iPhone Xs / Xs Maxは、iPhone Xの順当進化を言える。ステンレススチールのフレームで高級感のある本体デザインはそのままに、ガラスとの接合などを改良して防沫/耐水/防塵性能をIP67等級からIP68等級に向上させた。より大型のモデルが加わる可能性はiPhone Xが発表された頃から予想されていたので、iPhone XS (iPhone Xと同じ5.8インチ)、iPhone XS Max (6.5インチ)という新ラインナップはそれほど大きなサプライズではない。ちなみに「Plus」ではなく「Max」と命名したのは、iPhone 8 Plus (5.5インチ)とほぼ同じ本体サイズで、ディスプレイが1インチも大きいから。Plusを上回る大きさを示す。デュアルカメラの光学性能もほぼ変わらない。だが、最大の強化ポイントである「A12 Bionic」チップによって、撮影機能を含めて、あらゆる体験が向上する。

  • ステンレススチールとガラスの一体感が増したiPhone XSシリーズ、「最も美しいiPhone」と表現

  • 海水、ジュース、コーヒー、そしてビールでも、iPhoneがかぶってしまう可能性がある、あらゆる液体で耐水性能をテスト

  • iPhone 8 PlusとiPhone XSのサイズ比較、本体サイズはXSの方が小さいのに画面はXSの方が大きい

  • iPhone 8 PlusとiPhone XS Maxのサイズ比較、本体サイズはほぼ同じだが、画面はXS Maxの方がはるかに大きい

  • Super Retinaディスプレイは、HDR写真を60%広いダイナミックレンジで表現

  • ステレオのワイドレンジが広がり、ヘッドホンを使わず、スピーカーからでも広がりのあるサウンドでゲームや映画を楽しめる

A12 Bionicは、前世代のA11 Bionic (10nmプロセス)よりも微細な「初の7nmチップ」である。より小さな製造プロセスへの移行では、微細化で生まれた余力をどのように割り振るかが注目点になる。A12は69億個ものトランジスタを備える。CPUは、性能コア×2、効率コア×4。これはA11と同じで、CPUの高速化は最大15%にとどまる。GPUは4コアになって、グラフィックス性能は最大50%の向上だ。それ以上に大きいのが、A11から採用されたニューラルネットワーク向けのNeural Engineだ。8コア構成で、Core MLの動作が最大9倍も高速になる。それでいて消費電力は1/10。微細化で生じた余力の多くをAppleは、Neural Engineと効率化に割り振ったと推測できる。

  • 7nm製造プロセスのチップで先行するApple

  • A11 Bionicに比べて、A12 BionicではCore MLの動作が9倍高速、そして消費電力は1/10

スマートフォンで機械学習を活用するために、クラウドに情報を吸い上げてクラウドのパワーで処理するか、それともクラウドに情報を集めずに端末内で処理するか。計算量が膨大となる機械学習処理では前者が有効と見なされていた。しかし、Facebookを通じた情報漏洩が社会問題化してから、人々のプライバシー保護の意識が高まり、iPhoneのような端末内での処理が求められ始めている。そのタイミングで、処理能力の問題を解決につながりそうなA12 Bionicの登場である。A12で同社は、リアルタイムの機械学習の実現を強くアピールしている。

例えば、Face IDによるアンロックは、機械学習によってヘアスタイルを変えたり、メガネをかけるといったユーザーの変化も学習して、正確にユーザーを認識する。A12のNeural Engine、新しいアルゴリズムとSecure Enclaveの組み合わせによって、高精度であることが求められる顔認識を瞬時に完了させる。他にも、写真アプリで管理している数千枚の写真の高速検索、QuickTypeの的確な入力候補の表示、TrueToneの調整など、ユーザーが気づかない様々なところでNeural Engineが快適な体験を生み出している。さらにA12の強化されたNeural Engineのリアルタイム機械学習処理は、高度な画像加工、アニ文字/ミー文字、ARアプリなどの体験を引き上げる。例えば、写真撮影において、顔認識やフェイシャルランドマーク、深度マッピングといったNeural Engineによる処理によって、美しいポートレートモードや、明部と暗部をコントロールした精細なディテール表現が可能になるが、A12搭載機種では撮影後の深度コントロールやリアルタイムのSmart HDRを実現する。

