Astell&Kernが初のハイレゾ対応ポータブルオーディオプレーヤー「AK100」を発売してからまもなく8年を迎えようとしています。ライバルが思いつかないような新しい技術や画期的な機能に挑戦してきた同社の新製品「A&futura SE200」は、AKMとESSという2種類のDACを1つの本体に内蔵する史上初の“マルチDAC”プレーヤー。実機のハンズオンレビューをお届けします。

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    Astell&Kernの“マルチDAC”搭載ハイレゾプレーヤー「A&futura SE200」

AKMとESS、ふたつのDACチップをひとつのプレーヤーに!

DAC、つまりDigital/Analogコンバーターは、オーディオのデジタル信号を人の耳に聴こえるアナログ信号に変換する重要な役割を担う回路です。A&futura SE200(以下:SE200)には集積化されたICチップを中心とするDACチップが搭載されていますが、ピュアオーディオの世界には単品コンポーネントとして切り出されたDAコンバーターという製品カテゴリーも存在します。

SE200のようなポータブルオーディオプレーヤーの音質を決定する要素はもちろんDACチップに限りませんが、DACとその周辺回路が製品に及ぼす影響は少なくありません。現在、オーディオ用のDACチップを手がける半導体メーカーは国内外に複数の有力企業があります。

Astell&Kernの歴代プレーヤーは、その時々で最先端のDACチップの中から、製品のコンセプトにベストマッチするものを選び抜いて搭載してきました。今回はSE200に最適なDACチップを最後まで1つに絞り込めなかったのでしょうか。またはその末に「だったら1つのボディに2つとも入れてしまえ」というアイデアにたどり着いたのかもしれません。

SE200に採用されたDACチップは、ひとつがAKM(旭化成エレクトロニクス)のフラグシップモデルである「AK4499EQ」。そしてもうひとつはESS Technologyのオーディオ用最新DACチップ「ES9068AS」という組み合わせです。どちらのDACチップにも、その特性をフルに引き出せるように独立したアンプ回路を組み合わせました。

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    「AK4499EQ」×1とESS「ES9068AS」×2を搭載。DAC特性に合わせた独立アンプ回路設計も採用した

AKMのチップはシングル構成ですが、ESSのチップは左右のチャンネルごとに独立したDACチップを配置したデュアル構成です。そして両方のDACチップと対になるアンプは、バランス出力とアンバランス出力の両方に対応しています。

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    3.5mm/3極アンバランス出力(右側の太い端子)と、2.5mm/4極バランス出力(左側の細い端子)をAKM/ESSのDAC出力ごとに装備

4つのイヤホン出力を装備、DACごとに聞き比べられる

バランス出力とアンバランス出力とでは、プレーヤーがヘッドホンやイヤホンを駆動する仕組みが異なっています。ヘッドホンやイヤホンのドライバーを駆動して音を鳴らすためには、「+ (プラス/ホット)」と「- (マイナス/グラウンド)」という2つの電気信号を内蔵アンプから伝える必要があります。アンバランス出力では左右チャンネルに1基ずつ、計2基のアンプからプラス/ホット側の信号を送り、マイナス/グラウンド側の信号は左右が共通化されています。

一方でバランス出力の場合は左右チャンネルに2基ずつ、計4基のアンプを使うため、アンバランス出力よりも豊かな駆動力が得られるのが特長です。またマイナス/グラウンド側の信号が分離され、左右チャンネル間の音楽信号が互いに干渉しないことから、ステレオ再生時の分離感がより鮮明になります。

バランス出力は最近では比較的エントリークラスのハイレゾプレーヤーにも採用されていますが、回路設計のつくりやオーディオパーツの選定も音質に影響することから、やはりSE200のようなプレミアムグレードのプレーヤーで聴き比べるとアンバランス出力との違いがよくわかります。

まとめると、SE200は「2種類のDAC」と「バランス・アンバランス出力」による音質の違いを1台で4通りも楽しめる画期的なオーディオプレーヤーということになります。

