理化学研究所は8月21日、フッ素-29(29F)原子核の半径の測定を実施し、2つの中性子が原子核から染み出て、月にかかるハロー(暈:かさ)のように広がった「2中性子ハロー原子核」となっていることを発見したと発表した。

同成果は、同研究所仁科加速器科学研究センターRI物理研究室の櫻井博儀 室長、ドルネンバル・ピーター専任研究員、セント・メリーズ大学(カナダ)物理天文学部のカヌンゴ・リツパルナ教授、バグチ・ショーモ博士研究員(研究当時)、田中良樹 博士研究員(研究当時)、重イオン科学研究所(ドイツ)のガイセル・ハンス教授、シャイデンベルガー・クリストフ教授、東京工業大学の中村隆司 教授ら47人の研究者が参加した国際共同研究チームによるもの。詳細は、科学誌「Physical Review Letters」に掲載された。

陽子に対して中性子の数が多い原子核は不安定であり、安定な原子核とは異なる性質を備えていることがわかってきており、そうした中に「中性子ハロー」などの現象がある。中性子ハローとは、1個ないし2個の中性子が原子核中心から遠く離れたところまで染み出して、月にかかるハローのように広がって存在しているために原子核の半径が大きなものとなる現象だ。中性子ハロー構造を持つ原子核では、中性子ハローは原子核内における中性子の軌道と密接に関係している。そのため、それを調べることで、原子核の構造と核力についての新たな情報を得られるとされている。

そこで櫻井室長らは今回、陽子9個に対して中性子が20個という、中性子過剰のために不安定なフッ素同位体の29Fについて、中性子ハロー構造を有するかどうかの研究を実施した。29Fは中性子を20個持つ中ではもっとも陽子の数が少なく、「ドリップライン」に面する原子核だ。ドリップラインとは、原子核に陽子や中性子を追加していった際に、これ以上は追加できない限界線のことであり、フッ素の中性子の個数の限界は22個であることが、理研のこれまでの研究で確認されている。

なお29Fは不安定である一方で、同時に「魔法数」を備えている原子核でもある。魔法数とは、原子核を構成する陽子や中性子の個数が、2、8、20、28、50、82、126個の場合をいい、これらの個数の時には特に原子核の結びつきが安定することが知られている。この魔法数という要素、そしてフッ素-19(中性子10)やフッ素-27(中性子18)などほかのフッ素同位体の研究もあったことから、29Fは陽子と中性子が強く束縛されたコンパクトな原子核であるものと予想されていた。

今回の研究では、29Fの原子核のサイズを測定することが重要となるが、理研RIビームファクトリーの超伝導リングサイクロトロン(SRC)などを用いて実験が行われた。最初に、SRCで光速の約70%という速さにまで加速させたカルシウム-48(48Ca)原子核を、1秒間に約4兆個という高強度ビームとしてベリリウムの標的に衝突させ、29Fを含むさまざまな不安定原子核を生成。続いて、超伝導RIビーム生成分離装置BigRIPSを用いて、測定対象の29Fを分離・識別した上で29Fだけを新たに炭素標的に衝突させて、「相互作用断面積」の測定を実施したのである。

相互作用断面積とは、原子核の大きさを反映するものだ。今回の実験では、BigRIPSに設置した検出器群で標的に入射した29Fの個数を測定した後、標的通過時の核反応によってほかの原子核に変化しなかった29Fの個数をゼロ度スペクトロメータZeroDegreeにより計測することで、相互作用断面積が導き出された。

結果、すでに知られている19Fから27Fまでのフッ素同位体の相互作用断面積が、通常の原子核で予想される一定の傾向を示すのに対し、29Fではその傾向を外れて相互作用断面積が増加することが確認された。これは、27Fに2個の中性子が加わって29Fになると、原子核の半径が急激に増加することを意味する。つまり、2個の中性子が原子核中心から離れたところまで広がっている2中性子ハロー構造を示しているものと解釈できるという結論となった。

これまで2中性子ハロー構造を示す原子核としては、ヘリウム-6(陽子数2、中性子数4)、リチウム-11(陽子数3、中性子数8)、ベリリウム-14(陽子数4、中性子数10)、ホウ素-17(陽子数5、中性子数12)、ホウ素-19(中性子数12)、炭素-22(陽子数6、中性子数16)の6種類が知られていた。今回の29Fは、これまででもっとも重たい、7番目の2中性子ハロー原子核となったという。

なお29Fの2中性子ハロー構造は、魔法数20の性質が消失していなければ起こらない現象だという。何が魔法数20の性質を消失させたのかは不明で、今回の実験で新たに生じた問いである。さらに、そもそもこのような現象が構造がもっとも根本となる基本法則の第一原理からどのように理解できるのか、2中性子ハロー原子核の存在は宇宙における鉄よりも重たい重元素の合成過程でどのような影響をもたらすのかという点もわかっておらず、今後の課題だという。櫻井室長らは、今後もRIビームファクトリーを用いてさまざまな実験に挑戦し、それらの問いに加え、宇宙に存在する多種多様な原子核の性質の解明に迫りたいとしている。

  • フッ素同位体

    左はフッ素同位体の相互作用断面積で、右はフッ素同位体の原子核半径の比較イメージ。ピンクの丸が陽子、青の丸が中性子を表す。左のもっとも小さなものが19Fで、中央が27F、そして右が今回の29Fで、2個の中性子が中心核より離れて存在している (出所:理化学研究所Webサイト)