理化学研究所(理研)は5月25日、カーボンナノチューブ(CNT)をはじめとする高品質のナノ材料を緻密に配置する手法を開発したと発表した。

同成果は、理研 開拓研究本部 加藤ナノ量子フォトニクス研究室の大塚慶吾訪問研究員(研究当時)、同・方楠基礎科学特別研究員、同・加藤雄一郎主任研究員、理研 光量子工学研究センター 量子オプトエレクトロニクス研究チームの山下大喜訪問研究員、物質・材料研究機構(NIMS)国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の谷口尚フェロー、NIMS 機能性材料研究拠点の渡邊賢司主席研究員らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

1991年に発見されたCNT(単層)は、グラフェンを直径1~3nm程度の筒状にした構造を持つ物質で、その細い直径に対し、長さは1μm以上にもなる。

  • CNT

    CNT(単層)の模式図。(a)CNTは、グラフェンを筒状に丸めた構造をしており、直径は1~3nm程度だ。(b)(a)のCNTの円周一巻きに相当するベクトル(赤い矢印)をグラフェン上に描くと、グラフェンの基本格子ベクトルa1、a2の重ね合わせで表現できる。このときに現れる2つの係数n、mを用いて、CNTの幾何構造が定義される。図中のθ角度はカイラル角と呼ばれる (出所:理研Webサイト)

その炭素原子の並び方(幾何構造)は、CNTの周方向に一周するベクトルを定義する2つの整数(n、m)により特定することができ、この巻き方のことを「カイラリティ」と呼ぶ。そのため、CNTは数十万個を超える原子から構成されるナノ物質でありながら、原子レベルで構造を定義可能な物質であり、ナノテクノロジーよりもさらに小さな、ピコテクノロジーともいうべき原子レベルの技術を開拓するのに役立つ可能性を秘めていると期待されている。

CNTはカイラリティや周囲の環境に依存してバンドギャップの有無やその大きさが多種多様であるため、フォトニクスやエレクトロニクスの分野でも幅広い応用が期待されている。直径約1nmの半導体性のCNTは、光通信に使われている近赤外光領域(波長1200~1600nm)で発光すること、またレーザーパルスを照射すると室温で単一光子源として機能することから、量子情報処理技術への応用を念頭に置いた研究も進められている。

しかし、電子・光学特性の個性を生むカイラリティは一般的にランダムに決定づけられるため、必要な種類のCNTが適切な位置にあることが求められるデバイスにおいては、その多様性が応用を妨げる要因にもなっているという。

また、すべての構成原子が表面にあるCNTにおいては、その物性は周囲環境に敏感だ。例えば、フォトニクス応用では清浄な表面を保たないと明るい発光が得られないことから、CNTの適切な配置と表面の清浄性を両立する手段はこれまで確立されていなかった。

そこで共同研究チームは今回、CNTを操作するにあたって、昇華性の高いアントラセン分子に着目。CNTの適切な配置と表面の清浄性を両立することを目的に、以下のような「転写方式」が考案された。

  1. 顕微鏡下で。アントラセン成長用基板上のアントラセン単結晶を透明スタンプにより拾い上げる。
  2. その透明スタンプに貼り付いたアントラセン単結晶の平坦な面をCNT成長用基板に押し付け、素早く引き離すと、その表面に多数のCNTが拾い上げられる。
  3. CNTの蛍光発光をモニタリングしながら、アントラセン単結晶を転写先基板上の狙った位置へ貼り付け、対象のCNTの位置を精密に制御。
  4. その後、100℃程度に加熱するとアントラセン結晶が昇華され、結果としてCNTのみが転写されることになる。

この手法では、昇華によってアントラセンの結晶成長と除去が行われ、全工程で溶媒などの液体が関与ないことが大きな特徴だ。そのため、CNTへの不純物による汚染を防止できるだけでなく、1本のCNTの一部が宙に浮いた繊細な構造などを作ることも可能だとする。

  • CNT

    CNTの転写工程の模式図。(a)アントラセン成長基板上のアントラセン単結晶(黄)を顕微鏡下で、透明なゴムスタンプ(緑)で拾い上げる。(b)アントラセン結晶をCNT成長用基板に押し付け、はがすことで、CNT(黒)を拾い上げる。(c)対象のCNTを、その発光を測定しながら(赤)、転写先基板の目標位置上に運んでいく。(d)アントラセン結晶とCNTのみを転写先の基板に残して、透明スタンプを引きはがす。(e)100℃程度に加熱する、あるいは室温で数日置いておくと、アントラセン結晶が昇華する。(f)転写されたCNTからの発光を計測する (出所:理研Webサイト)

一例として、単結晶水晶の基板上で長さ100μm程度に成長させた水平配向CNTを、今回の手法によって5μm幅の溝が彫られているシリコン基板上に転写が行われたところ、孤立したCNTを溝上に架橋させることに成功したという。

  • CNT

    転写された架橋CNTの高強度発光。(a)溝を架橋するように転写されたCNTの電子顕微鏡像。(b)(a)と同一エリアにおけるCNTの発光イメージ。(c)同じCNTから得られる発光スペクトル。架橋部の宙に浮いた部分は明るく発光するが(赤)、CNTは表面の状態に敏感なため、基板と接した箇所(緑)における発光効率は250分の1程度に低下する。架橋部の発光特性から、直径1.15nmでカイラル角28°の(9,8)CNTであることが確認された (出所:理研Webサイト)

そのCNTを測定したところ、溝上の宙に浮いた部分は、シリコン基板表面上の両端部分の約250倍の発光強度を持つことが明らかとなった。これは、元の単結晶水晶基板上の発光強度の約5000倍であり、合成直後に溝上に架橋された清浄なCNTに匹敵する明るさだという。

今回の手法によるカイラリティ・位置制御の有用性を示すため、特定の波長の光を閉じ込める機能を持つナノ構造である「フォトニック結晶微小光共振器」の上に、相性の良いCNTを選んで配置することが試みられた。同共振器はシリコンでできているが、CNTは宙に浮いていないと明るい発光を得られないという弱点がある。

そこで着目したのが、二次元絶縁体「六方晶窒化ホウ素」だ。2020年に共同研究チームがCNTの光物性への影響が少ないという点を見出しており、それをCNTと共振器の間に挿入することにしたという。

CNTの発光波長と共振器の共振波長は、六方晶窒化ホウ素の存在によってシフトしてしまうため、それらのシフト量を逆算した上でCNTと共振器の適切な組み合わせが選定された。選んだCNTが共振器の上に配置されたところ、CNTの発光が共振器と結合したことに由来する鋭いピークが得られたという。

  • CNT

    狙って転写されたCNTのナノビーム微小光共振器との光結合。CNT(緑の筒)をシリコンでできた微小光共振器上に転写する前に、スペーサーとして厚さ30nm程度の六方晶窒化ホウ素(赤と青の平面)を転写しており、CNTはそれを介して共振器(はしご状の構造)と結合している(左上図)。スペーサーには、共振器により増幅された電場が減衰しないように薄いこと、またCNTの励起子を消失させないことが求めれる。波長1514nmに、CNTの発光が共振器と結合したことに由来する鋭いピークが得られたことがわかる(発光スペクトル) (出所:理研Webサイト)

今回の研究によって得られた技術は、CNTにとどまらず、原子層材料やそのほかのナノ構造を自在に組み合わせた高次システムの構築への貢献が期待できるとする。その先には、原子レベルで構造が定まった材料を構成要素として、従来とは異なる機能を設計して築き上げていくという、ナノテクノロジーを超えた原子レベルの技術の開拓に役立つ可能性を秘めているとしている。