二本の柱から伝わってくるAppleからのメッセージ

watchOS 5の柱は前述した通り、「アクティビティ」と「コミュニケーション」だが、毎年のアップデートで着実に進化してきた「アクティビティ」と比べると、ここ数年、「コミュニケーション」機能は後景化していた。watchOSの進化はどちらかというと、「パーソナルなデバイス」としてのApple Watchを強調する役割を担っていたように感じられる。

ここでApple Watchが登場した当時を思い出してみよう。機能の中軸となっていたのは「タイムキーピング」「新しいつながり方」「健康とフィットネス」「内蔵/App Storeのアプリ」だった。「健康とフィットネス」については述べるまでもないが、「タイムキーピング」「内蔵/App Storeのアプリ」に関しても、文字盤の追加やコンプリケーションのカスタマイズ性強化、標準アプリの充実に、サードパーティの参入を促すなど、さまざまな施策がとられていた。しかし、「新しいつながり方」についてはどうだったろう? サイドボタンを押して使う「友達」機能は気がついたらどこかにいってしまい、今はApple Payを呼び出す時や、Dockを表示させるのに取って代わられている。

  • 初代Apple Watchの「新しいつながり方」では、より親密なコミュニケーションのあり方を想定していた

もしかしたら、「新しいつながり方」を探る方向はなくなるのかもしれない、筆者はそう思っていた。だが、そうではなかった。今回、「トランシーバー」をはじめとして、「コミュニケーション」にフォーカスした機能がいくつも追加されることになったのである。

そもそも「新しいつながり方」という発想を捨てるなんてことはなかったのだ。大きくフィーチャーされる機会が減っただけで、「Digital Touch」なども着実な進化を遂げている。watchOS 3で採用された「緊急SOS」も「新しいつながり方」のひとつであったと言えよう。「ここ数年、後景化していた」と前述したが、それは「後景化」したかのように見えていたに過ぎなかったのである。

watchOS 5での「コミュニケーション」機能の強化は、Apple Watchの原点に立ち返るアプローチだとも言えるが、筆者は「アクティビティ」関連の機能強化とあわせて、あるメッセージを伝えようとしているのに気付いた。

それは「心身ともに健康に過ごしましょう」というものである。これはシンプルではあるが説得力を持って響く。

スマートフォンやスマートウォッチを経由したコミュニケーションは、単に情報が行き交うだけの目的合理的なものになりがちな面があるのは否めないが、Appleは何とかしてそれを相互理解による生きたコミュニケーションに転化すべく奮闘している。「新しいつながり方」を模索するのはそういう目的があるからなのだ。

watchOSとともに、今秋、iOSもアップデートされる。iOSでは、ARの共有体験をはじめとして、こちらもwatchOS同様、様々な機能強化が盛り込まれている。その中で注目したいのは、iPhoneを操作している時間を理解し、管理するのを支援する「スクリーンタイム」だ。Appleが所謂「スマホ中毒」の問題解決に乗り出したと言われているこの機能も「心」を健全に、と働きかけるものである。

watchOSの新機能がiPhoneの機能を一部、肩代わりすることで、「スマホ中毒」の処方箋となるという声もあるが、Appleが考えているのは、その場しのぎの対症療法ではない。今回のwatchOS/iOSのアップデートは「心身の健康」に真摯に向き合った結果の回答となるものなのだ。

「スマホ中毒」の一例として、SNSの入り浸りが挙げられよう。SNSは他者とつながるということにおいては有用なものであるが、生身の人間と相対している最中でも、タイムラインを延々と眺めている人がいるのは、とても残念だと感じる。また、SNSは他者とのつながりを目指すものであったのに、これまた残念ながら、今となってはある種、分断の象徴ともなった観がある。そこには本来、生きたコミュニケーションがあったはずなのだが、社会的な対立の源泉となってしまったのだ。そんな中、Appleは、敢えてiPhoneから離れることを考えてみたり、「新しいつながり方」を改めて提案して、失われたものを取り戻そうとしているのである。

Appleは人々の生活をより良いもの、実りのあるものにできればと願っているが、彼らは世界を変えようとしているのではない。一人一人が変わらなければ世界は変わらない。そのためには自分たちも発想を転換しなければならないことがある。Appleはそれを理解し、実践しているのであり、今回のwatchOS/iOSの更新はそのアイディアが顕在化したものであると言えるのだ。