

SE180を聴いたすぐあとに、SE200のESS「ES9068AS」の音を聴くと、ずいぶんとウェルバランスに感じられる。高域にちょっとしたクセがあるが、全体的には聴き心地の良い音色にまとめられているのだ。SE180のSEM1(ES9038PRO)ほど個性的ではないが、SEM2(AK4497EQ)よりは鮮やかな音といったイメージか。いっぽう「AK4499EQ」は、これまでとまったく異なる、超ダイレクトサウンドと行ったイメージ。ヴォーカルもギターも距離感の近い、ソリッドな音を聴かせてくれる。高域はやや強めだが、音色にクセはない。低域は強めの音で、ノリの良い演奏を楽しませてくれる。

SE200とSE180では音響システムが同一ではないため直接比較にはならないし、アンプまわりのチューニングもサウンドキャラクターに大きな影響を与えているはずなので、DACの違いが音の違いのすべてではない。けれども、ESSが艶やかな音色の傾向があったり空間表現が得意だったり、AKMはストレートな表現とオーソドックスな音色を良しとする傾向があったりと、それぞれに共通する個性が見られた。せっかくの機会なので、SE180でDACの違いを聴き比べ、自分の音の好みの追求に役立てて欲しい。

モジュール交換の面白さと良サウンドが両立

今回のレビューでは、音質以外の特徴もいくつか確認してみた。APKPUREのWebサイトから音楽ストリーミングサービスのアプリをダウンロードし、SE180にコピーしてインストールを行ってみたが、特に引っかかるポイントもなくスムーズに再生することができた。音質的にも、スマートフォンに比べてずいぶんとザラつき感が少なく、聴きやすい音色になっている。

  • SE180にAmazon Musicをインストール

  • Amazon Musicのホーム画面

  • Open APP Service対応の音楽ストリーミングサービスアプリを複数インストールできる

もうひとつ、BluetoothがLDACコーデックに対応したので、シュアのワイヤレスヘッドホン「AONIC50」で試してみた。こちらもワイヤレスとしては圧倒的な高音質となってくれるため、ぜひ活用したいところだが、Bluetoothワイヤレスで主流のTWS(完全ワイヤレスイヤホン)ではまだまだLDACコーデック対応製品が少ないため、今後の充実に期待したいところだ。

このように、SE180はDACモジュール交換ができる面白さと、Astell&Kernならではの良サウンドを持ち合わせている、なかなか魅力的な製品だと思う。ぜひ、DACモジュールの違いでどのように音が変わるのか、実際に試聴体験して欲しい。

  • Bluetoothの設定画面。LDACコーデックは音質または接続品質のどちらかに最適化して設定できる