東京薬科大学(東薬大)は8月27日、発達障害の発症と関連するタンパク質「CAMDI(Coiled-coil protein Associated with Myosin IIa and DISC1)」がマウスの胎児脳においてどのように機能しているかを解析し、CAMDIの発現を阻害した神経細胞では、移動する際にその進行方向に形成される「ダイレーション」と呼ばれる膨らみが消失することを明らかにしたと発表した。
また、脳組織を生きたまま解析するライブイメージングを実施したところ、CAMDIはダイレーションにおいて安定と分解が繰り返されること、CAMDIが安定している間に神経細胞が移動していることが見出されたこと、ならびに神経細胞は細胞分裂を終了した細胞だが、CAMDIは細胞分裂に必要な機構によって分解されること、その分解を止めると次のサイクルに進めずに神経細胞が移動できないことなども確認されたことが併せて発表された。
同成果は、東薬大 生命科学部の奥田翔平大学院生(研究当時)、同・福田敏史講師らの研究チームによるもの。詳細は、「Journal of Biological Chemistry」に掲載された。
統合失調症や自閉症、注意欠陥多動性障害、学習障害などといった発達障害に代表される精神疾患は、生まれながらの心や脳の特性(個性)が日常生活において支障をきたす疾患として知られている。
社会性などの高次機能を担う大脳皮質は、胎児期(母体内にいる期間)に形成が行われる。大脳皮質を形成する部位では、脳の内側に存在する神経幹細胞が非対称分裂をすることで神経細胞が生み出されていく。生み出された神経細胞は、脳の外側へ向かって移動することで、将来の大脳皮質に認められる6層構造を形成することがわかっている。
神経細胞が移動するときは、尺取り虫のように突起を伸ばしてから細胞本体を移動させていくが、その際には、進行方向にダイレーションと呼ばれる膨らみが形成されることが分かっている。
神経細胞は、まずそのダイレーションに「中心体」と呼ばれる細胞内小器官を先行して移動させ、それを追うようにして核があとから移動することで細胞全体が移動した後、ダイレーションが消失することで次の移動サイクルに進むという、一連の動きを周期的に繰り返すことで細胞移動が行われるが、このダイレーションの形成が、神経細胞の移動に重要であることが明らかにされている。しかし、周期的にダイレーションの形成と消失を繰り返す分子機構は明らかになっていなかったという。
福田講師らは2010年、精神疾患関連タンパク質「DISC1」に結合する新規タンパク質「CAMDI」を発見し、胎生期の大脳皮質で発現が確認され、細胞内では中心体で局在が認められること、発現阻害により大脳皮質神経細胞の移動異常を示すことを報告していた。
また、このCAMDI遺伝子は、染色体上における自閉症の原因領域の1つである「2q31.2」に存在することから、2016年にCAMDI欠損マウスを用いて、神経細胞移動の遅延、ヒストン脱アセチル化酵素「HDAC6」の過剰活性化を伴う中心体の未成熟に加えて自閉症様の行動が確認されることを確認したほか、CAMDI欠損マウスの胎生にHDAC6特異的阻害剤の投与を行った結果、神経細胞移動の遅延が回復し、自閉症様行動が改善することなどが報告されていた。
今回の研究では、これまでの研究から、自閉症様行動の原因の1つとして、CAMDI遺伝子が制御する神経細胞の移動に異常があることが示唆されたことから、その詳細な分子機構を明らかにすることを目的として行われた。
ターゲットとして、CAMDIが神経細胞の移動中の「いつ」「どこで」「どのような」振る舞いをするのかについて詳細な解析を行うことで、神経細胞移動の分子機構を解明することとし、詳細な調査が実施されたところ、CAMDIの発現を阻害した神経細胞ではダイレーションの形成が阻害されること、ならびに神経細胞の移動速度が25%程度まで減少することが見出されたという。
また、ライブイメージングによる解析の結果、EGFP遺伝子のみを導入した神経細胞は、移動サイクルの間でEGFPのシグナルの輝度は変化しなかったが、EGFP-CAMDIのシグナルは進行方向に伸ばした突起中に形成されるダイレーションと中心体の周囲に認められること、その両シグナルが一体となってCAMDIが安定化して輝度が最高に達すると細胞体が引き上げられた後、CAMDIの輝度は急速に減少し、その後、再びCAMDIのシグナルが安定化すると次の移動サイクルへ移行することが示されたとする。
さらに、APC/Cの阻害剤である「Apcin」による処理などを経ると、ダイレーション形成やCAMDIの輝度変化が消失し、神経細胞の移動が阻害されることも確かめられたという。
これらの結果は、移動中の神経細胞の中でCAMDIが適切な時期に適切な発現量で、かつ、その安定と分解の繰り返しが周期的に行われることが、胎児脳の形成に重要であることを示すものであると研究チームでは説明している。
なお、今回の研究成果により、胎児脳の神経細胞移動における周期的な分子メカニズムの制御を標的とした自閉症を含む発達障害の新たな治療法の確立が期待されるとしている。