天面に並ぶ4つの出力端子は、向かって左側の2つがAKM側の出力、右側2つがESS側の出力に分かれ、DACごとに3.5mm/3極アンバランス出力と2.5mm/4極バランス出力が選べます。

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    天面に合計4つのイヤホン/ヘッドホン出力が並ぶ。本体に表記はないが、写真左側の枠内の2つがAKM、右の白抜き枠の2つがESSの出力になっている

ここにイヤホンやヘッドホンを接続すると、本体右側にあるボリュームホイールの根元に配置されたLEDの点灯色が変わります。ESS側はブルー、AKM側はオレンジに光り、AKM/ESSの同時出力にも対応しているので両方に接続するとイエローに光ります。なお、このLEDは再生音源の種類やビット深度(DSD/32bit/24bit/16bit)によっても色が変わります。

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    曲線を活かしたデザインのフレームにボリュームホイールを装備。3.5mmステレオミニ、または2.5mmバランス出力にイヤホン/ヘッドホンをつなぐとLEDが異なる色に光る。写真はESS側の出力につなぎ、ブルーに点灯させたところ

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    AKM側の出力につなぐとオレンジに光る

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    LEDは再生音源の種類やビット深度を色分け表示できる。16bitはレッド、24bitはライトグリーン、32bitはブルー、DSDはパープルに光る

「AKMとESSどちらかの音が気に入ったら、あとは音質向上が期待できるバランス出力側につないだまま楽しめばいいじゃないか」と思われるかもしれません。確かに効率優先で考えればその通りですが、曲やアーティストによって「ハマる音」の違いを比べながら聴くことがオーディオの楽しみなのです。この楽しみを1台のプレーヤーで、端子にイヤホン・ヘッドホンを挿すだけでシンプルに満喫できるSE200は、今までありそうでなかった画期的な試みに挑戦したプレーヤーなのです。

曲線を活かしたデザインで、よりクールな印象に

SE200は先進的なメタル加工の技術を活かした独特のデザインを特徴としています。シャーシはSE100と同じ菱形のデザインを引き継ぎながら、ボリュームダイヤルの周辺に滑らかな曲線を付けて操作性を高めています。天面と背面にはガラスのような透明感と強度を兼ね備えたセラミックプレートを配置。本体のサイズは132.2×76.9×15.8mm(縦×横×厚さ)で前機種のSE100とほぼ一緒ですが、重さはSE100よりもわずかに33gほど重い約274gとなっています。

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    左側がSE200、右側がSE100。厚さも含めてサイズはほぼ一緒

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    左側のSE200は背面と天面のパネルにセラミックプレートを採用

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    底面にUSB Type-C端子(中央)とmicroSDカードスロット(右)がある

ユーザーインタフェースの基本デザインはA&ultima SP2000やSA700など最新世代の機種からそのまま踏襲。ワンポイントカラーの「Classy Blue」がクールな雰囲気を漂わせます。電源ボタンを押して起動するとネオンサインのように輝くブランドロゴが画面に表示されます。

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    ブルーの文字がワンポイントになり、全体にクールな印象を添えるユーザーインタフェース

DACによる「音の違い」は本当に実感できるのか!?

Astell&Kernのハイレゾ対応イヤホン「AK T9iE」をリファレンスにしてハイレゾ音源を聴き比べてみました。

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    Astell&Kernのハイレゾイヤホン「AK T9iE」で試聴

AKM側のサウンドはダイナミックでパンチが効いています。中低域に厚みと立体感があり、高域は切れ味が良く煌びやか。ジャズのビッグバンドやアップテンポなダンスミュージックを再生すると、軽快なグルーヴを全身で味わえる没入感が楽しめます。ジャズのピアノトリオのメロディも朗々と歌います。

