道具にこだわる。例えば、プロのカメラマンなら最高の1枚を撮れるカメラに投資し、そして使い込むだろう。ビジネスで持ち歩く筆記具に万年筆を選ぶ人もいるし、百数十円のペンでも書き味にこだわって厳選する人もいる。また、車を選ぶ際に、事故に備えて安全な車に投資する人もいる。仕事や学習、毎日の暮らしに必要なものにこそ、道具選びにこだわりたい。その方が充実する。では、いつも持ち歩いているスマートフォンを、そうした視点から選んでいるだろうか。近年、スマートフォンは単なる電話やモバイルネット端末ではなく、様々なアプリとの組み合わせで、人々が学んだり、仕事に活かしたり、人々の生活を豊かにするツールになっている。1日の中で最も長く共にあるデバイスだから、少なくとも「より安く」だけで選びたくはない。
9月12日にカリフォルニア州クパチーノで、Appleがスペシャルイベントを開催した。直前まで様々な新製品の登場が噂されていたが、オープニングにおいてCEOのTim Cook氏は「今日は我々の最もパーソナルな2つの製品について話します」と宣言した。Mac、iPod、iPhone、iPad、Apple Watchなど、Apple製品のほとんどはパーソナルデバイスである。その中で最もパーソナルなものは何かというと、常にユーザーと共にある「Apple Watch」と「iPhone」だ。その宣言通り、イベントは「Apple Watch Series 4」「iPhone XS/ XS Max」「iPhone XR」の発表会になったが、同時にスマートウォッチやスマートフォンに対する「価値観」を人々に問うようなイベントになった。
最初に発表されたApple Watch Series 4は、初代モデルが登場してから初めての大幅なデザインと設計の変更を施したモデルチェンジになった。ディスプレイが30%以上大きくなって、これまでの38ミリと42ミリのラインナップが、40ミリと44ミリに (バンドは従来のものを使用可能)。ウォッチフェースが広くなった一方で、筐体がスリム化され体積はSeries 3よりも小さい。広くなった画面を活かせるようにUIパーツを見直し、またDigital Crownに回転にハプティクス技術によるカチカチとしたフィードバックを加えるなど、操作性を改良。バックパネルにダークなセラミックとサファイアクリスタルを採用して、表背面で信号が通るようになったことでデータ通信の品質が向上している。新しいS4チップは最大2倍高速だが、バッテリー駆動時間はこれまでと同じ、一日中持続する。
キーノートではたくさんのウォッチフェースとバンドが紹介されたが、本稿でそれらは割愛させていただくとして、Series 4の目玉機能に移ろう。ECG (心電図)だ。年内にリリースされるECGアプリと電気心拍センサーを用いて、ユーザーがデジタルクラウンに30秒間触れるだけで心調律をモニターして記録、解析結果を得られる。Apple Watchが心電計として機能する。米国ではFDAの承認を得ており、店頭で消費者が直接購入できる初のECGデバイスになるという。残念ながら、ECG機能は米国のみでの提供開始になるが、他にも低心拍や不整脈のアラートなど、心拍モニターの強化がSeries 4の目玉になっている。
ECG機能搭載が発表された時、大きな拍手と歓声が会場から起こった。それは意外なことであり、同時にスマートウォッチの大きな可能性を感じさせるものになった。
意外なことに感じたのは、スマートウォッチにECG機能が必要だと考える人は、心臓に関わる病気を抱えていたり、高齢者、またはアスリートなどに限られると思っていたからだ。健康な人、これまで心電図をとる必要がなかった人は、それほど必要性を感じず、購入を決めるポイントに含めないだろう。しかし、この1~2年の間にApple Watchによって一命をとりとめたというレポートが続いており、ヘルス機能への注目が数年前とは全く異なったものになっている。それがECG機能に対する拍手と歓声になって現れた。
さて、「価値観の問い」だが、今「スマートウォッチとは何か?」と聞かれたら、多くの人はメッセージや電話、ソーシャルの通知、予定やTo-Doなどを手首で受け取れる情報ツールを思い浮かべるのではないだろうか。Apple Watchも、初代モデルはファッション性を前面にした情報ツールだった。
しかし、AppleはSeries 2からアクティビティ/ワークアウト機能を強化し始め、さらに医療・ヘルスへと展開し始めた。これはiPhone 4ぐらいからAppleがカメラ機能にこだわり始めたのに似ている。当時カメラ強化は歓迎はされたものの、スマートフォンにおけるカメラはおまけ的な扱いで、それが将来コンパクトデジタルとカメラ市場を飲み込んで、人々の写真の楽しみ方を一変させるとは誰も想像していなかった。
スマートフォンが単なるスマートな電話でなくなったのと同じように、スマートウォッチもスマートな時計以上の存在になろうとしている。すでに多くの人がアクティブな生活のためにApple Watchを使い始めている。今はまだスマートウォッチをプロアクティブな健康モニターツールとして重視する人は少ないが、数年後、自分の体や健康のことを深く知るのを大きな理由に、人々がApple Watchを巻くようになっても不思議ではない。