  • A12 Bionicによるリアルタイム機械学習を活かしたサードパーティのアプリの1つとして紹介されたNex Teamの「HomeCourt 」、NBAのフェニックス・サンズなどで活躍したスティーブ・ナッシュも登場

  • 「HomeCourt 」はシュートを撮影しながら、リアルタイムでプレイヤートラッキング、ボールトラッキングなどを実行

  • シュートの種類、アングル、スピードなど、シュート1本ごとの詳細なデータをその場で得られる。開発者はリアルタイム・シュート・サイエンスと表現していた

  • f1.4開放(左)からf16 (右)まで、撮影後にスライダーを動かして背景のボケ味を調整できる「深度コントロール

やがてライバルも7nmチップ搭載し、7nmをアピールしてくるだろう。しかし、どう活かすかが問題であって、それは一朝一夕のソリューションではない。A12は、A11と同じ「Bionic」を冠することから、A12でプロセッサの設計変更はなかったと推測できる。微細化とアーキテクチャの変更はどちらもプロセッサを進化させるが、大きな変更を同時に行うとリスクが高く、重ならないように計画するのが望ましい。今年いち早く7nmに移行し、その余力をニューラルネットワーク向けに存分に活用するために、Appleはあらかじめ前の世代でNeural Engineを含むアーキテクチャに移行しておいた。A12は、自らシステムチップを設計している同社が、数年先を見すえてやってきた取り組みの成果である。

価格はiPhone XSがiPhone Xと同じ999ドルから、iPhone XS Maxは1,099ドルから。Maxでスタートラインがついに1,000ドルを超えてしまった。高級感のある仕上がり、搭載する先進的な技術を考えると、高くなるのはやむを得ないとしても、スマートフォンで1,000ドル超えは許容されるかという議論が広がっている。

そこで冒頭の「価値観の問い」である。欠かせない道具としてのスマートフォンだ。

今回Appleは「Lasts longer (長持ち)」というポリシーを示した。これはiPhone XS / XS Max発表の最後に登壇したLisa Jackson氏 (環境担当バイスプレジデント) が述べた言葉だ。Appleは環境へのインパクトを最小限にするために、自然資源からの材料の使用を最小限にとどめ、再生可能エネルギーを使い、効果的にリサイクルする仕組みを整えている。それを説明する中で、3つのポイントとして「Sourced responsibly (責任ある調達)」、そして「Lasts longer (より長く)」、「Recycled properly (正しくリサイクル)」を挙げた。Lasts longerとは、耐久性が高く、ユーザーが不満を覚えずに長く使い続けられるデバイスに設計・デザインすること。それが結果的に環境保護につながる。

Jackson氏は言及しなかったが、それは1つの機種をより長く使うユーザーの昨今の傾向にもフィットする。米国や中国などで買い替えサイクルが長期化している。新機種が出ても目新しい機能が乏しいと言われ、「より安く」が訴求点になって、中国勢の低価格スマートフォンが人気だ。しかし、スマートフォンの性能はまだ飛躍的に伸び続けており、機械学習による新たな体験のような変化を生み出せる。このまま産業全体が低価格に陥ってしまうと、スマートフォンの技術革新のペースが鈍り、そして細っていく恐れがある。

「良いものを長く使う」、毎年新しい機種を購入していた人が2年ごとのサイクルになったら、700ドルが1,000ドルになっても1年あたりのスマートフォンへの支出は減少する。長く使い続けられる製品を提供することは環境に優しく、そして成熟期を迎えたスマートフォンを次の段階へと導くソリューションになり得る。999ドル超のiPhoneは、これまでのスマートフォン感覚からすると高い。だが、iPhoneでできることは年々増えており、一般向けのカメラ市場を飲み込んでしまったようなディスラプション (破壊)を、これからも起こせる可能性を秘めている。

  • デバイスを販売するメーカーはユーザーにより頻繁に買い替えてもらいたいもの、しかしAppleのポリシーは「Last Longer」、長持ちしてユーザーが長く使い続けられる製品を提供

しかし、それでも999ドルのiPhoneを敬遠する人はいるだろう。所有欲も満足させる万年筆ではなく、書き味がなめらかで機能的なペンでガシガシ書きたいというコストパフォーマンス重視の人もいるのだ。そうした人達向けにAppleは今年、「iPhone XR」を用意した。