ハイパーカミオカンデが目指すサイエンス

現在も稼働中のスーパーカミオカンデは、基礎科学としての素粒子物理学、宇宙素粒子物理学の分野で大きな成果を残してきた。

しかしその一方で、ニュートリノがほかの素粒子に比べて100万倍以上軽い理由はわかっておらず、宇宙が現在の姿になった原因がニュートリノの性質にある可能性も持ち上がるなど、新たな謎が生まれている。そこで、より高性能なハイパーカミオカンデが求められたのである。

ハイパーカミオカンデを使った研究は、大きく3つが計画されている。

ニュートリノ振動研究

1つ目は、「ニュートリノ振動」のさらなる研究である。梶田氏らの発見により、ニュートリノに質量があることはわかった。一方で、ニュートリノには、「電子ニュートリノ」、「ミューニュートリノ」、そして「タウニュートリノ」の3種類があるが、それぞれの質量の差や、どれがどれくらいあるのかということははっきりとわかっていない。

そこで、ハイパーカミオカンデを使い、宇宙からやってくるニュートリノのほか、茨城県にある大型加速器「J-PARC」で生成したニュートリノを精密測定することで、ニュートリノ振動に関わるニュートリノの性質の全容解明を目指す。

これにより、現在の宇宙がなぜいまのようになったのかという、根源的な問題が解けると期待されている。宇宙が始まったころのビッグバンでは、粒子(物質)と反粒子(反物質)が同じ数だけ生まれたと考えられている。しかし、現在の宇宙は物質で満たされており、反物質はほとんど見つからない。この非対称性がなぜ生まれたのかは未解決の謎となっている。

これまでの研究で、この非対称性が生まれるにはいくつかの条件が必要であることが知られており、そのひとつが「CP対称性の破れ」と呼ばれる現象である。CP対称性とは、物質をまるごとそのまま反物質に入れ替えてもまったく同じ現象が同じ確率で起こる、ということを意味する。これが破れる、つまり「ある現象が違う確率で起こる」ことがわかれば、物質と反物質の量に差が出ることに説明がつく可能性がある。

現在、陽子や中性子などのバリオンでは、この「CP対称性の破れ」があることが知られているが、その破れは非常に小さく、これだけで宇宙の物質・反物質の非対称性は説明できない。そこで、バリオンのCP非対称性の起源は、ニュートリノのCP非対称性であるという理論が提案されており、有力な仮説のひとつとして考えられている。

もし、ニュートリノと、その反粒子である反ニュートリノについて、ある現象の起きる確率に差があることがわかれば、「現在の宇宙がなぜ物質で満たされていて反物質がないのか」という根源的な問題が解けると期待されている。

さらに、3つのニュートリノ質量の順番などの質量、混合パラメータの決定を通して、ニュートリノの性質の背後にある未知の法則にも迫れるとしている。

ニュートリノ天文学

2つ目は、超新星爆発や太陽などからのニュートリノを観測することで、超新星爆発の仕組みや、星やブラックホール誕生の歴史を解明する、「ニュートリノ天文学」である。

大質量の星が爆発する超新星爆発という現象は、地球や人間の原材料になる重い元素を宇宙空間に放出する役割があることが知られている。一方で、星が自身の巨大な重力に逆らって爆発できる仕組みはいまだにわかっていない。

そこでハイパーカミオカンデでは、超新星爆発の内部から飛来する大量のニュートリノを観測することにより、時々刻々の天体内部の様子を調べ、さらに重力波望遠鏡KAGRAによる重力波観測とも連携することで、爆発の仕組みを解明できることが期待されている。

また、宇宙全体の超新星爆発からのニュートリノを測定することで、星やブラックホール誕生の歴史も解明できるとしている。

陽子崩壊の探索

そして3つ目が「陽子崩壊」という現象の探索である。原子の中心にある原子核は、中性子と「陽子」という素粒子で構成されている。この陽子が安定かどうか、すなわち寿命があるのかどうかは、現在の素粒子物理学が直面する最大の謎とされる。

現在、多くの科学者が、物質に働く4種類の力のうち、「電磁気力」、「弱い力」、「強い力」の3つの力を統一的に説明するため「大統一理論」という理論を研究している。この理論はまだ未完成だが、ほとんどの大統一理論では、陽子はいつかは壊れると予言されている。つまり、陽子が壊れる「陽子崩壊」が確認できれば、大統一理論の正しさを検証する鍵となる。

しかし、予測される陽子の寿命は、1030(10の30乗)年以上という途方もないものであり、宇宙の年齢である138億年すらも大きく超えるため、ひとつの陽子が壊れるまで観測し続けることは不可能である。

ただ、粒子の寿命というのは、最初にあった個数から壊れて1/2.72に減った時間を意味する。そのため、巨大な検出器の中に、たくさんの陽子を用意して観測することで、たとえ観測時間が短くとも、陽子の寿命を計ることができる。

現在、スーパーカミオカンデでは、検出器内の純水中に含まれる7.5×1033(10の33乗)個の陽子を12年以上観測し続けているが、いまだに陽子崩壊は観測されていない。そのため、陽子の寿命は少なくとも1034(10の34乗)年以上と見積もられている。

ハイパーカミオカンデは前述のように、スーパーカミオカンデの約10倍の体積をもつ。そのため、現在のスーパーカミオカンデの結果をたった2年で追い越すことができ、さらに10年間の観測では、現在得られている下限値よりも1桁長い、1035(10の35乗)年まで見ることができるため、現在提唱されているさまざまな大統一理論のモデルの予言の大部分を検証することが可能になる。

もし陽子崩壊が観測できれば、大統一理論の証拠となり、素粒子物理学のパラダイムシフトとなる。そして、「宇宙の物質は永遠ではない」という、宇宙の運命に対する問いの答えにもなる。

実験チームは、こうした観測ができるハイパーカミオカンデを「素粒子を観察する『顕微鏡』であると同時に、飛来するニュートリノを用いて太陽や超新星爆発を見る『望遠鏡』でもある」と説明する。そして、この観測装置を使った3つの研究により、「『宇宙初期を司る究極の自然法則はどのようなものか』、さらに『人はどこから来てどこに行くのか』といった、人類にとって根源的な問いに挑戦する」と意気込む。

東京大学宇宙線研究所長の梶田氏は「ハイパーカミオカンデのプロジェクトはサイエンスとしてきわめて重要だと思っていますし、世界中の研究者もそう思ってくれています。時間はかかりましたが、それほど期待の高いプロジェクトを、日本がホスト国となってやれるのは本当に素晴らしいことと思います。着実に建設を進め、2027年に観測を開始し、いい成果が出てほしいと思っています」と語った。

また塩澤氏は、「実験代表者として3つすべて大事」と前置きしたうえで、「私はスーパーカミオカンデで、陽子崩壊の研究をしており、毎日新しいデータを確認し、『陽子崩壊がないか』と探すのは楽しい時期でした。ハイパーカミオカンデが動き出せば、そういう楽しい毎日がまたやってくるのかなと思っています」と期待を語った。

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    記者会見する東京大学宇宙線研究所の梶田隆章所長 (C) 東京大学宇宙線研究所

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    ハイパーカミオカンデ着工記念式典の鍬入れ (C) 東京大学宇宙線研究所

参考文献

ハイパーカミオカンデ
ハイパーカミオカンデの着工記念式典を開催 | 東京大学
スーパーカミオカンデ 公式ホームページ
Detectors and computing - DUNE at LBNF