ハイレゾ対応ポータブルDAPのトップブランドであるAstell&Kernから、新モデル「SE180」(直販209,980円)が発売された。同ブランドのプレミアムライン「A&futura」シリーズの第3弾として登場したもので、DACとヘッドホンアンプが一体化したユニットを交換できるシステムを採用しているのが最大の特徴だ。

  • alt

    A&futura SE180

“ユニット交換式”のDAP(デジタルオーディオプレーヤー)は、ヘッドホンアンプ部のみ交換できるものが中華オーディオメーカーからいくつか登場しているものの、DAC以降すべての回路を交換できるのはSE180以外にほとんど存在しない(執筆時点ではCayin「N6ii」とShanling「M30」のみ)。

というのも、DAC以降のすべてのパートを交換するということは、音質的にまったく別の製品にできるということであり、その希望を叶えたいのであれば、製品を買い換える(または買い足す)のが当たり前だからだ。SE180は、そういったこれまでの常識を覆す画期的な製品だったりする。

  • SE180はAK史上初のDACモジュール交換可能なハイレゾプレーヤーだ

しかしながら、本当にDACを交換することで大きく音質が変わるのだろうか。そう疑問に思う人も少なからずいるかもしれない。実は、オーディオマニアの間ではDAC交換で「音が変わる」のがごく一般的な認識であり、そのためプロユース、楽曲制作者側からは「DACの違いで音がコロコロ変わるのは困る」という意見まである。

そう、実際にDACの種類によって、音質や音色傾向が大きく変わってしまうことがあるのだ。これは、DACの持つ機能性と現実の問題が深く関わっている。そこで、製品の詳細について紹介していく前に、まずはDACについての概要と現状について少しだけ紹介しよう。

DACの違いでなぜ音が変わる?

DACとは、デジタル・アナログ・コンバーターの略称であることは皆さんもご承知のことと思う(知らなくてもどこかで聞いたことがあるかもしれない)。DACは、その名のとおりデジタル音声データを、スピーカーやヘッドホンで再生可能なアナログデータに変換する役割を受け持つもので、CDプレーヤー以降のオーディオ機器には必要不可欠なパートとなっている。

一方で、機能性としてはとてもシンプルなので、ヘッドホン端子の付いているスマートフォンでは、SoC内でDAC処理を行っているものが多い。本来は、メーカーや製品によって音が変わらないことが前提と考えられているパートなのだ。

ただ実際には、上述のようにDACの違いによって音が変わってしまう傾向がある。理由はいくつかあるものの、最大のポイントはDACそれぞれで内部処理が異なっていることだろう。

初期のDAC、およびCDの16bitデータを処理できればよかった時代のDACは、シンプルな処理でよかった。加えて据え置き製品への搭載が前提だったため、小型化の必要性がそれほど高くなかったことなどから、マルチビット型(ラダー抵抗などスイッチング素子を利用して変換処理を行うもの)と呼ばれるタイプがほとんどだった。

現代では、24bitや32bitのハイレゾ音源に対応しなくてはならなくなったこと、これまでのPCM音源とは方式の異なるDSD音源にも対応が必要といった理由によって、DACにはさらなる多機能さが求められるようになっている。

そこで新たに登場してきたのが、これまでのマルチビット型とは異なる「ΔΣ変調」(デルタシグマ変調=PCMのマルチビットデータを1bitの疎密波に置き換えて変換処理をするもの)を利用する1bit型DACだ。また、ポータブル機器が全盛となって小型化の必要性も高まってきたため、それらに対応すべくマルチビットと1bitを組み合わせたハイブリッド型も登場した。さらに、オーディオメーカーが自ら開発した独自システムを開発したことなども加わって、DACごとに音が変わる現在の状況が生じてしまっている。

とはいっても、DACごとに音が異なるのは決して悪いことではない。それを積極的に利用して楽しもうという考えが製品のバリエーションに貢献しているし、SE180のようなDAPが作り上げられたきっかけにもなっている。自分好みの音を追求するうえで、DAC選びもひとつの楽しみ――という風にとらえるのがオススメだ。

