PC製品を主力とする富士通クライアントコンピューティング(FCCL)は、13.3型ノートPCとして世界最軽量となる「FMV LIFEBOOK UH」シリーズなど、意欲的な製品を市場に投入している。FCCLがレノボグループの一員となって、新たに事業を開始したのは2018年5月2日。FCCLの齋藤邦彰社長は、最初の会見で、新生FCCLがスタートした日を「Day1」とし、約3年後の「Day1000」で進化した姿を報告することを約束した。Day1000は2021年1月25日。この短期連載では、Day1から続くFCCLの歩みを振り返るとともに、Day1000に向けた挑戦を追っていく。

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独自の国内研究開発拠点

富士通クライアントコンピューティング(以下、FCCL)の製品開発で心臓部となるのが、神奈川県川崎市のR&Dセンターである。かつて、富士通のPC事業の開発拠点は30年以上、富士通川崎工場内にあったが、2019年9月にFCCL独自の研究開発拠点を開設。新たな体制でスタートを切ってから、1年と数カ月を経過したところだ。

  • FCCLのR&Dセンターが入居する沖電線ビル。1階~3階の全エリアと、4Fの一部に居を構える

開発部門を統括する仁川進執行役員常務/CTOは、「お客さまに寄り添ったPCを開発するために、PCがどんな環境で使われ、どんなところで耐えなくてはならないのか。それをきちんと再現し、実験できる環境を整えた」としながらも、「単なる実験室にはしたくなかった。働きやすい開発環境を目指した」とする。

狙ったのは、様々な「匠」が集うコミュニティの場であり、エンジニアの向上心を刺激する仕掛けを持ち、機能的に、効率的に、モノで会話できる開発拠点だ。「必要なものがそこにある。ミスがない。ひらめきを逃さない」が、R&Dセンターのコンセプトである。

FCCL R&Dセンターは、JR南武線武蔵中原駅から徒歩数分のビルにある。5階建てビルのうち1階~3階の全エリアを使用しており、4階の一部エリアを会議室および応接室としている。実験室は1階と2階に集中し、3階はソフトウェア開発チームが入るほか、執務およびコミュニケーションフロアだ。

「フロア面積全体は従来の6割~7割の規模だが、古い設備や使いにくかった設備、過去の製品サンプルなど長年残っていたものを処分したり、フリーアドレス制を導入した結果、実験エリアや作業エリアはこれまで以上に働きやすい環境が実現できたと思っている」(仁川氏)

  • 富士通クライアントコンピューティング 執行役員常務/CTO プロダクトマネジメント本部 新規事業本部担当 仁川進氏

開発現場では、次の日も同じ環境のまま作業したい場合も多く、自席にその状況を残しておきたいという要望とフリーアドレス化への反対もあった。そこで、半年間の移行期間を設定しながらフリーアドレス化した結果、その日の作業に関わるエンジニア同士が自然と近い席に集まり、作業が効率化するといったメリットも生まれたという。

注目は、3階フロアの中央部に設置した「PARK」と呼ぶエリアだ。エンジニアたちが自由に使え、飲食もできるようにしている。立ったまま簡単に打ち合わせができるスペースなども用意した。

「作業の特性上、どうしても実験室にこもりっきりになってしまうエンジニアが多い。フリーアドレスとしたため、従来のように自席に戻ることができず、こもりっきりの状態を加速することも懸念された。そこで、気分転換をしたり、物事を考えるスペースとしてPARKを用意した。実験をしていると壁にぶつかることも多い。雑談からヒントを得たり、エンジニア同士の会話で、モヤモヤしていたものを解消できるようにしている」(仁川氏)

  • 業務エリアと同じフロアにある「PARK」エリア

  • フリースペース制の業務エリア

  • 総務・庶務的な業務を集中させたスペース

様々な試験機と試験内容を常にアップデート

実験室の作り方にもこだわった。照明を工夫して明るい環境にしたほか、実験に使うための共有ツールを収納するスペースを数多く用意したのも特徴だ。実験室には、振動試験機、落下試験機、防水試験機、水没試験機、表示部開閉試験機、荷重試験機など、品質保証に関する様々な試験機を設置。R&Dセンターの開設にあわせて、新たに5G通信に関する実験室も設置した。

「FCCLの研究開発部門が最も大切にしているのは品質。FCCLのPCは品質がいいと言われ続けることが、私たちが目標とする姿。世界最軽量(※:13.3型ノートPC「LIFEBOOK UH-X/E3」)という座も、品質があってこその世界一。そのための努力は惜しまない」と語る。

