史上初の火星ヘリコプター「インジェニュイティ」
パーサヴィアランスにはまた、史上初となる火星ヘリコプターの「インジェニュイティ(Ingenuity)」も搭載されている。インジェニュイティとは「創意工夫」や「発明の才」といった意味をもつ。
インジュニュイティはソフトボールほどの大きさの機体で、質量は約1.8kg。太陽電池を搭載し、二重反転ローターを回して飛ぶ。火星の大気はきわめて薄く、大気圧は地球の1%ほどで、地球にたとえると高度30kmに相当する薄さしかない。そのため、探査機はできる限り軽く造られており、そしてできる限り大きな揚力を得るための工夫が施されている。
また、火星と地球との間は遠く離れていることから、電波が届くのに片道5~20分ほどもかかるため、ラジコンヘリのように地上から操縦することはできない。そこで、センサーとコンピューターを使い、完全に自律して飛行できるようになっている。
インジェニュイティはパーサヴィアランスのお腹の部分に搭載されており、パーサヴィアランスの試験が終了したあと、つまりいまから1~2か月後の、今年春ごろに分離され、飛行試験を実施する予定となっている。
飛行試験では火星の30日間(地球の31日間)をかけて、最大5回の飛行を試みるとしており、飛行に成功すれば、地球以外の惑星で飛行する初の航空機となる。
もっとも、インジェニュイティはあくまで技術実証機であり、観測機器などは積んでいない。しかし、実証に成功すれば、将来的にはより本格的な火星ヘリコプターを送り込み、さまざまな活動を行える可能性が出てくる。
空という視点が加われば、火星探査が大きく、そして飛躍的に進むことが期待できる。たとえば探査車に先んじて飛び、科学的に興味深い場所を探したり、障害物を検知して探査車の安全な走行に役立てたりすることができる。
さらに、探査車では訪れることが難しい崖や洞窟、深いクレーターなどを探査したり、観測機器などの物資を運んだりすることにも役立つと期待されている。
前の世代から次の世代へ、史上初のサンプル・リターンの準備も
そして、パーサヴィアランスのもうひとつの大きな目的は、将来のミッションで火星の岩石やレゴリス(土壌)といったサンプルを地球に持ち帰るための準備をすることにある。
NASAは現在、欧州宇宙機関(ESA)と共同で、火星のサンプルを地球に持ち帰ることを目指した「マーズ・サンプル・リターン」計画を進めている。
計画は大きく3つの段階に分かれており、その先陣を切るのがパーサヴィアランスである。探査車には火星のサンプルを採取し、試料管に収容する機構が搭載されており、サンプルを試料管に密閉したのち、火星の表面、もしくは地下に置いて保管する。
そして2020年代後半、NASAが「サンプル回収着陸機(Sample Retrieval Lander)」を、ESAが「地球帰還周回機(Earth Return Orbiter)」を、それぞれ火星へ向けて打ち上げる。
サンプル回収着陸機は火星に着陸したのち、探査車「サンプル回収ローヴァー(Sample Fetch Rover)」を送り出し、パーサヴィアランスが残した試料管を回収。そして着陸機に搭載した小型ロケットに載せ替え、火星から打ち上げ、火星の周回軌道に乗せる。
そのロケットを、火星の周回軌道で待機していた地球帰還周回機で捕まえ、試料管を回収し、火星から出発。そして2030年代の初頭に地球に送り届ける、という流れが計画されている。
これまでのように、探査機を天体に送り込んで、その場で探査するというやり方は、すぐに分析ができるという利点がある一方で、探査機に搭載できるサイズや性能の観測機器では分析できることが限られてしまう、つまり十分に徹底した分析ができないという欠点もあった。
そこで、火星からサンプルを持ち帰り、地球にある最新の装置で分析することができれば、探査機よりも多くのことがわかるかもしれない。また、そのサンプルを保存しておけば、将来さらに性能が向上した装置で分析することもできる。
実際、過去にアポロ計画などで持ち帰られた月の石は、現在に至るまで保存され続けており、新しい装置で分析することで以前はわからなかった新しい発見があったり、新しい理論やモデルが生み出された際に保存した石を使って検証できたりといったことがある。
NASAの科学局長を務めるトーマス・ザブーケン(Thomas Zurbuchen)氏は「パーサヴィアランスは、火星から岩石やレゴリスを持ち帰るための第一歩です。火星のサンプルが私たちに何を教えてくれるかは、まだわかりません。しかし、それらが教えてくれるすべてのことは、地球以外の天体に生命がかつて存在していたかもしれないということも含めて、非常に重要なことなのです」と、その意義を語る。
また、NASAの惑星科学部局のディレクターを務めるローリ・グレイズ(Lori Glaze)氏は「パーサヴィアランスは史上最も洗練された探査車ですが、過去の火星に生命が存在したことを証明するには、大変な立証責任が伴います。もちろんパーサヴィアランスの機器でも多くのことがわかるでしょうが、真に生命の証拠を見つけるには、やはりサンプルを地球に持ち帰り、分析することが必要になるかもしれません」と語っている。
惑星科学者たちは長い間、火星のサンプルを手に入れることを待ち焦がれており、そしてパーサヴィアランスによって、いよいよその一歩を踏み出すことになる。
かつて火星を誰よりも愛した天文学者のカール・セーガン氏は「科学とは、何世代にもわたる人類の共同作業である」という言葉を残している。パーサヴィアランスの着陸成功や、その先進的な観測機器の数々は、まさにこれまでの火星探査によってつちかわれた技術やノウハウの賜物である。
そしてパーサヴィアランスは、より新しく優れた技術で、火星で新たな挑戦に臨み、さらに未来の火星探査にバトンをつなぐ一人の走者にもなろうとしているのである。
参考文献
・Touchdown! NASA’s Mars Perseverance Rover Safely Lands on Red Planet
・Entry, Descent and Landing (EDL) - NASA Mars
・Mars Helicopter - NASA Mars
・Mars Sample Return - Mars Missions - NASA Jet Propulsion Laboratory
・Mars 2020 Spacecraft - NASA Mars