前機種のSE100はESSの8ch DACチップ「ES9038PRO」を搭載していました。とても馬力のあるDACチップを搭載するプレーヤーですが、豊富な情報量を伴う躍動感の鋭さはAKMのAK4499EQを搭載するSE200に軍配が上がりそうです。新旧機種の個性に明確な違いが感じられました。

続いてSE200のESS側のバランス出力にイヤホンをつなぎ替えて聴いてみます。こちらのサウンドはより落ち着きのあるクールな印象を受けました。ハイレゾ音源のディテールにいっそう深く入り込んでいくような分析的なアプローチで、フラットバランスできめ細かく、ジャンルの違う様々な音楽の表情を中立的に描き出せるDACチップです。同じ楽曲を聴いてみても、AKM側出力のサウンドとまったく違う色彩感を楽しむことができるので、自然と音楽再生にのめり込む時間が長くなってしまいます。

ESSのDACは筆者が聴いた音源の中では、特にしっとりとした女性ボーカル系の楽曲にとてもよくマッチしました。AKM側の出力で聴くと少し前面に出すぎる感じがしたボーカルの音像が適度にバランスよく、バンドの演奏と駆け引きを繰り返しながら音楽を紡いでいく様子が引き立ってきます。SE200に搭載されたDACは、AKMが「のめり込めるDAC」だとすれば、ESSは「音楽全体を俯瞰しながら楽しめるDAC」という違いがあると言えそうです。

音質カスタマイズも可能。SE200は長く楽しめるプレーヤーだ!

AKM/ESSのDACチップには、DACメーカーが提供する独自のDACフィルター機能が付いてきます。SE200の設定メニューに入り、AKM側は6種類、ESS側は3種類から好みのフィルターを選んで自分好みの音に作り込めます。ユーザーが任意に決めたセットアップを保存できる10バンドイコライザーも搭載されているので、音質のカスタマイゼーションの自由度はとにかく高いと感じます。

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    AKM側のDACフィルターの設定

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    ESS側のDACフィルターの設定

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    各DACフィルターの特徴。AKM側は6種類、ESS側は3種類(下側)から好みのフィルターを選べる

内蔵アンプの出力は十分にパワフルなので、インピーダンスが高めなベイヤーダイナミックの「T 1 2nd Generation」のようなHiFiヘッドホンも力強くドライブしながら、余韻のきめ細かなサウンドを聴かせてくれました。SE200のすべての端子はライン出力もできるので、オーディオシステムにつないでスピーカー再生を楽しむのも良いかもしれません。

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    ベイヤーダイナミックのハイインピーダンスヘッドホン「T 1 2nd Generation」も心地よく鳴らしてくれる

SE200は最新世代のAstell&Kernのハイレゾプレーヤーと同様に「Open APP Service」にも対応。SpotifyやApple Musicのアプリ(APK形式)をインストールしてWi-Fi経由でインターネットに接続すると、音楽ストリーミングサービスのコンテンツを聴けるようになります。スマホよりも段違いに“いい音”を、しかもふたつの高音質DACの音を聴き比べながら1台で手軽に楽しめるポータブルプレーヤーはSE200のほかにありません。

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    Open APP Serviceに対応し、Spotifyなどの音楽ストリーミングサービスが利用できる

SE200は実売で約24万円もする高級モデルです。DACチップの音を聴き比べる楽しみ方も、どちらかと言えばポータブルオーディオのことをよく知る中上級者向けですが、実際に聴いてみるとはっきりと違いがわかり、ふだんよく聴いているアーティストの演奏がDACチップの違いでまた異なる表情を見せてくれる面白さは万人に伝わるものだと思います。この1台があれば音楽再生がいつまでも長く楽しめるし、オーディオを趣味にするきっかけになるかもしれません。

筆者もSE200を試してみて、マルチDAC搭載プレーヤーの魅力がとてもよくわかりました。今後Astell&Kernを追いかけるライバルからもマルチDAC搭載機が出てきそうです。ポータブルオーディオ史に名前を残すであろうプレーヤーが誕生しました。