PC製品を主力とする富士通クライアントコンピューティング(FCCL)は、13.3型ノートPCとして世界最軽量となる「FMV LIFEBOOK UH」シリーズなど、意欲的な製品を市場に投入している。FCCLがレノボグループの一員となって、新たに事業を開始したのは2018年5月2日。FCCLの齋藤邦彰社長は、最初の会見で、新生FCCLがスタートした日を「Day1」とし、約3年後の「Day1000」で進化した姿を報告することを約束した。Day1000は2021年1月25日。この短期連載では、Day1から続くFCCLの歩みを振り返るとともに、Day1000に向けた挑戦を追っていく。

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2021年1月25日に「Day1000を迎える富士通クライアントコンピューティング(FCCL)。それを前にした新製品群が、2020年10月に発表した世界最軽量の13.3型ノートPC「LIFEBOOK UH-X/E3」をはじめとする7シリーズ17機種だ。この新製品群は、FCCLが手がけるPCについて、今後のデザインの方向性を示す重要な意味を持つものといえる。

富士通クライアントコンピューティング プロダクトマネジメント本部 チーフデザインプロデューサーの藤田博之氏は、「FMVシリーズのPCは、長年にわたってたくさんのユーザーに親しまれてきた。いち早く最新機能を搭載したり、世界一を実現したりと、様々な挑戦を行ってきた。その一方で、FMVらしい特徴がなく、市場にある多くのPCと同じようにしか見えないという声もある。今回の新製品では、量販店の店頭で10メートル先からでもFMVとわかるデザインを追求した」と語る。

  • 富士通クライアントコンピューティング プロダクトマネジメント本部 チーフデザインプロデューサー 藤田博之氏

最新モデルとなる世界最軽量のノートPC「LIFEBOOK UH-X/E3」、13.3型モバイルノートPC「LIFEBOOK CHシリーズ」、リビングPCという新たなコンセプトを打ち出した15.6型ノートPC「LIFEOOK THシリーズ」、23.8型オールインワンデスクトップPC「ESPRIMO FHシリーズ」――これらに共通しているデザインは、上下に分かれた色づかい、そして、同色系での統一だ。

ノートPCの場合、ディスプレイ部で何も表示されていない状態は黒。キーボード部は、パームレストには色がついていても、キートップやタッチパッドは多くのPCが黒であり、モデルによっては白のキーを採用していることもある。だが、今回のFMVシリーズ最新モデルはすべてにおいて、キーボードもタッチパッドもパームレストも同じ色にしており、そのカラーは天板やボトムケースとも同じ色なのだ。

結果、ノートPCを開いたとき、ディスプレイ部は黒、キーボード部のすべてが本体カラー一色で統一され、上下に分かれた2色構成のように見える。これが10メートル離れた場所からも「FMV」と認識できる新たな提案なのだ。デスクトップPCでも同じ提案をしている。

  • LIFEBOOK UH-X/E3

  • LIFEBOOK CHシリーズ

  • LIFEOOK THシリーズ

  • ESPRIMO FHシリーズ

「キーボードの色をあわせていく技術は、ハードルが高い。FCCLでは、キーボード全体やタッチパッドに色をつけるノウハウを蓄積してきた。これをFMVの明確な差別点として、すべてのコンシューマ向けモデルで実現していく。日本人は触る部分に対する感性が高い。そこをきちっと仕上げていく。キーボード面が一色なら、それがFMVというイメージを作り上げたい」(藤田チーフデザインプロデューサー)

FCCLのノートPCは、キーストロークが1.7mmと深いモデルも用意されている。キーストロークの深さは使い勝手の良さにつながるが、デザインの観点ではキートップの位置が高くなるのはマイナス要素にもなる。だが、カラードキーを採用することで、色によってキーが本体に馴染み、見栄えの課題を解決。使い勝手の良さとデザイン性の高さを両立することにつながっている。