手軽なDAC交換システム。4.4mmバランス対応も

DACの説明がずいぶんと長くなってしまったが、ここからはSE180の紹介に戻ろう。

SE180は、ハイエンドクラスのDAPを得意とするAstell&Kernのなかにあって、ミドルクラスに位置する製品だが、他社製品も含めた全体で見ればハイエンドと呼べるポジションにある。そのためか、機能性やハードウェアの作りはかなりの充実度を誇っているのが特徴だ。

まず、SE180最大の特徴といえるDACを含むユニット交換システムは、Astell&Kernが開発した「TERATON ALPHA」という統合LSIを採用したユニットを採用。DACやヘッドホンアンプといった主要オーディオパートを手軽に交換可能になっただけでなく、本体とモジュールを物理的に分離することで、電源ノイズなどを遮断してさらなる高音質を実現しているという。

ちなみに、モジュールはネジ留めではなく、本体上部左右にあるスイッチを押してモジュールを引っ張り出せる構造。交換はいたって簡単だ(ただし電源オフの状態で行うよう注意書きされている)。

  • SE180からDACモジュールを外したところ

  • SE180からDACモジュールを外して内部をのぞいてみた

SE180はデフォルトで「SEM1」モジュールを付属している。SEM1には、高級ホームオーディオ機器などが採用する8ch DACのESS製「ES9038PRO」が搭載されていて、最大384kHz/32bitのリニアPCM再生や、最大11.2MHzのDSDネイティブ再生に対応。ヘッドホン端子は3.5mmステレオのほか、2.5mm 4極および4.4mm 5極のバランス端子も用意されている。

  • 本体と「SEM1」モジュールの回路イメージ

  • SEM1のヘッドホン端子。左奥から順に3.5mmステレオと、4.4mm 5極、2.5mm 4極のバランス端子を各1系統備える

4.4mmバランスはSEシリーズとしては初めてとなるが(Astell&Kernの既存製品では「KANN ALPHA」のみだった)、ほとんどのイヤホンが変換ケーブル(または変換プラグ)の必要なく楽しめるのは大変ありがたい。ヘッドホン出力もバランスで6Vrms(高ゲイン時)とかなりのパワフルさを誇っており、さらにノーマル/ハイのゲイン切替も用意されているため、マッチングのよくないイヤホン製品は皆無と思われる。

  • 本体設定でアンプ出力を「ノーマルゲイン」、「高ゲイン」のいずれかに切り替えられる

  • 本体側面のボリューム。151ステップで音量調整でき、リング状のLEDの光り方によって再生中の曲のビット深度やボリューム調節状態を表わす。左隣はマルチファンクションボタン

  • 本体背面

ワイヤレス機能が充実。ていねいなモノづくりに注目

ワイヤレス機能が充実しているのもSE180の特徴だ。無線LAN機能(2.4GHz帯)を備え、既存製品と同様のネットワーク再生機能「AK Connect」によって家庭内ネットワークの音楽ファイルを再生でき、「V-Link(Movie/Music)」機能による動画や音楽のストリーミング再生にも対応。新機能の「AK File Drop」では、音楽ファイルのワイヤレス転送やファイル管理も可能となった。

Bluetooth機能も強化され、これまで対応していたSBC、AAC、aptX HDに加えてハイレゾ相当のLDACコーデックにも対応。さらに、SE180をBluetoothレシーバーとして使う「BT Sink」が新たに採用され、スマートフォンなど外部機器からの音楽をワイヤレス再生で楽しめるようになった。

  • 設定画面には無線LANやBluetoothなどの各種項目が並ぶ

  • 音楽ファイルのワイヤレス転送などが行える新機能「AK File Drop」が追加された

ほかにも、5型のフルHD(1,980×1,080ドット)タッチパネルや、操作系にナビゲーションバーを採用(Androidスマートフォンと同等の操作性を確保)するなど、細部まで作り込まれている。そのあたりのていねいなモノづくりは、さすがAstell&Kernといえるものだ。

基本性能の向上を進めつつ、斬新なハードフェア構造の採用でまったく新しい魅力を持つ製品となったSE180だが、実際のサウンドはいかがなものだろうか。次回の後編では、既存モデル「SE200」との比較を交えつつ、各モジュールのサウンドについて詳細にチェックしていく。