企業やブランドに応じて消費者とのコミュニケーションを柔軟に変えることができるようになった現代。ブランデッドムービーを活用する際、効果を高めるためのコツなどはあるのだろうか。

別所氏「企業が抱えている課題や向き合いたいターゲットなどによって異なりますが、余計なものを削って、本当に伝えたいことを突き詰めていくことではないでしょうか。それはきっと、商品のスペックではないはずです」

高岡氏「私はブランデッドムービーの制作を依頼する際、ほとんど注文をつけません。なぜなら、何が正解かはわからないからです。だからこそ、あらかじめ方程式を作ることには意味がないと考えています」

別所氏「これから正解が作られていくのでしょうね」

高岡氏「ええ。さらに言えば、お客さまに作ってもらうこともあるでしょう。たとえば、キットカットの受験キャンペーン。今ではよく知られている“キットカットできっと勝つ”というフレーズは、お客さまが生み出してくださったものです。なので、我々が横取りしてはいけないと思い、そのフレーズを使った広告は打ちませんでした。我々は20年間“Have a break, Have a KITKAT”というCMをやってきましたが、この“break”が、お客さまにとっては、受験というストレスからの解放だったというわけです」

今や、受験だけでなく、困難に直面したときに願掛けとして「キットカット」を食べる人もいるのではないだろうか。広告を出していないにもかかわらず、世代を超えて“受験にはキットカット”というイメージが定着していることには驚くばかりだ。

高岡氏「そのイメージを外国の人にも伝えるために、ブランデッドムービーを活用できればと考えています。あたりまえですが、言語が違うので韓国や中国では“キットカットできっと勝つ”は通用しません。そこでブランデッドムービーを創るわけですが、内容などは監督にお任せ。そのほうが絶対に“伝わる”のです。あれこれ注文を付けると、ブランデッドムービーが“広告”になってしまうので、それは避けなければなりません」

別所氏「細かい注文がないほうが、自由な発想が生まれるでしょうね。ルールが明確であれば輪郭がはっきりして創りやすい反面、ルールがあればあるほど表現の幅は狭まります。主演やシチュエーションなどを決めすぎると、同じような作品ばかりができてしまう恐れもあるでしょう」

  • ショートショートフィルムフェスティバル & アジア代表の別所哲也氏

高岡氏「ブランデッドムービー制作で監督とやり取りしていると、クライアントからの注文は少ないほうが嫌だという人が多いですね。やはり、そのほうが大変だから。かつて、岩井俊二監督にネスレのブランデッドムービーを創ってもらった際、私は『キットカットはどこにも出なくていい』と伝えました。さすがに、彼も頭を悩ませていましたね。結局、駅のポスターに『キットカット』を使っていましたが、重要なのはそこではなく、彼の“Have a break”が『花とアリス』だったということ。難しいと思いますが、ブランドのエッセンスをどのように物語の中で表現するかは、映画監督としてやりがいのある仕事ではないでしょうか。のちに、彼が一番思い出に残っている作品を問われて『花とアリス』と答えてくれたことが、私はうれしかったですね」

別所氏「映像作家の人たちは、いみじくもブランデッドムービーのことを“俳句のようだ”と言います。文字数と季語という枠組みのなかで創作する俳句のように、ブランデッドムービーも時間とブランドという枠組みのなかで自由に創っていくもの。たとえばネスレの場合、『自分にとってキットカットがどういう存在なのか』というところから近づいていき、徐々に見えてきたものを物語化、映像化していくわけです。そのなかに自分なりのルールを作っていく。そこがおもしろいですね」

高岡氏「逆にクライアント側も、ブランドを1つの人格としてとらえられるくらい考えて設計していないと、監督に注文は付けられないはず。キットカットは、タータンチェックを身にまとった14~15歳のハイソな女子中学生というイメージが必然的にできています。だから絶対に性的な描写は出てきません。やってはいけないことが明確なのです。ブランドは世の中に余多ありますが、そこまで明確になっているブランドは少ないでしょう。そういうブランドがショートフィルムに向くか向かないかと言われたら、やはり難しいはずです」

  • ネスレ日本 代表取締役社長 兼 CEOの高岡浩三氏

ブランドを確立させるのは簡単ではない。しかし、ブランドのイメージが明確化していなければ、名のある映画監督でも、ピタリとハマる絵が思い浮かばないかもしれないのだ。

高岡氏「映画は長編でも短編でもテーマがあり、主張があります。たとえば、就活なんて最大の社会問題ですよね。なぜ日本では“あのような就活”が必要なのか。第一志望の会社に入れても、入社後に思い詰めてしまう人もいるわけです。このような就活が生まれてしまった背景には、もしかすると就活ビジネスをしているマイナビさんにも問題があるかもしれませんよね? その問題を自分たちで掘り下げて、『ほんとうにその就職活動で、その会社の選び方でいいんですか?』というショートフィルムを創ることが、ブランドを特別なものにしていくのです」

別所氏「確かに、受験や就活は社会問題でもあります。そこに寄り添うか寄り添わないかで企業価値も大きく変わるでしょう。だからかもしれませんが、ブランデッドムービーを人事採用分野で制作する企業が増えています。ショートフィルムの物語で創業者の考えや手がけている事業を伝えて、自分の会社をアピールするのです」

高岡氏「問題性のあることに対して、真正面から向き合うようなショートフィルムにはすごく説得力があるでしょう。ブランドを創るということは、共感できるメッセージを創ること。そして、メッセージをどのように伝えていくか考えたときに、ブランデッドムービーは今の時代、非常にマッチしていると思います」