名古屋大学(名大)、京都大学(京大)、横浜国立大学(横国大)、日本大学(日大)、東邦大学、東京大学、神戸大学(神大)は10月20日、茨城県東海村の大強度陽子加速器施設J-PARCのニュートリノ実験施設にて、素粒子ニュートリノの謎の解明を目指してニュートリノと物質の反応を高精度測定する「NINJA実験」の物理解析を開始し、ニュートリノ反応の検出に成功したと発表した。

同成果は、名大高等研究院・大学院理学研究科の福田努YLC特任助教、同大学院理学研究科の鈴木陽介大学院生、京大大学院理学研究科の中家剛教授、同・平本綾美大学院生、横国大大学院工学研究院の南野彰宏准教授、日大生産工学部の三角尚治准教授、東邦大理学部の小川了教授、東大宇宙線研究所の早戸良成准教授、東大大学院理学系研究科の横山将志教授、神大大学院人間発達環境学研究科の青木茂樹教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、9月14~17日開催の日本物理学会秋季大会にて発表されたほか、米科学雑誌「Physical Review D」に掲載された。

ニュートリノはレプトンと呼ばれる素粒子の一種で、実験的には電子型・ミュー型・タウ型の3種類が検出されている。微小ながら質量を持ち、飛行中に異なる種類のニュートリノに変身する「ニュートリノ振動」と呼ばれる現象があることが知られている。現在は、ニュートリノ振動を精密に測定することで、宇宙から反物質が消えてしまった謎や素粒子の標準理論に現れない新しいニュートリノの探索が行われているところだ。

しかし、それらの研究の基礎となるニュートリノと物質(原子核)との相互作用は未だ不明な点が多く、ニュートリノ振動の高精度測定の大きな壁となっている。そこで、世界のニュートリノ研究をリードしてきた日本のOPERA実験とT2K実験のメンバーがタッグを組み、ニュートリノ-原子核反応の超精密測定を実施すべく立ち上げられたのが「NINJA実験」だ。

NINJA実験は、茨城県東海村の大強度陽子加速器施設J-PARCのニュートリノ実験施設で行われている。2014年末から小型の実験装置を用いて原子核乾板とシンチレーター検出器の複合解析によるニュートリノ反応の精密測定の実証実験を行い、2019年に世界で初めてニュートリノと水との反応から生成する低エネルギー陽子の測定に成功した。

  • NINJA実験

    小型装置で測定した水標的での反ニュートリノ反応から生成した陽子の角度と運動量の分布。赤点が実験データで、ヒストグラムはシミュレーションによる予測値。青色から黄色になるにつれて頻度が高くなることを示している。また、ほかの実験で観測可能な運動量よりも低い0.5GeV/c以下の陽子が観測できている。この新しい情報により、提案されているニュートリノ-原子核反応モデルの検証・改良が可能となりニュートリノの謎に迫ることができるという (出所:合同プレスリリースPDF)

このような水標的のニュートリノ反応の理解は、ニュートリノ振動実験において現在のスーパーカミオカンデや将来のハイパーカミオカンデ計画といった大型の水チェレンコフ検出器が使用されることから特に重要な反応だという。その後、ニュートリノ-原子核反応の精密解析に向け、2019年末から実験規模を約30倍に拡大した本番実験が実施された。

本番実験では、J-PARCニュートリノ実験施設のニュートリノモニター棟地下2階に大型の実験装置が設置され、2019年11月7日から2020年2月12日までのおよそ100日間に渡って、合計で4.8x1020POT(protonontarget)のニュートリノビーム(平均エネルギー:0.8GeV)が照射された。

NINJA実験では、NINJA検出器とBabyMIND(BM)が用いられる。NINJA検出器の周りにはT2K実験の前置検出器が設置されており、BMもその一部。BMは磁化された鉄とシンチレーターで構成される測定器で、ミュー粒子の同定・荷電の決定・運動量の測定を行う。

NINJA検出器は総標的質量250kg(水標的:75kg、鉄標的:130kg、ポリスチレン標的:15kg、原子核乳剤標的:30kg)の原子核乾板検出器ECCと原子核乾板に記録された荷電粒子の飛跡に4時間ごとの時間情報を与えるエマルション・シフター(ES)、さらに10nsレベルまでの時間情報を与えるシンチレーション・トラッカー(ST)から構成されている。

本番実験ではECCでニュートリノ-原子核反応の1次反応点が精密に測定され、ESとSTでニュートリノ反応に時間情報が付与される。そして、その時間情報を用いて後方にあるBMのミュー粒子との一対一対応が取られる。このようにECC・ES・ST・BMの4つの測定器を有機的に機能させ、複合解析を行うことでニュートリノ-原子核反応の精密測定が実現されている。

  • NINJA実験

    実験装置の全体像。本番実験ではNINJA検出器とBaby MINDが使用された。NINJA検出器はニュートリノビームの照射方向からECC、ES、STの3装置から構成されている (出所:合同プレスリリースPDF)

今回、本格的な物理解析が開始され、ECC-ES-ST-BMの複合解析から2事象のニュートリノ反応が検出された。詳細な解析の結果、ひとつ目はミューニュートリノが中性子と反応し、運動量が約0.3GeV/cの陽子と運動量が約1GeV/cのミュー粒子(電荷はマイナス)が生成した反応と同定された。

  • NINJA実験

    NINJA実験の解析で検出されたニュートリノ反応。反応点から陽子(p)とミュー(μ)粒子が放出されている。μ粒子は、複合解析によって下流のBaby MINDにて同定され、磁場による曲がり具合からマイナスの電荷を持っていることが確認された。したがって、右上の様式で表されるような、ニュートリノ(νμ)が中性子(n)と反応し、μ―粒子と陽子(p)が生成した反応だと考えられるという (出所:合同プレスリリースPDF)

また、ふたつ目は反ミューニュートリノが陽子と反応し、中性子と運動量が約4.3GeV/cのミュー粒子(電荷はプラス)が生成された反応と同定された。いずれも典型的な準弾性散乱反応と見られており、今後解析が進むことで、さらにニュートリノ反応の統計が増え、最終的には約1万事象のニュートリノ-原子核反応を用いた高精度な測定が実現すると期待されている。

  • NINJA実験

    NINJA実験の解析で検出されたニュートリノ反応。反応点からミュー(μ)粒子が放出されている。μ粒子は複合解析によって下流のBaby MINDにて同定され、磁場による曲がり具合からプラスの電荷を持っていることが確認された。したがって、右上の様式で表されるような、反ニュートリノ(νμ)が陽子(p)と反応し、μ+粒子と中性子(n)が生成した反応だと考えられるという。中性子は電荷がゼロのため、原子核乾板には信号を残さず、μ粒子の信号のみが写る (出所:合同プレスリリースPDF)

今回、ほかの実験では測定が難しい水標的のニュートリノ反応から放出される低エネルギーの陽子が、小型実験装置により世界で初めて測定され、NINJA実験の陽子測定能力が実証された。また、大型実験装置を用いたニュートリノビーム照射実験も行われ、その実験装置群によるニュートリノ反応の精密測定に成功、ECC-ES-ST-BMの一連の複合解析方法が確立された。

今後、今回の研究において確立された解析方法を用いた全領域の解析が進められることで、不明な点が多いニュートリノ‐原子核反応モデルが精緻化されるという。その結果、高精度なニュートリノ振動測定が実現し、宇宙から反物質が消えた謎の解明・素粒子の標準理論にない新しいニュートリノの探索に繋がるとしている。