R&Dセンターに様々な試験機を導入しているのは、品質に対するこだわりの裏返しだ。

「単に試験機を活用して、カタログに記載する品質を実現できればいいということは考えていない。実際の利用シーンや、利用現場に則した品質を実現し続けることが大切。それにあわせて、同じ試験機を使っていても、試験内容を進化させることが重要である」(仁川氏)

  • 振動試験では、様々な振動をシミュレートしたテストが可能

たとえば、振動試験機では、自転車のカゴにPCを入れてジャリ道を走ったときの振動や、満員電車で押されたときの状況などを再現できるようにし、こうした試験結果をもとに堅牢性を高めている。ここ数年はリュックサックにPCを入れて持ち運ぶ人が増えていることから、リュックサックにPCを入れたまま落としたり、自宅に持って帰ってベッドの上に投げたり――といったことを想定した試験も加えているという。また、教育現場でのPC利用が進むなか、オフィス利用や個人利用とは異なるシーンを想定しながら、試験を行っている。

「振動試験や落下試験などでは、標準的な試験だけでなく、PCごとの製品特性や利用シーンにあわせて試験している。利用環境の変化にあわせて、試験内容も変更している。同じ試験を繰り返すのではなく、製品や状況の変化をとらえて、新たな試験を追加することは極めて重要」(仁川氏)

  • 落下試験機にPCをセットして、上方から床に向かって叩きつける

品質を高めるための試験には、実際に試験機を使わなくてはならない。コロナ禍においても、R&Dセンターでは7割~8割のエンジニアが出社して作業する状況が続いているという。

R&Dセンターでは感染リスク対策を徹底するとともに、早い時期からR&Dセンター近隣のホテルを借りて、エンジニアが宿泊できるようにした(通勤の感染リスクをなくした)。ピーク時には60室を借り、エンジニアはホテルからR&Dセンターに出社していたという。また、近隣に住むエンジニアには、自転車やバイクでの通勤を認めた。現在でも、ホテルの部屋を継続的に借りており、遠距離通勤のエンジニアはホテルを利用することが可能だ。

  • コンバーチブルタイプ(360°回転液晶)の2in1 PCをセットし、液晶ディスプレイ部分を0°~360°で何度も動かす

  • こちらはクラムシェルタイプのノートPCで液晶ディスプレイ部分を開閉する試験。ひたすら開閉してヒンジなどの強度を検証する

ソフトウェア開発者などを中心に、約3割のエンジニアは在宅勤務となっている。テレワークでの作業が可能なエンジニアについては、この体制を続けるという。コロナ禍におけるテレワークの導入は、比較的スムーズに進んだとするが、意外な出来事が作用した。

というのも、従来は本社機能と研究開発拠点が富士通川崎工場内で一体化していたが、2019年秋から本社機能は新川崎に、R&Dセンターは武蔵中原になった。その結果、ウェブ会議システムなどの活用が増えていたのだ。

「本社に座席があるマネージャーが、積極的にR&Dセンターに足を運ぶ一方で、本社とR&Dセンターをウェブ会議システムで結んだやり取りが増加。コミュニケーションや仕事のやり方を改善しながら進めて慣れてきたところで、コロナ禍による在宅勤務が始まった。約半年間の助走期間があったことで、R&Dセンターと在宅勤務による作業へとスムーズに移行できた」(仁川氏)

  • マイクやスピーカーの試験を行う音響実験室

だが、仁川執行役員常務は慎重な姿勢を崩さない。

「コロナ禍において、これまでとは異なる開発体制で挑むことになったのは確か。新たな開発の仕組みによって、継続的に高い品質を維持できているかどうかをしっかりと検証していく必要がある」(仁川氏)

2020年夏以降に発売した製品は、新たな開発体制のなかで誕生した製品と言える。

「製品開発の遅れもなく、世界最軽量のノートPCも市場に投入できた。いまのところ、品質に関しても、従来と同じ水準を維持できていると判断している。今後も、平均で6割~7割のエンジニアが出社するという体制を維持しながら、開発を進めていくことになるだろう。

そして、日本にR&Dセンターを持っている最大の武器はスピード。製品を市場に投入するスピードだけでなく、なにかあったときに、迅速にお客さまをサポートするスピードも持っている。市場で問題が発生したときに最優先で対応するのがFCCLであり、そこで発生した課題はすぐに解決を図り、対応できるものは現行モデルにも反映する」(仁川氏)