  • 10メートル先からで「FMV」とわかる提案

最新モデルにおけるデザインの挑戦

たとえば、LIFEOOK THシリーズでは、「リビングPC」という提案を打ち出した。本体を立て置きする充電スタンドを用いて充電するだけでなく、充電スタンドをリビングの大画面テレビに接続して(HDMI)、写真や映像を簡単に視聴できる。充電中にPC本体が閉じた状態でも、AIアシスタントの「ふくまろ」によってスマートスピーカーのように使えるほか、ふくまろとのとの会話も可能だ。

PCを使わないときはしまっておくのではなく、充電スタンドに設置したままテレビ接続で利用したり、そこからサッと取り出して使う。リビングに設置したPCはどう使うべきか――ということを追求したデザインを実現した。

  • LIFEOOK THシリーズには、テレビにつながる充電スタンドが付属。PC本体を閉じて充電スタンドに装着すると、その状態でPC画面をテレビに出力できる

リビングに馴染ませるため、本体表面には汚れに強く耐久性に富んだ合成素材「X-TEXTURE(クロステクスチャー)」を採用。一からデザインしたオリジナルパターンによって、本体の細部まで覆っている。

「今回のLIFEOOK THシリーズをスタートに、『FMV=インテリアPC』というイメージが定着するまで、この領域にこだわり続けたい。塗装や金属といった素材ではなく、ソフトな印象のファブリック調素材を採用したのもインテリアPCへの挑戦のひとつ。今後は、リビングに最適だと判断すれば、ファブリックだけでなく、レザーやウッドといった素材にも挑戦したい」(藤田チーフデザインプロデューサー)

  • LIFEOOK THシリーズの「X-TEXTURE(クロステクスチャー)」、左がインディゴブルー、右がアイボリーホワイト

13.3型モバイルノートPC「LIFEBOOK CHシリーズ」では、金属の質感や部品レベルまで色の再現性にこだわり、黒・白・赤という定番の本体カラーを用意せず、ダークシルバー、カーキ、ベージュゴールド、モカブラウンという4色で展開した。

加えて、FMVの特徴のひとつに、様々なインタフェースを搭載して使い勝手を犠牲にしていないことが挙げられるが、CHシリーズはむしろ必要最低限のインタフェースに留めている。本体の左右にインタフェースが並んでいると、どうしても見た目が煩雑になるため、インタフェースを厳選してすっきりと美しいデザインを目指した。

ディスプレイには有機ELパネルを採用するとともに、ラウンドフォルムと超狭額縁のデザイン。キーボードは仮名なしのアルファベット印字。天板中央に大きく描かれてきた「∞(インフィニティ)」ロゴも天板の端に小さく表示する形に変更。様々な点で、これまでのFMVシリーズとは異なるデザインとなっている。

「ターゲットは、スマホで育ってきた若い世代。本体カラーひとつをとっても、一部の人は大好きだが、嫌いな人もいるということを前提に選んだ」(藤田チーフデザインプロデューサー)

  • LIFEBOOK CHシリーズの本体カラーは、ダークシルバー、カーキ、ベージュゴールド、モカブラウンという斬新な4色

市場調査をもとにモノづくりをすれば、ニーズに合致した製品が生まれることになるだろう。しかし裏を返せば、本体カラーは無難な黒・白・赤に絞られてしまうなど、おとなしいPCしか生まれない。それでは新たな需要は開拓できないともいえる。LIFEBOOK CHシリーズは、市場調査をもとに作り上げたノートPCではない。そこにFCCLの挑戦がある。

「根幹となるのは、安心・安全であり、それをしっかりと感じてもらえるデザインである必要がある。そのうえで、デザインの嗜好性を強め、リビングPCやスマホ世代にターゲットを当てるといった新たな方向性を打ち出してみた。FCCLのPCが、そうしたことに取り組むフェーズに入ってきた。こうした取り組みの成果を、今後のFMVシリーズの新たな特徴にしたい」(藤田チーフデザインプロデューサー)

