量子科学技術研究開発機構(量研)は6月16日、イオン伝導体を分離膜として用いたリチウム(Li)回収技術において、Li溶液をアルカリ性にするとともに、イオン伝導体の表面改質処理によるLiイオンの吸着性の改善によって、Li回収速度を従来比で約200倍に向上することを可能とした分離膜技術を確立したと発表した。

同成果は、量研 核融合エネルギー部門 六ヶ所核融合研究所 増殖機能材料開発グループの星野毅上席研究員らの研究チームによるもの。今回開発された技術は、日米などにおいて特許が取得済みだという。

デジタル化社会においてなくてはならない存在となったリチウムイオン電池。近年はスマートフォンやノートPCなどのIT機器に加え、電気自動車(EV)へ搭載されるなど、活用領域を拡大させている。

リチウムイオン電池の正極材には炭酸Li(Li2CO3)などが使用されており、原料であるLiの需要は年々増加している。具体的には、2018年時点で6万トン弱であったものが、ハイブリッド車やEVの販売台数の増加に伴い、2025年には20万トン程度にまで増加することが予測されており、その後も継続して伸びることが見込まれている。

Liは宇宙で最も多い元素である水素、それに続くヘリウムの次に多いとされており、人間が消費する分としては十分量があるように思えるが、実は恒星内の核融合などではできにくい構造のため、宇宙誕生以来、全宇宙規模で見て希少な元素の1つであるという。

実際、地球上においても、産出国はチリやアルゼンチン、ボリビアなどの南米、オーストラリアなどに限られている。環境問題の観点から世界的にガソリン車からEVへのシフトが進む今後、日本が今後も安定的にLiを確保できるかどうかは1つの課題といえる。

一方、Liは資源国においても天然から回収する際の課題が生じているという。南米などにおけるLiの主な回収方法は、広大な土地を利用する塩湖かん水の天日蒸発によるものだが、Liの濃縮には1年以上かかり、不純物元素除去などに薬剤が必要となっており、今後の生産拡大には生産性の拡大と環境負荷の改善が課題とされているためである。

実は核融合の燃料としてもLiが必要とされている。そのため、量研でも長年にわたって、Liイオン伝導体をLi分離膜とし、容易に超高純度Liの回収を可能とする「イオン伝導体Li分離法」(Li Separation Method by Ionic Conductor:LiSMIC)を研究してきたという。

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    LiSMICによるLi回収技術の模式図。なお、今回は特に触れられていないが、図中にはLi資源として海水とある。LiSMICを塩湖かん水に適用させることができれば、基本的には対応可能と思われる(すでに国内で回収技術は開発されている)。ただし、海水1Lあたりの濃度がとても低いため、回収コストを下げることが課題とされている (出所:量研Webサイト)

LiSMICは、Liを超高純度の水酸化リチウム水溶液として回収し、そこにCO2ガスを吹き込むことで電池原料となる炭酸Li粉末を精製することができるほか、回収時の副産物として発生する水素の有効活用が検討されており、Li資源循環の構築に寄与する可能性が秘められていると考えられてきたという。

ただしこれまでの試験条件では、イオン伝導体を透過するLiの速度が0.01mg/時と、実用化に向かないものであったという。実際に実用化するためには、分離膜の回収速度を100倍以上となる、数mg/時へと向上させる必要があると考えられており、その実現に向けた研究開発が進められてきたとする。

これまでの試験では、Liイオン伝導体の1つである、Li・ランタン・チタンの酸化物である「La0.57Li0.29TiO3」(LLT)が分離膜として用いられてきたが、高いイオン伝導率にも関わらず、予想されるような回収速度が得られていなかったという。

そこで、研究チームはLi含有溶液の液性に着目。これまで使用されていた中性溶液においては、溶液中に多く存在する水素イオンがイオン伝導体表面に吸着してしまい、溶液中のLiイオンが透過することを阻害していることを考察。その解決策として、溶液をアルカリ性にして水素イオンを減らすことで、回収速度が約140倍に向上することが見出されたとする。

さらに、Liイオンがイオン伝導体表面に多く存在すれば、Li回収速度の向上が期待できるのではないかと考え、LLTの表面のみを塩酸に浸漬させ、Liイオン伝導体中に存在するLiを水素(H)で置換する表面改質を実施。LLT表面のHと溶液中のLiイオンの交換反応を促進させる状況を作り出すことで、Liイオン吸着性能を発現させることにも成功したという。

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    Li含有溶液(濃度700ppm)からのLi回収試験にて平均回収速度が約200倍に向上した (出所:量研Webサイト)

このLi吸着性能によってLi回収速度はさらに向上されることとなり、最終的には従来のLiイオン伝導体を中性溶液にて用いた場合のLi回収速度の約200倍となる1.8mg/時が達成されたとしている。

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    Li回収量を飛躍的に向上させる表面Li吸着Liイオン伝導体 (出所:量研Webサイト)

なお、今回の成果を受けて、量研はLiSMICの早期社会実装を目指し、使用済みLiイオン電池からのLi回収(リサイクル)の実用化を目的とした量研アライアンス「超高純度Li資源循環アライアンス」を設立したとするほか、塩湖かん水からのLi回収における従来法に替わる高生産性、低環境負荷技術としてのLiSMICの適用に関する取り組みも開始したという。

また、今後は、LiSMICを中軸としたLiの安定資源確保のシナリオとして、国内Li資源確保として使用済みリチウムイオン電池のリサイクル、海外Li資源確保として塩湖かん水からのLi回収を行うといった取り組みを通じて、Li源からのリチウムイオン電池の製造、ならびにその製品のリサイクルといった日本独自のLi資源循環社会の構築を目指すとしている。