FCCLのPCづくりは、製品を発表したから終わりではない。発表後も改善を続ける姿勢が定着している。その最たる例が、世界最軽量の13.3型ノートPC「LIFEBOOK UH-X/E3」だ。

ノートPCは、放っておくと「太る」傾向がある。塗装を1層増やすと5g重くなったり、ネジの形状が変わるだけで増量につながったりするからだ。ひとつひとつの部品を削るようにして最軽量を実現したLIFEBOOK UH-X/E3は、発売後もしっかりとスペック通りの重量を維持するためには、継続的な軽量化への取り組みが必要なのだ。だからこそ、発売後も改善を続けるという姿勢が定着している。

FCCLにおいて、仮に新製品にトラブルが発生しても、迅速に対応して解決を図るという体制が敷かれているのは、こうした姿勢につながるものがある。これを実現できるのは国内にR&Dセンターが持っているから、そして生産にすぐに反映できるのは、国内生産拠点である島根富士通と緊密な連携体制を敷いているからだ。

  • ノートPC背面の各所を加重して負荷をかける試験

  • ノートPCの液晶を閉じた状態で天面を上から圧迫する試験

2018年5月からFCCLは、レノボグループのジョイントベンチャーとして、PC事業を推進している。それによる研究開発部門の変化はあったのだろうか。

「主語がお客さまであるということが、これまで以上に徹底されてきたことを感じる。どんなことでも『これはお客さまのためになるのか』に立脚して議論をするようになってきた。品質保証エリアでも、『お客さまはどんな使い方をするのか』をベースに徹底して試験するようになっている」(仁川氏)

世界最軽量となったLIFEBOOK UH-X/E3の本体重量634gを実現する上でも、ユーザーの使用環境を考慮し、妥協しないスペックを実現しているのは、その表れのひとつ。具体的には、有線LANポートやUSB Type-Cコネクタ×2基の搭載など各種インタフェースの充実、使いやすいキーボードへのこだわり、マスクを着用したままでWindows 10へサインイン可能、オンライン会議をスムーズにする高品質なマイクとスピーカー、高い堅牢性といったものだ。

「単に軽量化だけを追求すれば、いまのR&Dセンターの力をもってすれば、600gを切ることは容易だろう。しかしお客さまのことを考えると、妥協できない部分が多い。そこを守りながら、634gを達成した。

開発チームは軽いだけではつまらないと言っている。世界最軽量を維持しながら、そこになにを加えるのかを議論して挑戦を始めた。世界最軽量モデルの今後の進化を楽しみにしてほしい」(仁川氏)

R&Dセンターとして独立したことで、「自分たちが責任を持って、この拠点を維持するという意識が生まれている。自分たちの会社の将来をよりよくするにはどうするか――ということを真剣に考え始めたことを感じる」(仁川氏)とも指摘する。顧客を中心に考えるモノづくりの徹底と、自立する意識の芽生えが、FCCLがスタートラインとしたDay1からの1,000日間で見られた変化というわけだ。

  • FCCLのR&DセンターはJR南部線の武蔵中原駅から徒歩数分。ここからどんな製品が生まれてくるだろうか

今後のFCCLの研究開発体制はどう進化していくのか。

「PCの進化には引き続き取り組む姿勢は変わらない。だが、PCの開発を効率化したり、省人化したりといったことにも、同時に取り組んでいきたい。ここで生まれたリソースを、今後の成長に必要な分野に割り振りたい」(仁川氏)

成長に必要な分野というのは、PC以外のコンピューティング領域のことを指す。新規創出プロジェクトである「Computing for Tomorrow」によって創出される新たなプロダクトをはじめとした、PCとは異なるプロダクトの創出に開発リソースを割きたいというわけだ。仁川執行役員常務は、新規事業本部担当を兼務し、新たな事業創出にも責任を持つ。

「PCメーカーとしてだけでなく、幅広いコンピューティングを提供するFCCLとして、R&Dセンターは『PC +α』の創出に貢献しなくてはならない。新たな成長領域に2割くらいのエンジニアが関われるのが理想。まずは新たなものを挑戦するというマインドを研究開発部門全体に浸透させたい」(仁川氏)

顧客を中心に考え、こだわりを持つエンジニアが所属するFCCLのR&Dセンターから、どんなプロダクトが生まれるのか楽しみだ。