米宇宙企業スペースXは2020年11月15日、「クルードラゴン」宇宙船(愛称「レジリエンス」)を搭載した「ファルコン9 」ロケットの打ち上げに成功した。
ミッション名は「Crew-1」で、クルードラゴンにとって初の運用段階における飛行となる。宇宙船には日本人の野口聡一宇宙飛行士ら4人が搭乗しており、このあと国際宇宙ステーション(ISS)を訪れ、約半年間の長期滞在ミッションに挑む。
ロケットは日本時間11月16日9時27分(米東部標準時15日19時27分)、フロリダ州にあるNASAケネディ宇宙センターから離昇した。ロケットは順調に飛行し、打ち上げから約12分後にレジリエンスを分離、所定の軌道に投入した。
レジリエンスはこのあと、機能の確認や軌道変更などを行いつつISSに接近。17日13時頃にISSとドッキングする予定となっている。
クルードラゴンCrew-1
クルードラゴンはスペースXが開発した有人宇宙船で、ISSに宇宙飛行士を運ぶことを目的としている。船内には通常4人、最大7人が搭乗でき、ISSへの飛行のほか、単独で飛行したり、月軌道まで飛行したりできる能力ももつ。
船内はタッチパネルなどを多用した先進的なものとなっているほか、カプセル部分は再使用できコストの低減が図られているなど、21世紀の宇宙船に相応しい性能を多数兼ね備えている。
開発は2006年、米国航空宇宙局(NASA)による宇宙飛行士の輸送を民間に委託する計画に応える形で始まった。当初は無人の貨物補給船である「ドラゴン」を改良して開発されていたが、その後まったく新しい設計の宇宙船に変貌。その後、幾多の設計変更と試験を経て、2019年3月に無人での初の宇宙飛行「Demo-1」に成功した。
その後もパラシュートの試験や、飛行中のロケットから宇宙船を緊急脱出させる試験などが行われたのち、今年5月30日には初の有人での試験飛行となる「Demo-2」を実施。2人の宇宙飛行士を乗せてISSへ飛行し、8月2日に地球への帰還に成功した。
今回の「Crew-1」ミッションは、有人飛行として2回目、そして試験ではない運用段階の飛行としては初となるもので、地球とISS間の宇宙飛行士の輸送のほか、ISSでの係留中には、非常事態に備えた緊急脱出艇としての役割も果たす。
Crew-1には、NASA宇宙飛行士のマイケル・ホプキンス氏、ヴィクター・グローヴァー氏、シャノン・ウォーカー氏、そして日本のJAXA宇宙飛行士の野口聡一宇宙飛行士の計4人が搭乗している。このうちホプキンス宇宙飛行士は船長を、グローヴァー宇宙飛行士はパイロットを、そしてウォーカー宇宙飛行士と野口宇宙飛行士はミッション・スペシャリストを務める。
搭乗しているクルードラゴンのカプセル(シリアル番号207)には、この4人によって「レジリエンス(Resilience、回復する力)」という名前が付けられている。クルードラゴンのカプセルは再使用されるため、今後もこのカプセルが飛行する際にはレジリエンスと呼ばれ続けることになる。
命名の理由について、野口宇宙飛行士によると、「レジリエンスとは、困難な状況から立ち直ること、形が変わってしまったものを元通りにすることといった意味。世界中がコロナ禍で困難な中、協力して社会を元に戻そう、元の生活を取り戻そうという願いを込めた」と語っている。
野口宇宙飛行士ら4人はISS到着後、10月から滞在中の3人の宇宙飛行士とともに、ISSの第64次長期滞在クルーとして滞在。各種宇宙実験やISSのメンテナンス作業などを行う。そして約6か月後、同じクルードラゴンで地球に帰還する計画となっている。
クルードラゴンは2021年春ごろに運用2号機(Crew-2)の打ち上げが行われる予定で、日本の星出彰彦宇宙飛行士ら4人が搭乗する予定となっている。その後の、ボーイングが開発中の「スターライナー」宇宙船とともに、地球とISSとの間を往復する定期便として運用が続けられることになっている。
