貂明朝、どこで使われた?

――苦労の末にリリースされた「貂明朝」、書籍の装丁などさまざまな場面で使われているとのことでTwitterでも発言されていますが、こうした情報はみずから集めているのでしょうか?

はい、そうです。やっていることはエゴサーチなんですが、自分のことを調べているというよりは、「貂ちゃんはいまどうしてるかな?」と気にしているような、親心ですね。

もちろん単に使われている様子を見たいだけではなく、実際の市場で使われたことであぶりだされた問題点や、客観的な視点から見て貂明朝の仕上がりが正解だったかどうか、そういったところを知りたくて情報収集しているという状況です。

――リリース後、大きな採用例としては、3月末まで行われていた「谷川俊太郎展」で使われましたね。

谷川さんの展覧会はもともと見に行くつもりだったのですが、友人で、同展に関わられていた大島依提亜さんから「絶対行ったほうがいい」と連絡があり、背中を押されるような気持ちで伺いました。

入り口からすぐのお部屋が、音楽を手がけた小山田圭吾さん(コーネリアス)とUIデザイナーの中村勇吾さん、そして谷川さんのコラボレーションで生まれた映像作品のお部屋だったんですが、そこで谷川さんの詩が1文字1文字大きく、貂明朝を使って表示されて! まったく予想していなかったので、本当にびっくりしてしまいました。大島さんからしたら、「してやったり」かもしれないですね(笑)

――街中などで使われている貂明朝を見つけたいと思ったとき、ここを見るといいとうポイントはありますか?

もっともわかりやすいのはかなのデザインですが、漢字で特徴的なのは「点」でしょうか。ちょっと短めで太く、かわいさを出しています。きへんやたけかんむりなどを見ていただくと、線から離れてゴマのように付いていますので、分かりやすいかと思います。

  • きへんやたけかんむりに注目すると、貂明朝の特徴がよく分かる。

    きへんやたけかんむりに注目すると、貂明朝の特徴がよく分かる。

貂明朝で変わったフォント制作のフローは

――ここでフォント制作の環境について伺いたいのですが、制作環境はアナログ・デジタルどちらですか?

両方使います。基本的にはラフをアナログで書き、清書からはデジタルに移行し、グリフの制作・管理は専用ソフトを使います。ですが、書体によって違いますね。

明朝体の仮名の場合は筆の入り方、強弱などデジタル上で再現しづらい要素が多く、ラフはだいたい手書きでスケッチすることが多いです。

ですがゴシック体の場合、下書きを拡大してトレースするときに、アナログのラフの下書きの線や方眼紙との重なりなどで曖昧なアウトラインに迷うならば、最初からデジタルでスケッチしはじめた方がやりやすいところはあります。

  • アドビが自社開発した漢字用フォントソフト「TWB2」

    アドビが自社開発した漢字用フォントソフト「TWB2」

アドビでは自社開発の漢字用フォントソフト「TWB2」を使っていて、エレメントの拡縮をしてデザインするツールになっています。かなは市販されている「Glyphs」というソフトウェアを使っています。

――貂明朝で何かこれまでから変化した制作フローはありますか?

漢字は「TWB2」で、かなは「Glyphs」で作っているのがアドビの和文フォントの作り方だったのですが、今回の貂明朝は既存の明朝体とは違う特徴をもつフォントでしたので、漢字もかなもすべて「Glyphs」で作りました。漢字とかなを1つのファイルで管理したことで、組んだときのイメージはつかみやすくなりましたね。反面、ファイルサイズが膨大になり、ひらがなのデザインの際に漢字の容量が文字通り重荷になる…というデメリットもあったりしましたが、貂明朝の造形は「Glyphs」でなければできなかったと思います。

「Glyphs」は開発者のゲオルグ(Georg Seifert)さんが非常に意欲的な方で、ユーザー要望の機能をベータ版に非常にすばやく盛り込んでいただけることもあり、貂明朝はベータ版の機能を活用して作っていきました。ちなみに、「Glyphs」はアドビからも技術提供をしていて、「Glyphs」では漢字のうろこを作りやすくするなど、独自のアップデートが行われています。

――仕事場の様子を拝見しましたが、西塚さんの席の卓上には大型の液晶ペンタブレットがありましたね。

  • 西塚さんの仕事場

    西塚さんの仕事場

  • 液晶ペンタブレットは赤入れなどに使っているという

    液晶ペンタブレットは赤入れなどに使っているという。

普段「Wacom Cintiq Pro 16」を使っているのですが、今はワコムから試用のために「Wacom Cintiq Pro 24」をレンタルして使っています。液晶ペンタブレットは上がってきた文字の赤入れやデッサンをするときに用いています。最近の製品は解像度が高いので、アナログでラフを書くように、文字を小さく書いても読みやすいのが便利ですね。

――フォントの需要や市場での受け取られ方について、ここ数年で大きく変化し、「絶対フォント感」(街中にあるフォントを見てどのフォントか当てることを第六感になぞらえた造語)がバラエティ番組で取り上げられるなど、プロフェッショナル以外のユーザーも増えています。こうした市場の変化について、西塚さんはどのように感じていますか?

まずひとつには、デジタル化が進んで、フォントをつくるということの楽しさが広まっているのだと感じます。この春から日本語タイポグラフィチームに入ったアシスタントの吉田大成も、学生時代からフォントを作って、日本語のかたちに興味を持っていたそうです。

  • 進行中の「かづらき」のラフも見せてもらった。最近は藤原定家の写本をしているそうで、リリースに向けて「力をためている状況」とのことだ。

    進行中の「かづらき」のラフも見せてもらった。最近は藤原定家の写本をしているそうで、リリースに向けて「力をためている状況」とのことだ。

また、「絶対フォント感」も、書体を当てたい!と思うということは、裏返せばそれだけたくさんのフォントがいま市場にあるということで、目利きをする楽しさがあるから、これだけの盛り上がりを見せているのだと思います。フォントを熱心に見てくださるファンがたくさんいらっしゃるのは、ただただありがたいことで、また面白い流れだなと感じています。

一方で、フォントを商品化している立場からすると、これだけフォントがあふれている昨今だからこそ、デザイナーや彼らに仕事を依頼する企業の方など、「フォントユーザー」となる方々にも、「目利き」をしていただけたらな、という思いもあります。フリーフォントも増えて選択肢は多様にありますが、選択理由が「無料だから」というだけではなくて、フォントの品質や製品とのデザイン的な合致度合いも見ていっていただけたらなと。

たとえば、源ノ角ゴシック・源ノ明朝は、同一のフォントで表現することがこれまで難しかった日中韓の言語を、統一したイメージで表現するために制作しました。特にWebサイトやゲームなど多言語での切り替えが必要なところで力を発揮すると思います。手掛けたフォントの意図がちゃんと伝わるよう、情報を発信しています。

――最後に、今後の貂明朝のアップデート予定について聞かせてください。

貂明朝では、”貂ちゃん”をカラーで表示できるSVG絵文字を準備していて、今現在、追加のカラー絵文字をつくっています。

和、かわいい、動物といった連想で、干支の絵文字を作っているところです。ラフをiPad上でAdobe Photoshop Sketchを使って描いて、それをもとに作っています。

  • 貂明朝に追加するカラー絵文字のラフ

    貂明朝に追加するカラー絵文字のラフ

果たしてお届けできるのが「イノシシ」の年か、「ネズミ」の年かはまだはっきりお伝えできないのですが、なるべく早くリリースできるようにしていきたいです!

――ありがとうございました。