「恐怖の7分間」を乗り越えて

火星への着陸は、よく「恐怖の7分間」と呼ばれる。7分間というのは、火星の大気圏に突入してから地表に到達するまでの時間のことで、このわずかな間に、探査機はいくつもの難関をくぐりぬけなければならない。

たとえば大気圏に突入した際には時速約2万kmと、じつに新幹線の約70倍、飛行機の約20倍もの速さをもっているのに対し、そこから大気圏内を降下する際に急激に速度を落とし、そして地面にゆっくり降り立たなくてはならない。

大気圏突入時には高温が探査機を襲ううえに、火星の大気は地球よりも薄く、パラシュートでは十分に減速することができない。そのため、まずパラシュートである程度減速したのち、ロケット・エンジンを逆噴射するなど、別の方法を使ってさらに減速し、着陸する必要がある。

つまり7分間の間に、探査機はパラシュートの展開や耐熱シールドの分離、エンジン噴射など、数十もの操作をこなす必要がある。また、地球と火星との居地の関係上、通信には数分間のタイムラグが生まれるため、地球からの指令を待っていては間に合わないので、探査機が自律的に、それも完璧なタイミングでこなさなくてはならない。

火星探査の歴史の中で、地表への着陸に成功した例はまだ少なく、およそ40%ほどの成功率しかない。近年でも、欧州とロシアが共同で打ち上げた「エクソマーズ2016」の着陸技術実証機「スキアパレッリ」が失敗している。

今年5月5日に打ち上げられたインサイトは、約7か月間にわたり、約4億8000万kmもの距離を飛行して火星に接近。そして27日4時47分(日本時間、以下同)ごろ、大気圏に突入し、突入時の熱に耐えたのち、パラシュートを展開。そしてエンジンを噴射し、4時52分59秒に無事に地表に舞い降りた。

  • 着陸するインサイトの想像図

    着陸するインサイトの想像図 (C) NASA/JPL-Caltech

インサイトが着陸したのは、火星の赤道付近にある「エリシウム平原(Elysium Planitia)」と呼ばれる広大な平原である。この場所は、地形がなだらかで、また大きな岩など障害物になりそうなものもないことから、着陸場所として選ばれた。

NASAのジム・ブライデンスタイン長官は「今日、私たちは人類の歴史の中で、8回目の火星着陸に成功しました。インサイトは火星の内部を探査し、人類を火星に送り込むために必要な、重要な科学的成果をもたらしてくれるでしょう。この成功は、米国と国際パートナーの独創性の高さを示すと同時に、チームの献身的かつ忍耐強い取り組みを示しています。NASAにとって最良の瞬間はこれから、まもなく訪れることでしょう」と語った。

インサイトは着陸後、太陽電池の展開にも成功。火星で撮影した最初の画像も送られてきている。運用チームは今後、2~3か月をめどに、観測装置を展開する場所を選ぶなどし、科学観測に向けた準備を進めるとしている。

  • 着陸したインサイトから送られてきた最初の画像

    着陸したインサイトから送られてきた最初の画像 (C) NASA/JPL-Caltech

インサイトの着陸を支えた2機の超小型衛星

インサイトがこの恐怖の7分間に耐えていた裏では、ある小さな探査機たちも活躍していた。

それは「マーズ・キューブ・ワン」(Mars Cube One)、略して「マルコ」(MarCO)と名づけられた2機の超小型探査機。2008年に公開されたディズニー映画『ウォーリー』にちなみ、2機のうち1機のマルコAには「イヴ(Eve)」、もう1機のマルコBには「ウォーリー(Wall-E)」という名前がつけられている。

イヴもウォーリーも、「6U・キューブサット」と呼ばれる、寸法は36.6cm×24.3cm×11.8cm、質量13.5kgと、ブリーフケースほどのサイズの、きわめて小さな探査機である。

マルコの目的は、まずこれほど小さな探査機で火星探査ができるかどうかを実証することにあった。すでに超小型の人工衛星は多数地球の周囲を回っているが、惑星間空間に飛んだ例はなく、もちろん他の天体を探査した例もない。

さらにその上で、インサイトが火星に着陸する際に、信号を地球に中継するというミッションももっていた。探査機が火星に着陸する際には、火星を回っている探査機を使ってデータの中継を行うことがあるが、インサイトの着陸時には、探査機の位置関係などの都合上、いま火星にある衛星では中継ができないことがわかっていた。そこで、マルコがその役割を担うことになったのである。ちなみにインサイトは自律して火星に降りるため、マルコが使えなかったとしても、着陸そのものには影響はなかった。

  • 打ち上げ前のマーズ・キューブ・ワン(マルコ)と、各部の説明

    打ち上げ前のマーズ・キューブ・ワン(マルコ)と、各部の説明 (C) NASA/JPL-Caltech

マルコの2機は、約7か月の航行に耐え、火星に接近。火星の地表に向けて降下するインサイトが出す信号を中継した。さらにウォーリーは、搭載されているカメラで火星の写真を撮影することにも成功した。

マルコのプロジェクト・マネージャーを務める、JPLのJoel Krajewski氏は「マルコは新人のエンジニアが中心となって開発しました。彼らの多くは、マルコがNASAで初めて関わるミッションでした。宇宙機の開発、試験、運用において、貴重な経験を得ることができました。彼らの功績を誇りに思います」と語る。

また、JPLで小型の探査機の研究をしているJohn Baker氏は「マルコのような超小型探査機は、既存の大型の探査機の代わりになることはないでしょう。しかし、新たな方法による惑星探査を可能にするかもしれません」と語る。

「キューブサットは、カメラや科学機器を積んで深宇宙を探査できる、素晴らしい可能性を秘めています」。

NASAによると、この中継ミッションの終了後、スラスターの推進剤などに余裕があれば、小惑星など他の天体を訪れることも検討しているという。

  • ウォーリー(マルコB)から送られてきた火星の画像

    ウォーリー(マルコB)から送られてきた火星の画像 (C) NASA/JPL-Caltech

史上初のミッションを背負い、そして恐怖の7分間を耐え抜いて火星に到着したインサイトと、無事に使命を果たし、火星を超えていまなお深宇宙を飛び続けるマルコ。この探査機たちがどんな成果を見せてくれるのか、そしてその成果から、どんな新しい火星探査の未来が創られていくのか、大いに期待したい。

出典

NASA InSight Lander Arrives on Martian Surface - NASA's InSight Mars Lander
NASA Hears MarCO CubeSats Loud and Clear from Mars - NASA's InSight Mars Lander
Landing Day for InSight - NASA's InSight Mars Lander
Overview | Science - NASA's InSight Mars Lander
Goals | Science - NASA's InSight Mars Lander

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info