候補になっているのはどんな天体?

2001 AV43と1998 KY26。この2つの小惑星に共通するのは、非常に小さいことと、高速に自転していることだ。

これまで人類が近くから観測した小惑星は、はやぶさ初号機のイトカワや米国OSIRIS-RExのベンヌでも500mクラスだった。今回の候補2天体は30m~40m程度と見られ、到達できれば世界最小。吉川真ミッションマネージャは、「見たことが無いレベルの小ささで、研究者の立場としては本当に面白い」と興奮を隠さない。

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    2つの小惑星の概要。2001 AV43は、細長いこともすでに分かっている (C)JAXA

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    左上(高速自転・小型)の小惑星は前人未踏だ。どんな姿をしているのか (C)JAXA

200m以下の小惑星は、ほとんどが高速に自転しているのだが、候補2天体も周期10分程度と、かなり高速に回転している。ラブルパイル(集積型)天体の場合、自転が速いとバラバラになってしまうため、1枚岩の可能性が高いと考えられているが、本当にそうなのかどうかは、行ってみなければ分からない。

2天体とも、小惑星のタイプはまだ確定されていないものの、2001 AV43は岩石質のS型、1998 KY26は炭素質のC型の可能性があるとのこと。リュウグウもC型だったので、はやぶさ2の観測装置を最大限活用するという意味では、1998 KY26は有利かもしれない。

また小型の小惑星探査は、プラネタリー・ディフェンス(スペースガード)の面でも期待が大きいという。恐竜が絶滅したほどのサイズ(約10km)の隕石の衝突は滅多に起きるものではなく、慌てて対応を考える必要はないだろうが、この30m~40mクラスであれば100年~200年に1回程度の頻度で起こり得るので、危機としてはより「現実的」(吉川氏)だ。

このサイズでも、1908年のツングースカ大爆発や2013年のチェリャビンスク隕石のような大きな災害を引き起こすことが分かっている。将来、事前に災害が分かったときに、小惑星を破壊するのか軌道を変えるのかはともかく、まずはこのクラスの小惑星の素性を知っておくことが重要だろう。

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    プラネタリー・ディフェンス。数10mクラスの隕石でも危険は大きい (C)JAXA

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    衝突頻度の対数グラフ。大きな隕石は頻度が低く、小さい隕石は高い (C)JAXA

今後、2つの候補からさらに1つを決めることになる。吉川氏は「どちらかを選べと言われても困るくらいどちらも面白い天体」と、研究者側からの悩ましい心情をコメントしていたが、読者の皆さんはどちらの方が気になるだろうか?

10年という年月自体が大きなチャレンジ

拡張ミッションの検討を開始する際、最初に津田雄一プロジェクトマネージャがイメージしていたのは「もっと大きな小惑星だった」という。予想に反し、到達できることが分かったのは小さな高速自転天体ばかりだったが、しかしこのことで「逆に魅力に気づかされた。人類未踏の新しい領域の探査ができると思った」という。

多数の候補の中から、2つにまで絞り込めたわけだが、この2つの候補が「ダントツで良かった」という。金星を通るコースで行けるのは2001 AV43のみだった一方、地球を通るコースには候補がたくさんあった。しかしその中でも1998 KY26は、軌道や自転周期などが良く分かっていて、科学的な面白さもあった。

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    候補天体の探索結果。金星を通るコースだと、1つ(一番上)しか無かった (C)JAXA

しかし両候補とも、到着までにはさらに10年前後の長い年月がかかる。はやぶさ2は、地球帰還時で打ち上げからすでに6年。過酷な宇宙空間での長旅に耐えられるのか、寿命との勝負となる。

カギの1つはもちろんイオンエンジンである。推進剤は十分残っているとしても、途中で壊れたり性能が低下することもあり得る。耐久性は初号機より向上しており、運転時間は初号機より短いため、まだ余力はあるはずだが、10年も使えるかどうかは未知数。津田プロマネも「これ自身がデータ取りになる」との見方を示す。

やや気がかりなのは熱の問題だ。リュウグウの軌道が地球~火星間のため、はやぶさ2の熱設計はこれに適したようになっているが、地球帰還後は、初めてこの内側に向かうことになる。航法誘導制御を担当する三桝裕也・主任研究開発員によると、「熱設計ではかなり限界を超えている領域になる。何が起こるか解析しているところ」だという。

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    拡張ミッションは、長期航行技術を試せる絶好の機会となる (C)JAXA

ある意味、拡張ミッションは目標天体に辿り着けただけでもラッキーと言えるが、それだけに、慎重に慎重を重ねた地球までの本来のミッションとは違い、何でも自由にやりやすい環境にある。津田プロマネも、新しいチャレンジを「どんどんやりたいと思っている」と目を輝かせる。

たとえば、はやぶさシリーズはターゲットマーカーを投下して、それを目印にしてタッチダウンする方式を採用しているが、高速自転天体は重力よりも遠心力の方が大きいため、表面に置くことができないと考えられる。ここで新しい方法を試せれば、将来のミッションの選択肢を増やすことに繋がる。

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    ターゲットマーカーは1個残っているが、高速自転天体では置けない (C)JAXA

また、ホームポジションからの降下は、従来は地上からの支援を受ける「GCP-NAV」航法で行っていたが、将来的には、画像処理等により探査機が自律制御のみで降下する技術も必要だろう。「はやぶさ2はソフトウェアを自由に書き換えられる。通常の運用ではなかなかやれないが、この機能を使えば新しい挑戦がよりできるのでは」と期待した。