Day1000を前にその姿勢を具現化したのが、2020年10月発表の新製品群だったというわけだ。

「かっこいいと思ってもらえるPC、購入したいと思ってもらえるPCを作りたい。多くの人に『これがいい』と思ってもらえるように、感性に響くPCをつくりたい」(藤田チーフデザインプロデューサー)

感性に訴えるPCブランドとして認知されるための挑戦が始まった。

  • さまざまなデザインに注目して、ノートPCのLIFEBOOK、デスクトップPCのESPRIMOを眺めてみるとおもしろい

FCCLのPC、そのアイデンティティ

藤田チーフデザインプロデューサーは、子どもからシニアまで、初心者からプロフェッショナルまでカバーする「Wide User Portfolio」、日本人による日本人の生活を知り尽くしたPCを創出する「Lifestyle Fit」、安全性と明確な操作性を実現する「Usability Orient」、最先端テクノロジーを家庭で活用することができる「Meets Trend Device」の4点をあげ、以下のように断言する。

「FMVシリーズの最大の特徴は、日本人が日本の生活者のために、使いやすく、欲しくなるPCをつくること。FCCLの『人に寄り添うパソコン』という考え方が根底にあり、それが細かな仕立てやデザインに込められている。海外PCメーカーのグローバルモデルの作り方とは明らかに違う」(藤田チーフデザインプロデューサー)

  • FMVのアイデンティティは、「Wide User Portfolio」「Lifestyle Fit」「Usability Orient」「Meets Trend Device」の4点

FMVの良さを「幕ノ内弁当」に例える。

「これを購入すれば、いろいろなものを食べられて、バランスもよく、健康面にも配慮している。FMVシリーズのPCも、購入してすぐに使える環境が整い、幅広いユーザーが迷わずに利用できる」(藤田チーフデザインプロデューサー)

上でも述べたが、各種インタフェースを搭載しているのがFMVシリーズのPCが持つ特徴である。13.3型ノートPCとして世界最軽量を実現したLIFEBOOK UH-X/E3でも、有線LANポートの搭載にこだわったのはその現れだ。世界最軽量に向けたハードルは上がるが、使い勝手は犠牲にしない。

  • 634gの13.3型ノートPC「LIFEBOOK UH-X/E3」は、本体の左右に充実したインタフェース類を搭載

ところで、コンピュータのデザインとして高い評価を得ているアップルは、標準搭載するインタフェースを最低限にし、あとは外付けで利用するというコンセプトを掲げている。MVP(minimum viable product)の考え方そのものだ。言い換えれば「幕ノ内弁当」とは異なり、白いご飯だけが用意され、おかずは自分で選ぶのと同じだ。

「FMVシリーズのPCには、富士通というブランドに紐づいた信頼性、安心感がある。そこを崩さないデザインが大切。万人受けするデザインも重要な要素のひとつ。約40年間にわたって、日本のユーザーの使い続けていただいていることは、そのやり方が正しかった証明でもある。だがこれからは、そのポジションを大事にしながら、尖ったものを出すことも大切。使いやすさや信頼性があり、FCCLのPCを購入すれば安心――と感じるデザインは踏襲しながら、新たなものに挑戦し続けていく」(藤田チーフデザインプロデューサー)

新たな挑戦はすぐに成果が出るものではない。

藤田チーフデザインプロデューサーは、昨今のクルマに大型タッチパネルを採用した車種が増加していることを例に出しながら、「従来の発想では、クルマのドライバーが凹凸のないものを車内で操作するのは適していないと言われたが、いまはそれが変化して、一般車にも凹凸のない大型タッチパネルが広がろうとしている。PCも同じで、最初は尖った技術やデザインをお客さまに商品として見せ、その成果をもとに広く採用していくことが必要」とする。

振り返ってFMVシリーズは、2010年に495gを実現したポケットサイズのモバイルPCで「LOOX U」を発売。ガジェット好きのPCユーザーの間では、いまでも話題になるエポックメイキングなモデルだ。ここでの経験が、その後の軽量化や小型化、バッテリー駆動時間の改善などに生かされているという。

  • 「LOOX U」を手に持つ齋藤邦彰氏(現・富士通クライアントコンピューティング 代表取締役社長)

