ISROの有人宇宙開発

ISROがこうした試験を行ったことからもわかるように、インドはかねてより、有人宇宙飛行への意欲を静かに燃やし続けてきた。

インドでは2007年、有人宇宙飛行に関して国から予算がつき、正式に計画として立ち上がった。ただ、実際にはこれよりも以前からISROでは研究が行われており、同年1月には大気圏への再突入技術を試験する「SRE」というカプセルが打ち上げられ、実証に成功している。

また2008年ごろには、ロシアのソユーズ宇宙船でインド人宇宙飛行士を宇宙に送って経験を積ませるとともに、ソユーズをもとにした新型宇宙船の共同開発を行う計画を立ち上げた。このころ、初の有人飛行は2016年ごろに実施予定ともいわれていた。

もともと、インドは宇宙技術を欲していたこと、一方のロシアは資金難のため宇宙技術を輸出したかったことから、両国の関係は深く、1990年代には液体酸素と液体水素を推進剤とする高性能なロケット・エンジンが輸入され、静止衛星が打ち上げられるロケット「GSLV」が開発された。月探査でも共同計画を進めるなど、密接な関係にあった。

しかし2010年、ソユーズによるインド人宇宙飛行士の飛行はなくなり、宇宙船の共同開発も中止となり、独自開発へと舵を切った。これと前後して、他の宇宙計画でも両国の協力関係が軒並み打ち切られているが、少なくとも両国の関係が悪化したということではなく、インドが宇宙分野における自律化を目指していることや、ロシアの資金不足などが影響した結果であると考えられる。

ただ、ロシアと協力する以前からの技術の蓄積や、短いながらも共同開発した遺産などがあったおかげか、2014年には宇宙飛行士が乗るカプセル部分の試験機が完成。同年12月18日に、ISRO初の大型ロケットである「GSLV Mk-III」の初飛行で宇宙へ打ち上げられ、大気圏に再突入する試験を実施し、成功を収めている(参考:「市場のダークホースとなるか!? - インドの新型ロケット「GSLV Mk-III」 第1回 GSLV Mk-IIIへ至る苦難の道」)。

また、宇宙飛行士の生存に必要な、生命維持システムの開発も進んでいると伝えらおり、有人飛行の実現に向けた着々と準備を進めている。

  • 宇宙船の試験機「CARE」

    2014年に打ち上げられた、宇宙船の試験機「CARE」 (C) ISRO

ゆっくりと、しかし着々と

もっとも、インドの有人宇宙計画全体の動きは、2010年ごろを境にスピードを失っている。

たとえば2007年度の有人宇宙予算は0.4億ルピーに過ぎなかったが、2008年には4.2億ルピー、2009年は23億ルピーと増大した。2010年も15億ルピーが計上された。ところがその後は少なくなり、2013年度は9190万ルピーにまで下がり、その後現在まで数億ルピーで推移している。

ただ、インドの宇宙開発全体の予算は減っておらず、むしろGDP(国内総生産)の伸びと比例するかのように増えつつある。有人計画の予算削減は優先順位の変更、すなわち継続はするものの、大型ロケットの開発や月・惑星探査など他の計画の重要性が上がったために優先順位が下がり、その結果割り当てられる予算が少なくなったと伝えられている。

有人宇宙飛行の実施時期について、現時点でISROは公式には明確なスケジュールを示していないが、現地メディアの報道などによると、2030年ごろになると伝えられている。

当初の予定から10年以上もの遅れとなるが、それでも今回の試験に表れているように、有人宇宙飛行の実現に向け、ゆっくりと、しかし確実に進み続けているのは間違いない。また、優先順位が低いとはいえ、予算がゼロにならず、実際に打ち上げたり宇宙に行ったりといった試験を行えるくらいの予算が確保され続けている背景には、インドが有人計画へ静かな、しかし確かな意欲をもち続けていることがうかがえる。

さらにISROは、再使用型の有翼宇宙船の研究・開発も進めており、2016年には小型の実験機の飛行に成功している(参考:「インドのスペース・シャトルの打ち上げ成功は何を意味するのか」

実用化はもちろん、有人飛行も実現するかどうかはまだ未知数だが、ここで重要なのは、カプセル型の宇宙船の研究・開発と並行して進めているということである。つまり、現実的にできることを進めつつ、将来を念頭に置いた先進的な技術開発も進められるだけの戦略と、予算と人材が、インドにはある。

  • 再使用型の有翼宇宙船(いわゆるスペース・シャトル)の実験機

    2016年に打ち上げられた、再使用型の有翼宇宙船(いわゆるスペース・シャトル)の実験機 (C) ISRO

今後、計画が中止されない限り、インド人宇宙飛行士がインドのロケットと宇宙船で宇宙を飛ぶ日は来るだろう。そればかりかインド製のスペース・シャトルも飛び、そして国際的な有人宇宙活動の中で大きな存在感を発揮する日も来るかもしれない。

そして忘れてはならないのが、インドの有人宇宙開発は、予算が削られている中でここまでやっているということである。予算が潤沢な分野はいうまでもなく、インドの宇宙開発は今後あらゆる分野で、存在感を大きく増していくことだろう。

参考

SUCCESSFUL FLIGHT TESTING OF CREW ESCAPE SYSTEM - TECHNOLOGY DEMONSTRATOR - ISRO
GOVERNMENT OF INDIA DETAILED DEMANDS FOR GRANTS OF DEPARTMENT OF SPACE FOR 2018-2019
GOVERNMENT OF INDIA DEPARTMENT OF SPACE Annual Report 2017 - 2018
LVM-3/CARE Mission - ISRO
Human Spaceflight Program (Overview) - Indian Space Projects

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

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