月の水をめぐる謎

月に水があるかどうかという問題は、かねてより世界各国で研究や探査が行われてきた。

通常、月面の水は、真空のため蒸発し、さらに太陽光によって分解され、宇宙空間に逃げていく。しかし、その過酷な環境のなかでも、水が眠っていると考えられているのが、月の極域である。

月の自転軸は、太陽に対してほぼ垂直に立っているため、極域のクレーターの内部に、太陽の光が届かない「永久影」と呼ばれる領域が生まれる。この部分は常に-170℃という低温で保たれており、「コールド・トラップ」と呼ばれる、真空でも水が蒸発しない環境になっている。そこへ、水を含んだ彗星などの天体が衝突したり、太陽風が水素イオンを運んできた結果、地上で生成されたりして水がもたらされると、氷の状態で保存され続けている可能性がある。

こうした可能性は以前から注目されており、同じようなコールド・トラップをもつ水星や小惑星では、実際に水の存在が確認されている。

月をめぐっては、たとえば2008年に打ち上げられたインドの月探査機「チャンドラヤーン1」は、NASAから提供を受けた「月鉱物マッピング装置(M3)」と呼ばれる機器を使い、月の広範囲に水を含んだ分子(水酸基、ヒドロキシ基)を検出。そして、同じくNASAが提供した「小型合成開口レーダー(MiniSAR)」が、月の極域に水分子が存在することを示す成果を残した。

また、2009年に行われた、NASAの「エルクロス」というミッションでは、打ち上げに使ったロケットの機体を月の南極にあるクレーターに衝突させ、それによって舞い上がった塵の中を探査機が飛んで観測するというダイナミックな探査を行い、水に由来すると考えられるヒドロキシ基を大量に確認している。

その後、2018年8月には、米ハワイ大学やブラウン大学などの研究チームが、前述のチャンドラヤーン1に搭載されていたM3のデータを詳しく分析したところ、月の極域に水が氷の状態で存在することを示す証拠を発見したと発表。月に水があることはほぼ決定的となった。

一方で、月の極域のどこにどれくらいの量の水があり、そして資源として利用できるかどうかといったことについては、いまなお研究や議論が続いている。

  • チャンドラヤーン1

    チャンドラヤーン1の観測機器M3のデータから判明した、月の水の場所。左が月の南極、右が北極を示している (C) NASA

月の水はアルテミス計画の実現の鍵

月の水をめぐる問題は、科学的にも魅力ではあるが、なによりも資源として利用できるかどうかに注目が集まっている。

水は人間をはじめ、多くの生物が生きていくうえで必要不可欠なものであり、さらに電気分解して水素と酸素にすることで、酸素を生命維持に使ったり、水素と酸素をロケットの推進剤にしたりもできる。

現在の国際宇宙ステーション(ISS)では、定期的に地球から水を持ち込んでいる。尿や除湿で回収した水を再利用し、飲料水などにもしているが、完全にリサイクルできているわけではない。

しかし、もし月へも同じように水を輸送しようとすると、より多くのエネルギーが必要であり、巨大なロケットを使わないと打ち上げられないなど、莫大なコストがかかる。月で水が現地調達できるかどうかは、これからの有人月探査や、月面都市などが実現するかどうかの鍵を握っている。

ヴァイパーのプロジェクト・マネージャーを務めるDaniel Andrews氏は「地球上と同じく、月に住むための鍵は水です。月に水の氷があることが確認されて以来、現時点での問題は、私たちが月で生活するために必要な量の水を確保できるかどうかです。ヴァイパーは、水が月のどこにあるのか、どのくらい使用できるのかといった疑問を解決するのに役立ちます」と語る。

とくに現在、NASAをはじめ世界各国は、月の南極に宇宙飛行士を送り込んで探査する「アルテミス(Artemis)」計画を進めている。現時点では、2020年7月に月の無人周回飛行を行う「アルテミス1」を行い、2022年前後に有人で周回飛行を行う「アルテミス2」を実施。そして2024年の「アルテミス3」で、アポロ以来約半世紀ぶり、そして史上初となる女性宇宙飛行士の月面着陸を目指す。

さらに、アルテミスはかつてのアポロ計画とは違い、ただ月へ行って帰ってくるのではなく、月面にとどまって、継続的、持続的に探査し、そしてそれを足がかりに、有人火星探査を目指そうとしている。

もし、月の南極に水が利用可能な形で存在すれば、宇宙飛行士が活動しやすくなり、さらに月面都市の建設などの将来像も視野に入ってくる。しかし、逆に存在しなければ、水を地球から月へ継続的に輸送するコストを捻出しなければならないうえに、完全な水のリサイクルを実現するなど、計画の大きな見直しが必要になるなど、月面にとどまって、継続的、持続的に探査することのハードルは大きく跳ね上がる。

このことは日本も他人事ではない。今年10月18日、宇宙開発戦略本部はアルテミス計画に参画することを決定。月での活動の拠点となる、月を周回する有人宇宙ステーション「ゲートウェイ」の建設や運用、補給などへの貢献のほか、日本人宇宙飛行士が月に降り立つ可能性も取り沙汰されている。

しかし、それもこれも月に水があるかどうかで、話は大きく変わってくるということを認識しておかなければならない。場合によっては、アルテミス計画そのもののあり方や実現可能性が根底から崩れるかもしれない。

ヴァイパーの探査の行方をはじめ、月の水をめぐる問題は、これからも注意深く見守る必要があろう。

  • アルテミス計画

    アルテミス計画の想像図。月で持続的に探査活動を行うには、水が現地調達できるかどうかが大きな鍵となる (C) NASA

出典

New VIPER Lunar Rover to Map Water Ice on the Moon | NASA
News | Ice Confirmed at the Moon's Poles
Commercial Lunar Payload Services | NASA
NASA Artemis
宇宙開発戦略本部 第20回会合 議事次第 : 宇宙政策 - 内閣府