「デザインチームとしては、最終製品にはつながらなくても、新たなコンセプトを社内に提案し続けることが大切だと考えている。できれば、月に1つは新たなコンセプトの製品を商品会議の場に提出したいという意気込みで取り組んでいる」(藤田チーフデザインプロデューサー)

2018年5月にレノボグループとのジョイントベンチャーとなったFCCLは、新たな体制になって以降、社内でデザインに対する関心が高まっているという。

「独立したPC事業として、生きていくためにどうすべきか。Windows、インテルのCPUを搭載していることで、基本機能は他社と横並びとなるなかでどう差別化するのか。そのひとつの回答が、差分を出すのはデザインであるということ。以前に比べてデザインに重きをおくようになった。その意識が、最近の製品に表われるようになっている」(藤田チーフデザインプロデューサー)

  • かつて「とぐろ」を巻いたPC(コンセプトモデル)なども

カスタマイズを追求できる柔軟性

デザインを重視した取り組みのひとつとして触れておきたいのが、カスタマイズモデルだ。2020年7月に台数限定で発売したエヴァンゲリオン仕様の「LIFEBOOK UH90NERV」は、単に本体カラーを変更しただけでなく、キートップの文字や背面の銘板にもエヴァ専用文字を使用。BIOSにも手を加えて、起動すると「NERV ONLY」、「関係者以外使用禁止」の文字が表示される。

バッテリー残量表示アプリも開発し、バッテリー残量が少なくなると、NERV本部の壁面スクリーンのUIをイメージした画面に、残りの駆動時間を表示しながら、使徒襲来時の緊迫感を漂わせてPCの「活動限界」を知らせてくれる。カスタマイズの踏み込みが尋常ではないのだ。

  • エヴァンゲリオン仕様「LIFEBOOK UH90NERV」

また、2020年12月から発売した川崎フロンターレとコラボレーションした中村憲剛選手の引退記念「One Four KENGO モデル」では、本体デザインに川崎フロンターレのロゴとOne Four KENGOロゴを配しただけでなく、起動時に川崎フロンターレのエンブレムを表示。「F」キーには川崎フロンターレのロゴを配置しているというこだわりだ。

島根県出雲市のふるさと納税の返礼品となっているPCも、オリジナルデザインを施しているのが特徴だ(出雲市には、FCCLの国内生産拠点である島根富士通の工場がある)。

  • 中村憲剛選手・引退記念「One Four KENGO モデル」

「国内に開発・デザイン・生産の拠点を持ち、これまでデザインに関する数多くのノウハウを蓄積してきたことで、他社には真似ができない柔軟なカスタマイズが可能になっている。これからも要望に応じて、様々なカスタマイズモデルを投入したい」(藤田チーフデザインプロデューサー)

今後、FCCLは、デザインの観点からどんな挑戦をしていくのだろうか。藤田チーフデザインプロデューサーは、2030年の近未来の姿を示して見せる。

「2030年には、PCが生活のなかに溶け込んで、『筐体』というものがなくなる時代がくるかもしれない。PCが窓になっていたり、什器に組み込まれていたりといったデザインになり、残っているのはユーザーインタフェースだけ。家に入ったときにスイッチで始まる使い方ではなく、気配で始まるコミュニケーションが中心になる」(藤田チーフデザインプロデューサー)

  • 2030年のPC、果たして……

PCにフレームレス技術や透明ディスプレイ技術が導入され、これまで以上にインテリアに溶け込む。そして、PCはカタチではなく、いつでもどこでもつながることが重視される。そこでは、AIアシスタントの『ふくまろ』が、コミュニケーションにおいて重要な役割を担うとも予測する。

藤田チーフデザインプロデューサーは、こうした未来の世界から逆算して、いま、FCCLのPCはどんな技術やデザインに挑戦しなくてはいけないのかを導き出している。2020年10月発表の各モデルでは、その方向への一歩を踏み出したものと位置づけている。将来に向けた挑戦は、これからが本番だ。