スペース・シャトルが引退した2011年以降、NASAはロシアの「ソユーズ」宇宙船に運賃を支払い、ISSへ米国や欧州、日本の宇宙飛行士を送り込んできた。しかし、そのコストは年々増加しており、直近では1人あたり約9020万ドルにもなるとされ、なによりロシアへの依存はリスクでもあり、そして米国にとっては屈辱でもあった。
だが、クルードラゴンなど民間の宇宙船の本格的な運用が始まれば、米国は有人宇宙活動における自律性を取り戻し、ロシア依存の状態から抜け出すことができるようになる。
Crew-1に搭乗している4人の宇宙飛行士
マイケル・ホプキンス(Michael Hopkins)宇宙飛行士
1968年生まれの51歳。米空軍大佐。空軍では飛行テスト・エンジニアを務め、2009年に宇宙飛行士として選抜。2013年にソユーズでISSを訪れ、第37/38次長期滞在クルーとして滞在。2回の船外活動も行っている。今回が2回目の宇宙飛行となる。
Crew-1では船長(コマンダー)を務めている。
ヴィクター・グローヴァー(Victor Glover)宇宙飛行士
1976年生まれの44歳。米海軍中佐。テスト・パイロットとして、40種類の飛行機で3000飛行時間以上の経験を持つ。軍人として戦闘も幾度となく経験もしている。2013年に宇宙飛行士に選ばれ、今回が初飛行。
Crew-1ではパイロットを務めている。
シャノン・ウォーカー(Shannon Walker)宇宙飛行士
1965年生まれの55歳。ライス大学で物理学を学んだのち、民間の技術者としてスペース・シャトルやISS計画の運用に携わる。そして2004年に宇宙飛行士候補として選抜され、訓練を経て、2006年にミッション・スペシャリストの資格を取得。2010年にソユーズでISSを訪れ、第24/25次長期滞在クルーの一員を務めた。今回が2回目の宇宙飛行となる。
Crew-1ではミッション・スペシャリストとして、同乗するコマンダーおよびパイロットと密接に連携し、宇宙船の飛行状況(飛行シーケンス、タイムライン、宇宙船テレメトリおよびリソース消費など)を監視する役割を担っている。
野口聡一(のぐち・そういち)宇宙飛行士
1965年生まれの54歳。東京大学大学院を修了後、石川島播磨重工業(現IHI)を経て、1996年に宇宙開発事業団(NASDA、現JAXA)の宇宙飛行士候補者に選定された。訓練を経て、ミッション・スペシャリストとしての資格を取得。2001年にはスペースシャトルによる国際宇宙ステーション(ISS)の組み立てミッション「STS-114」の搭乗員に任命された。
その後、2003年にスペースシャトル「コロンビア」の空中分解事故が発生。そして2005年7月、STS-114は事故後最初のシャトルのミッションというきわめて重要な使命を背負い打ち上げられた。野口宇宙飛行士は、安全確認のため、打ち上げ時にシャトルの外部燃料タンクのビデオ撮影を行うとともに、3回の船外活動のリーダーとして、軌道上でのシャトルの耐熱タイルの補修検証試験、ISSの姿勢制御装置などの交換や機器の取付けと回収など実施した。
2008年5月には、ISSの第20次長期滞在クルーのフライト・エンジニアとして任命(のちに第22次/第23次に変更)。ロシアでの訓練を経て、日本人初となるソユーズ宇宙船のフライト・エンジニアとして、2009年12月に2回目の宇宙飛行に出発。ISSに約5か月間滞在し、「きぼう」日本実験棟のロボットアームの子アーム取り付け作業や実験運用などを実施した。
その後、3回目の宇宙飛行と2回目のISS長期滞在に向けた準備や訓練を行いつつ、2012年から2016年まではJAXA宇宙飛行士グループ長に従事。そして2019年7月、ソユーズMS-13の打ち上げ成功によりバックアップ・クルーを務めたのち、米国の民間企業が開発する有人宇宙船に搭乗してISSに滞在するための訓練を開始。そして今回、クルードラゴンCrew-1に搭乗し、自身3回目の宇宙飛行に飛び立った。
Crew-1ではウォーカー宇宙飛行士と同じく、ミッション・スペシャリストを務めている。
参考文献