eスポーツが育んできたコミュニティとその未来

古澤氏は、新型コロナウイルスの感染拡大以前から、eスポーツの社会貢献を模索していた。eスポーツが、地域や教育、文化など、ほかの領域に役立つというのだ。

「自粛期間中、eスポーツのライブ配信や番組制作で培ったノウハウに対する需要が非常に高まったんです。例えば、企業の株主総会や社内表彰式、展示会やプレスイベントなど。これらをリモートで行う際に、私たちの技術を役立てられないかと、サポートパッケージの提供を開始しました」(古澤氏)

テレビやCMの映像制作会社でも同様のサポートが可能かもしれない。しかし、テレビ向け映像の機材のスペックは、スマートフォンやPCのそれと大きく異なる。コストやスピードのバランスをとりながら、最適の提案ができること。それがeスポーツ業界の強みだ。しかし、疋田氏によると、価値はそれだけではないらしい。

「視聴者とのインタラクティブなコミュニケーションも、eスポーツの得意分野です。出演者が視聴者の投稿するコメントに反応したり、視聴者が出演者にアクションを起こしたりできます。例えば、私たちはeスポーツの大会で、視聴者が大会の会場にいる選手に、ドリンクやフードをおごることのできるサービスを提供していますが、これを応用すれば、社内で表彰された同僚にワンクリックでビールをおごることもできるでしょう」(疋田氏)

2人の話からは、人と人とのコミュニケーションこそが「eスポーツの醍醐味」だとひしひしと伝わってくる。単にゲームのスーパープレイを鑑賞するだけではないではないのだ。

  • コロナ禍におけるeスポーツ

また、eスポーツが結ぶのは、選手とファンだけではない。ファン同士やプレイヤー同士など、多くの人々がゲームを通じて出会う。一般参加者が集まってひとつのゲームを競い合う「対戦会」という文化も、その例だ。これまでe-sports SQUARE AKIHABARAでは、定期的に対戦会が開催されてきたが、オフラインに支えられてきたeスポーツのコミュニティ形成は、今後どのように変化していくのだろう。疋田氏に尋ねた。

「対戦会は格闘ゲームタイトルがメインですが、そのような形のコミュニティは、オンラインに移行していくでしょう。もともと格闘ゲームなどはオフライン、FPS(ファーストパーソン・シューティングゲーム)やMOBA(マルチプレイヤーオンラインバトルアリーナ)などはオンラインというように、なんとなくのすみ分けがありました。ゲームセンターの時代から対戦が行われていた格闘ゲームは、小人数のコミュニティで無数の大会が開催されてきた歴史があります。一方、インターネットで複数の人がプレイすることが主流のFPSやMOBAは、プレイヤーの数は多いのですが、大会はまだまだ足りていないと感じます。これらのことを考えると、今後はオフライン系のコミュニティがオンラインに移行するとともに、オンラインのコミュニティに、オフラインの大会で培われた臨場感を与えていくことが求められるのではないかと思います」(疋田氏)

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    e-sports SQUARE AKIHABARAで実施されていた格闘ゲームのコミュニティ対戦会の様子(写真は2019年8月に撮影したもの)

ただし、オンラインでは、通信インフラなどの課題も生じる。リアルの場で体験を共有できるオフラインとは異なり、ネットワーク回線の強弱、ディスプレイの解像度など、オンラインの場合は個人の環境に体験が大きく依存してしまうわけだ。

オフラインでは見られなかったこうした課題が、今後顕在化していくと考える疋田氏。e-sports SQUARE AKIHABARAは、こうした課題の解消にも地道に取り組んでいる。

「家庭用ゲームやスマホゲームでもオンライン対戦機能はありますが、eスポーツの大会運営者が手がけることで、盛り上がりと開催頻度を限りなく高められます。そして何より、“誰にでも開かれた対戦会”であることがeスポーツの良いところ。ですので、インフラ的な課題を一つひとつ解消し、参加のハードルを下げることが、今後の私たちの役目だと思っています」(疋田氏)

