米国の宇宙企業スペースXは2018年1月7日(現地時間)、人工衛星「ズーマ」を搭載した「ファルコン9」ロケットを打ち上げた。ズーマは「米国の政府機関が運用する衛星」ということしか公式には明らかにされておらず、その正体は謎に包まれている。さらに、なんらかのトラブルが発生し、衛星が失われた可能性も取り沙汰されている。
ズーマ(Zuma)を積んだファルコン9(Falcon 9)ロケットは、日本時間2018年1月8日10時ちょうど(米東部標準時7日20時ちょうど)、フロリダ州にあるケープ・カナヴェラル空軍ステーションの第40発射台から離昇した。
ロケットの第1段機体は打ち上げから約8分後、発射台にほど近い第1着陸場(Landing Zone 1)への着陸に成功した。
一方、第2段の飛行や衛星分離などがどうなったかは、機密ミッションだったため一切不明で、打ち上げの成否すら明らかにされなかった。
そして11日現在、ファルコン9による打ち上げは成功したものの、衛星は機能していないか、あるいはロケットと共に大気圏に再突入してしまい、ミッションは失敗に終わったという情報が流れている。
謎の衛星「ズーマ」
ズーマは、その正体についてほとんど明らかにされていない謎の衛星である。
衛星を保有、運用するのは"米国の政府機関"だとされる。それが具体的にどこなのかはわかっていない。もちろん衛星の目的や姿かたち、どんな装置を積んでいるかも不明。ズーマという名前の由来や意味もわかっていない。さらに、当初打ち上げは2017年11月に予定されていたが、その打ち上げが存在する事実が明らかになったのはわずか1か月前と、他の軍事衛星よりもさらに秘密に覆われた、異例ずくめの衛星でもある。
ズーマの正体を推測する要素として、大きく2つの手がかりがある。「打ち上げ場所、方向」と「所属機関、製造企業」である。
たとえば、地表を偵察する衛星の多くは地球を南北に回る軌道(極軌道)に打ち上げられており、その場合は西海岸のカリフォルニア州にあるヴァンデンバーグ空軍基地から打ち上げられる。しかしズーマが打ち上げられたのは東海岸に位置するフロリダ州からであり、南北方向にはキューバや米本土があるため、極軌道に向けて打ち上げることはできない。したがって、ズーマは少なくとも極軌道を回る偵察衛星ではないということになる。
また、打ち上げ時のロケットの落下などに備えて設定された、船舶や航空機などの飛行・航行禁止区域からは、打ち上げ後にロケットが軌道傾斜角約50度の軌道に向けて飛ぶことがわかっている。このことから軌道傾斜角0度に向けて打ち上げなければならない静止衛星である可能性は消える。さらに今回ファルコン9の第1段機体は、海上の船ではなく発射台にほど近い第1着陸場まで舞い戻って着陸したことから、エネルギーが少なくて済む低い軌道への打ち上げだったか、あるいは1トン前後の比較的軽い衛星を高い軌道に向けて打ち上げたかということになる。
つまりズーマは、軌道傾斜角50度前後の、低軌道を回る大型衛星か高軌道を回る中型~小型衛星である可能性が高い(もっとも、打ち上げ後に衛星側のエンジンで大きく軌道変更する可能性がないわけではない)。
過去、米国が打ち上げた軍事衛星の中で、これに近い軌道に向けて打ち上げられた衛星は少ない。たとえば2017年5月1日にファルコン9が打ち上げた「NROL-76」の打ち上げ警戒エリアも、今回と近いものだった。NROL-76は米国家偵察局(NRO)が運用する衛星で、やはり目的などは明らかになっていないものの、打ち上げ後に、国際宇宙ステーション(ISS)に異常接近したことが知られている(偶然か故意かは不明)。
このほかにも、偵察衛星のデータ中継衛星や、新型偵察衛星の試験機と考えられる衛星、米空軍の無人スペースシャトル「X-37B」などが、今回と近い打ち上げ方で宇宙に送られている。
まったく新しい軍事衛星か?
しかし、もうひとつの手がかりがこの問題を難しくしている。
NROはたしかに、今回のような機密ミッションを帯びた衛星を数多く運用しているが、Aviation Week & Space Technology誌によると、NROは自ら「ズーマは我々が保有する衛星ではない」と表明しており、この言葉を信じるなら、他の諜報機関や軍の衛星ということになる。いわゆる軍事衛星は、NRO以外にも米空軍や海軍、陸軍、そして米中央情報局(CIA)や米国家安全保障局(NSA)なども保有しているため、その候補は多い。
また、製造を担当したのは米航空宇宙大手のノースロップ・グラマンであることが明らかになっている。
たとえばNROL-76はボール・エアロスペースが製造を担当し、他の偵察衛星や通信衛星も、その大半はロッキード・マーティンやボーイングなどが製造を担当している。そこへきてノースロップ・グラマンは他社にやや一歩譲ってはいるものの、小型の早期警戒衛星「STSS」や、衛星やデブリの観測、追跡を行う「SBSS」、小型の偵察衛星などといった軍事衛星を手がけ、宇宙事業における先代のTRWの歴史と合わせれば、その実績は高い。
そのうち、今回打ち上げられたと思われる軌道やロケットの能力などに合致するのは、早期警戒衛星のSTSSである。STSSは米空軍が運用する、弾道ミサイルの発射などを検知することを目的とした衛星で、質量は約1トン、高度1350km、軌道傾斜角58度の軌道を周回しているとされる。打ち上げは2009年に行われ、衛星の寿命などから考えても、ズーマがこのSTSSの後継機、新型機である可能性はあろう。もっとも、STSSの目的や運用機関などは公表されているため、今回のズーマでそれらが完全に秘匿されていることの説明がつかない。
ちなみに、ノースロップ・グラマンでは「イーグル」と呼ばれる衛星バスの展開を進めており、そのバスを使った衛星である可能性もある。イーグルはいわゆる標準バスと呼ばれる、衛星にとって基本的な機能をもった部分のみを大量生産し、あとはミッションに応じ、観測機器や通信機器など目的の機器をあとづけできるようにした衛星で、これにより低コスト化や短納期化などが図られている。
逆にいえば、イーグルは偵察衛星にも通信衛星にも、もちろんSTSSのような早期警戒衛星にもできるということで、イーグルを使っているからといって、すぐになにを目的とした衛星かが決まるわけではない。打ち上げられた方角から極軌道衛星や静止衛星である可能性はほぼ排除されるが、それでも偵察衛星はもちろん、早期警戒衛星やデータ中継衛星である可能性も依然として残り、そしてそのうちどれかに絞るこむことは、いまわかっている情報だけでは無理がある。ましてや、北朝鮮や中東など、緊迫化する国際情勢と合わせて考えると、すべての選択肢がテーブルに残る。
ちなみに、Ars Technicaの報道によると、スペースXのイーロン・マスクCEOは同社の従業員に対し、「ズーマはこれまでで最も重要な打ち上げになる」と語ったという。それがどういう意味なのかは想像するしかないが、衛星の正体が完全に秘匿されていること、急に打ち上げが決まったことなどと考えると、スペースXのみならず、米国の宇宙開発史上においても相当に珍しい、そして重要なミッションであることは間違いないだろう。
はたしてズーマの正体はいったい何なのか。その答えを知るには、何十年かあとに機密が解除されるのを待つか、あるいは情報が漏洩されるのを待つしかないだろう。