ヌリ号と韓国の宇宙開発の今後

前述のように、韓国は現在、衛星を打ち上げることができるロケットを保有しておらず、他国に依存している。したがって、ヌリ号が完成すれば、韓国は衛星打ち上げの自律性を確保することができる。

KARIではまた、ヌリ号がもたらす恩恵について、「韓国が安定的に宇宙開発を行うための重要な手段として、さらに宇宙強国に飛躍することを目指す手段としても活躍することになる」としている。

韓国は、質量数百kg級の小型・超小型衛星の分野では高い技術をもち、衛星本体のほか、光学機器などのコンポーネントや、衛星と地上システムをパッケージ化したうえでの他国への輸出も行われている。最近でもKARIが新しい小型(中型)衛星の自主開発に成功し、韓国航空宇宙産業など民間への技術移転も始まった。ヌリ号のエンジンを開発しているハンファも3月末、衛星事業に乗り出すことを表明している。

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    韓国は小型衛星の分野では高い技術をもつ。画像は3月22日に打ち上げられた、KARIが開発した小型(中型)衛星「次世代中型衛星1号」の想像図。今後民間にその技術が移転される (C) KARI

ヌリ号の打ち上げ能力は、こうした超小型~中型の衛星の打ち上げにとって非常に適しており、無事に運用に入ることができれば、偵察衛星の打ち上げから運用までを一貫して、自律的に行えるようになり、安全保障面で大きな価値をもたらす。

そればかりか、商業打ち上げ市場への参入や、衛星の開発とロケットによる打ち上げをセットにした販売などもできる可能性が見えてくる。とくに近年、小型・超小型衛星の打ち上げ需要は世界的に高く、価格やサービス面で魅力なものになれば、シェアを取れる可能性もある。

今回の燃焼試験を視察した文大統領も「民間主導の宇宙開発の能力向上に努めます。スペースXのような世界的な宇宙企業が韓国からも誕生するよう、革新的な産業のエコシステムを構築します。また、国の研究機関が保有する技術を段階的に民間企業に移転します。そして、宇宙産業クラスターの形成と宇宙サービス産業の活性化に向けて、制度改善に向けた計画を進めていきます」と語っている。

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    ヌリ号の最終総合燃焼試験を視察する文在寅大統領 (C) THE REPUBLIC OF KOREA CHEONG WA DAE

また、ヌリ号は大型ロケットへの発展も考えられている。ヌリ号の75tf級エンジンは、スペースXの「ファルコン9」の初期型のエンジンに近く、したがってファルコン9のように、エンジンを9基束ねて大型ロケットにしたり、あるいはその機体を3機束ねて「ファルコン・ヘヴィ」のようなロケットにしたりといった発展も不可能ではない。事実、KSLV-IIIやKSLV-IVといった名前で呼ばれる、大型、超大型ロケットへの発展構想もたびたび語られている。

さらに、ヌリ号が完成すれば、自力で月・惑星探査に乗り出すことも可能になる。韓国は現在、月探査機「コリア・パスファインダー・ルナー・オービター(KPLO)」を開発しており、2022年にもスペースXのファルコン9ロケットで打ち上げることを計画している。そして、その成果を踏まえ、2030年には月着陸機と探査車を、ヌリ号で打ち上げることが計画されている。

文大統領は「ヌリ号の技術的基盤を活かせば、2030年には独自のロケットを使って月に着陸するという夢を実現することができます」と宣言。さらに「2029年に地球の近くを通過する小惑星『アポフィス』を探査する計画も進めます」という展望も語った。

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    KARIが構想している月探査計画の想像図 (C) KARI

ヌリ号と韓国の宇宙開発の課題

一方、ヌリ号をはじめとする韓国の宇宙開発には課題も多い。

ナロ宇宙センターは韓国の中で最もロケット打ち上げに適した場所であるのは間違いないが、立地上、北は言うまでもなく、東側にも日本があるため、南の方向にしか飛ばせないという問題がある。つまり、地球観測衛星や偵察衛星など、極軌道衛星を打ち上げる場合には問題にはならないが、東方向に飛ばさなければならない静止衛星などの打ち上げは事実上不可能である。

したがって、他国に発射場を設けるか、あるいは海上から打ち上げる方法を取るしかない。もしくは、打ち上げの自律性は維持しつつ、それを外交カードとして活用し、大型の静止衛星などの打ち上げは他国に委託するといった、イスラエルなどのような戦略を取る方法も考えられる。

また、たとえ極軌道衛星の打ち上げのみ行うと割り切ったとしても、商業打ち上げを始めとするヌリ号の運用にも足かせがある。

韓国の『中央日報』は3月30日、「韓国、ヌリ号打ち上げ成功しても衛星独自打ち上げは事実上“不可能”」という記事を掲載した。これによると、米国の国際武器取引規則(ITAR)があることから、米国の技術や部品が入った衛星や探査機を、ヌリ号に載せて打ち上げることができないと指摘。また、仮に自国製の衛星に関して完全な国産化を達成できれば、その衛星の打ち上げは可能になるが、他国の衛星を載せての商業打ち上げサービスは行うことができないと報じている。

衛星技術はすでに高いレベルに達し、ヌリ号の完成も見えてきた。今後は、ロケットを打ち上げる場所、そして技術以外の規則、規制の問題をいかに解決していくかが、韓国の宇宙開発の課題となりそうだ。

参考文献

https://www.kari.re.kr/kor/kariimg/view.do?idx=1676&imggbn=VDO&imgtp=R&mno=sub10_01
Remarks by President Moon Jae-in at Space Strategy Presentation for Korea Following Nuri Thrust Engine Combustion Test
https://www.kari.re.kr/kslvii/contents/siteMain.do
韓国、ヌリ号打ち上げ成功しても衛星独自打ち上げは事実上“不可能” | Joongang Ilbo | 中央日報