慶應義塾大学(慶大)は12月11日、米国の65歳以上の高齢者を対象とした大規模な医療データを用いて、外科医の誕生日に手術を受けた患者の死亡率が、誕生日以外の日に手術を受けた患者の死亡率よりも高いことを明らかにしたと発表した。
同成果は、慶大大学院 健康マネジメント研究科の加藤弘陸特任助教(研究実施時は慶大大学院 経営管理研究科 訪問研究員)、米・カリフォルニア大学ロサンゼルス校の津川友介助教授、米・ハーバード大学のAnupam B. Jena准教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、英・国際学術誌「British Medical Journal」にオンライン掲載された。
命のかかる手術において、患者の立場としては執刀医には常に最高のパフォーマンスを求めたいのは当然だ。しかし、プロスポーツ選手が常に100%のパフォーマンスを発揮できるとは限らないように、人である以上、執刀医も常に最高のパフォーマンスを発揮できるわけではない。
そのため、20~30%の患者が手術後に合併症を経験し、5~10%の患者が手術後に死亡すると報告されている。そして合併症のうち40~60%が、死亡のうち20~40%が回避可能であったという研究結果もある。
病院や医師に関するさまざまな要素が手術のパフォーマンスに影響を及ぼしていると考えられるが、外科医が目の前の患者の治療に集中できるかという勤務状況が、パフォーマンスに与える影響に関しては十分検証されてこなかったという。信じたくない話ではあるが、着信音や医療機器のトラブル、手術内容とは必ずしも関係ない会話など、手術中の外科医の注意をそらすような物事は多く存在しているといわれている。
また実験での話ではあるが、外科医の注意をそらすような要素が、外科医のパフォーマンス(タスク完了にかかる時間など)を引き下げる影響があることも示されている。ただしそれはあくまで実験であり、現実の手術室において外科医の注意をそらすような要素が、患者にどのような影響を与えるのかは検証されてこなかったという。
そこで国際共同研究チームは今回、誕生日に外科医がより注意散漫になることや、手術をより早く終えようと急ぐことが原因で、パフォーマンスが変わるのではないかという仮説を立てて調査を開始した。
そして外科医の誕生日を、注意散漫な状況と外科医のパフォーマンスの関係を検証する「自然実験」とみなし(多くの患者は執刀医の誕生日を知らないため、それを基準に手術日を選ばず、また緊急手術に限定することで患者が手術日を選択する可能性を少なくした)、外科医の誕生日と患者の死亡率の関係を明らかにすることを目的に研究は行われた。
米国の大規模医療データであるメディケアデータ(米国の高齢者を対象とした診療報酬明細データ)に、Centers for Medicare and Medicaid Services(CMS)から入手した医師レベルの情報が結合され、手術を行った外科医の誕生日と患者の術後30日死亡率の関係が検証された。
この関係を検証する際、外科医の固定効果を回帰モデルに投入することで、同じ外科医が治療した患者について、その手術日が外科医の誕生日であったか、誕生日以外であったのかが実質的に比較されている。
もし患者の重症度が誕生日と誕生日以外で異なっている場合、仮に死亡率に差があったとしても、その差は外科医側の要因ではなく、患者の重症度で説明されてしまう可能性がある。そこで今回の研究では、患者の年齢、性別、人種、併存疾患、予測死亡率などに関して、外科医の誕生日に手術を受けた患者と誕生日以外の日に手術を受けた患者の比較が行われた。
この手法を用いて、2011年から2014年に4万7489人の外科医によって行われた98万876件の緊急手術が分析されたところ、誕生日に手術を受けた患者は、年齢、性別、人種、併存疾患、予測死亡率などの点で、誕生日以外の日に手術を受けた患者とほとんど差がないことが判明した。そのうえで患者の死亡率が比較されたところ、外科医の誕生日に手術を受けた患者の死亡率は、誕生日以外の日に手術を受けた患者の死亡率よりも1.3%増加しいることが明らかとなったのである。
今回の研究は、大規模な医療データと計量経済学的手法を用いて、外科医の誕生日と患者の死亡率の関係についての検証が行われた。そして、外科医の誕生日に手術を受けた患者と、誕生日以外の日に手術を受けた患者を比較すると、外科医の誕生日に手術を受けた患者は死亡率が大きく増加していることが示された。
このことは、外科医のパフォーマンスが仕事とは直接関係のないライフイベントに影響される可能性を示唆しているという。誕生日以外でも注意散漫となりうるような特別な日には、外科医のパフォーマンスが低下している恐れがあるとしている。
これは外科医本人だけの問題ではなく、患者がいつ治療を受けるかにかかわらず質の高い治療を受けられるよう、注意散漫になりうる状況で勤務している医師に対するさらなるサポートのあり方を検討する必要があると考えられるとした。
今後の研究では、今回の研究で明らかとなった関係が米国だけでなく、日本でも存在しているのかを検証することに加え、医師のパフォーマンスを変動させる要因をさらに検証し、高い医療の質を維持するために必要な知見を明らかにする予定としている。