トヨタ自動車は、自動車のインバーターや昇圧コンバーターに用いるパワー半導体素子を、現行のSi(シリコン)製IGBTから低損失なSiCパワー素子に切り替える準備を長年にわたり行ってきたが、最終的にSiCの採用を見送り、Si IGBTを搭載することになったと一部のメディアが報じている。

トヨタがそう決断した背景には、現在あるいは数年先を見渡しても、結晶欠陥が少ない高品質なSiCウェハを供給できるウェハメーカーが少なく、台数の多い大衆車に必要なSiCパワー素子をまかなえないと判断したことがあるという。

このような状態とは裏腹に、日本の多くのパワー半導体デバイスメーカーは競い合ってSiCデバイスの技術開発を推進しているが、自動車、特に大衆車に搭載されなければ、新幹線や地下鉄などの必要個数に限りがあるニッチ分野はともかく数十万個を超すけん引市場を生み出すことができず、市場の爆発的な拡大は期待できなくなる可能性がでてくる。

SiCウェハの安定調達に懸命の海外勢

SiCデバイスを製造・販売する海外勢の動向を見てみると、半導体市場でトップクラスのシェアを誇るInfineon Technologiesは、2018年2月よりSiCウェハのトップサプライヤである米Creeと大口径(6インチ)ウェハの長期供給契約を締結。多額の契約金をCreeに支払い、SiCウェハ量産のための投資負担の軽減を図っているほか、2018年11月には、2010年創業という新興のSiCウェハサプライヤである独Siltectraを買収するなど、着々と大口径SiCウェハの確保に努めている。

また、STMicroelectronicsも、Infineonに続いて2019年1月にCreeと大口径SiCウェハの長期安定契約を結んだほか、2019年2月に入り、スウェーデンのSiCウェハサプライヤNorstelを1億3750万ドルで買収することを発表している。

すでに同社はSiCパワーデバイスの車載認証を顧客から受けており、「車載向けSiCデバイスを量産している世界トップクラスの半導体メーカーである」と公言しているが、それでも自動車メーカーやTier1の顧客から、自動車に搭載するに足る大量のSiCパワーデバイスを製造するためのSiCウェハは十分に確保できているか問われているとのことで、こうしたCreeとの長期供給契約やNorstel買収などをアピールすることで、SiCウェハの調達に問題ないこと、ならびにコスト効果も将来にわたって出てくること、結晶成長の改良によるさらなる品質向上が今後も継続して行われていくことなどを伝え信頼獲得に努めているという。

  • SiCウェハ

    2017年1月開催の「第9回 オートモーティブワールド(オートモーティブワールド2017)」にてSTマイクロエレクトロニクスが展示していたSiCウェハ (編集部撮影)

車載分野での普及の鍵はSiCウェハの確保

半導体市場調査会社である仏Yole Développmentは、既報のとおり「SiCパワー半導体デバイス市場は2017年から2023年の間に年平均成長率29%で急成長する見込みであり、2023年に14億ドルに達するとの予測しており、その中心になるのが車載分野で、年率100% を超える急成長が期待される」といった予測を出している。

同社のパワー半導体担当シニアアナリストであるHong Lin氏は、2月12日付け(欧州時間)で「SiCウェハがSiCパワー半導体市場の鍵をにぎっている」と題した同社の公式見解を発表。その中で 「今後10年にわたって、車載市場がSiCパワーデバイスの需要をけん引するのは確実である。パワーデバイスを先導する企業は、この分野から脱落せぬように必死になって、SiCウェハ確保に努めている。InfineonやSTによるSiCウェハ確保の動きを見て、ON Semiconductorや三菱電機、富士電機などのほかのSiCデバイスメーカーは一体どのような対応をするのだろうか?」と疑問を投げかけ、「すでに、SiCウェハ分野における買収できそうなめぼしい企業は限られており、SiC業界で生き残るには俊敏な判断と行動が必要である」とコメントしている。車載SiCパワーデバイスで大きなビジネスを獲得するためには、まずは十分な量の大口径SiCウェハの安定的確保が先決ということだろう。

なお、日本勢の中でもロームは、すでに2009年に独SiCrystalを買収するなどにより、SiCに関して、ウェハからデバイス、パワーモジュールまで一貫して手がけることができる体制を構築しているが、サプライチェーンのリスク分散などの観点を含め、社外のSiCウェハサプライヤからも調達しているという。

SiCがHEV/EVをはじめとする大衆車市場に本格的な入り込んでいくためには、Siウェハに比べて文字通り桁違いに高価なSiCウェハのコストダウンが必要となるが、そのためには、大口径化に向けた破壊的な技術開発とデバイスの製造歩留まりを低下させている結晶欠陥などを低減するための地道な努力が必要となってくる。そのため、半導体デバイス各社にも、単に高性能なデバイスだけを作るだけではなく、SiCウェハの扱いそのものをどうするべきか、を考える必要性がでてきているといえるだろう。

  • SiCウェハの主要サプライヤ

    SiCウェハ市場における主要サプライヤ(研究開発段階の企業も含む)の分布図(2018年時点)。ロームが買収した独SiCrystalや、SiCウェハビジネスから撤退した新日鉄住金から技術移転がなされた昭和電工の名前も見られる (出所:Yole Développment)