古澤氏はコミュニティの可能性をどう見据えるのか。

「もちろんベストは直接会えること。現在は、オンラインで交流する回数と密度が増えているのが現実ですが、ヒトとヒト、モノとモノ、コトとコトをつなぐ製品・サービス・プラットフォームが発達すれば、より進化を遂げたコミュニティが誕生していくでしょう。するとユーザーはデジタル上での人格を重要視するようになり、直接会う以上のコミュニケーション価値を求めるフェーズに突入するはずです。ITが持つ“つなげる力”で、ヒトとヒトがつながる機会は爆発的に増大するのです」(古澤氏)

数多くのコミュニティが集まれる場として機能してきたe-sports SQUAREが創業したのは2011年。2019年には180を超えるイベントを実施したが、新型コロナウイルスが、eスポーツのコミュニティの姿を変えてしまった。しかし、その事実を受け止めつつ、古澤氏は野心的な姿勢を示す。

「残念ながら、オフラインで得られるすべての体験満足をオンラインで叶えることはできません。今後重要になるのは、オフラインとオンラインをハイブリッドした価値。従来のサービスをぶち壊してでも、新たな試みに挑戦していくことがわれわれの使命です」(古澤氏)

オフラインとオンラインのハイブリッド。具体策はすでにイメージできているらしい。

「eスポーツはスポーツです。何より重要なのは、選手・チームのドラマを描くこと。甲子園で勝者よりも敗者に感情移入してしまうことがあるのと同じで、過去の戦績、試合に臨むまでの苦労や苦悩、栄光と挫折などのバックグラウンドは、視聴者にとって勝敗よりも重要なことです。こうした情報をライブ配信中に散りばめていきます。箱根駅伝のコマーシャルの際に、歴史的名シーンが見られるような感じですね」(古澤氏)

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加えて、オンライン視聴の画面設計を最適化することも重要だという。成績、スコア、ステータスを分かりやすく表示し、プレイのすごさを適時ライブ配信中に届けることが、応援しやすくなる材料になる。RIZeSTが手掛ける配信では、最新技術を用いて、それらの数値をスピーディーに届けている。

「画面の最適化でいうと、ゲーム内のどの部分を映すかも重要です。FPSやMOBAのように広大なフィールドでプレイするゲームでは、視聴者によって見たい箇所が異なります。決定的なシーンをベストな位置から見せるために、配信の際にはゲーム内カメラマンが画角と箇所を操作し、それをスイッチャーがタイミングよく切り変えているのです。これはまさに匠の技で、彼らの存在なくしてライブ配信のクオリティの担保はできません」(疋田氏)

経験に基づいた高度な技術を持つスタッフが集まり、先端の機能を備えるe-sports SQUARE AKIHABARAから配信を行うことで、私たちの見るeスポーツはどのように進化するのか? 疋田氏は、ハイブリットの一例を示す。

「お気に入りの選手に近寄り、プレイと表情を楽しむのが会場の醍醐味。オンラインでその価値を担うのは、会場内を360度で同時に映し出すカメラです。e-sports SQUARE AKIHABARAでも、360度カメラを使ったVRライブ配信を実施した事例があります。リアル会場でも、混んでいれば好きなアングルからは見られません。好きなアングルで楽しめるVRライブ配信は、オンラインでしか味わえない新たな価値のひとつといえるでしょう」(疋田氏)

大会は選手と技術だけに支えられているのではない。もうひとつ重要なのは運営スタッフだと古澤氏は語る。

「RIZeSTでは、バトルプランナーという役職のスタッフが、競技マニュアルの作成や選手へのオリエンテーションなど、あらゆる役割を担っています。こうして準備された環境によって、選手はストレスなく試合に集中できます。オフラインの際は、これら準備段階での打ち合わせが大会のクオリティが左右してきました。今後はオンラインでも円滑に進めることができる運営スキームの構築が必要になると思います」(古澤氏)