京都大学(京大)は11月19日、X線の擬似観測によって実際に観測されている「風」の様子を定量的に再現し、ブラックホールの周りで生み出される紫外線の力によって「風」が生まれるということを実証したと発表した。

同成果は、京大白眉センター/理学研究科の水本岬希特定助教を中心とする国際共同研究チームによるもの。呉工業高等専門学校、筑波大学、東京大学、英・ダラム大学の研究者が参加した。詳細は、英国の国際学術誌「Monthly Notices of the Royal Astronomical Society(王立天文学会月報)」に掲載された。

ブラックホールは強大な重力を持ち、事象の地平面を超えてしまうと光すら脱出できないことで知られる。その重力に捕らえられたら最後、あとは吸い込まれる運命しか待っていない。しかし、不思議なことにその重力に逆らって逆にブラックホールの周囲から逃げ出す方向に吹き飛ばされるガスも存在している。

重量に逆らってブラックホールから吹いてくるかのような風は、「活動銀河核」で観察されている。活動銀河核とは、一部の銀河で見られる、中心部の大質量ブラックホールが活発に活動している現象だ。ブラックホールの周囲を回転する物質の流れである「降着円盤」の位置エネルギーが光エネルギーに転換されることで、大質量ブラックホールの周囲は明るく輝くのである。

ブラックホールの強大な重力に逆らって逃げ出す風は、活動銀河核をX線で観測すると、スペクトルに吸収線に現れるので確認することが可能だ。吸収線が現れる位置が、本来現れるはずの位置よりも大きくズレればズレるほど、風の速度が速いことがわかっている。

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    画像1:(左)欧州宇宙機関のX線宇宙望遠鏡「XMM-ニュートン衛星」によって取得された活動銀河核「PG1211+143」のX線スペクトル。本来であれば青い点線の位置に吸収線が作られるはずだが、実際にはそれより大きくズレた位置に吸収線(青矢印)が作られている。このズレは光のドップラー効果に起因するものであり、吸収線を作るガスが高速で吹き出していることを意味しているという。(右)今回の研究の基となったブラックホールからの風の理論モデル。今回の研究ではこのグラフの原点の位置から四方にX線を飛ばし、X線が風に当たったときにどのような相互作用を起こすかがシミュレーションされた (出所:京大プレスリリースPDF)

しかし、そもそもなぜ風は大質量ブラックホールの強大な重力から逃れられるのか。どのようにして風が吹いているのか、加速機構については未解明な部分が多い。主要な仮説はふたつあり、降着円盤の「光の力」もしくは「磁場の力」を使って加速するという説が唱えられている。ただし、これらの説が観測をどこまでよく再現できるのかはわかっていなかった。

そこで国際共同研究チームは今回、降着円盤からの光の力による説に着目。中でも、紫外線の力を使ってガスが加速されることでブラックホールからも逃げ出せる強風となるという理論モデルに基づいて、コンピューターシミュレーションによるX線の「擬似観測」が実施された。そして、シミュレーション結果と実際の観測結果との比較が行われた。

今回の研究に用いられた理論モデルによる風の様子を見ると、強い紫外線が降着円盤から放射されており、紫外線がガスを外側に押していくことで風が作られるということが示された。

今回の研究では、この理論モデルを基に、中心にあるブラックホールの周囲からX線が放射されるときにX線と風がぶつかることで、どのようなスペクトルが作られるかについてシミュレーションが実施された。

その結果、吸収線の深さまでは完全に再現できないものの、2本の吸収線がそれぞれ観測と合致した位置に出てくることが導き出された。また風に当たって散乱されたX線によって輝線が作られることも再現できたという。

これまでも理論モデルから観測を再現しようという試みは行われていたが、風の速度が遅すぎるなどの問題があった。今回、理論モデルの進展や擬似観測の方法の改良などにより、風のさまざまな観測的特徴を初めて定量的に再現することに成功した形だ。

2022年度に日本が打ち上げる予定のX線分光撮像衛星(X線宇宙望遠鏡)の「XRISM衛星」(XRISM:X-Ray Imaging and Spectroscopy Missionの略。クリズムと読む)は、これまでのX線宇宙望遠鏡と比べてエネルギー分解能が1桁高くなる。エネルギー分解能とは、異なるエネルギーを持ったX線をどれだけ区別して観測できるかというもので、XRISM衛星なら、ブラックホールからの風によって作られる吸収線の様子をより詳細に捉えられるようになることが予想されるという。

そこで国際共同研究チームでは、今回の研究結果を用いて、XRISM衛星で模擬観測を行った際のスペクトルも作成。これまでのX線宇宙望遠鏡のものとXRISM衛星のものを比較すると、両者の違いは明らかで、XRISM衛星を使うことで、ひとつひとつの細かな構造を分離して観測することが可能なことがわかる。今後、実際にこのようなスペクトルが観測されることで、ブラックホールの風の詳細がより明らかになってくることが期待されるとしている。

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    画像2:(左)画像1左で示されたX線スペクトルに、今回の研究成果を重ねて描かれたもの。吸収線の深さが完全に再現できているわけではないものの、ふたつの吸収線の位置がよく合っていることがわかるという。(右)画像1左、と画像2左と同じ天体をXRISM衛星で観測した場合の模擬観測結果(露光時間30万秒=207日32分でシミュレーションされた)。これまでのX線宇宙望遠鏡では観測できなかった細かい吸収線の様子まで詳細に確認することが可能だ (出所:京大プレスリリースPDF)