ズーマはどこへ消えた?
今回の打ち上げでもうひとつ異例だったのは、打ち上げ後に成功か失敗かが、いっさい明らかにされなかったことである。
従来、軍事衛星の打ち上げでは、その目的や姿かたち、投入する軌道などについては秘匿されていても、打ち上げが成功したか否かについては、衛星の保有・運用する機関からも、そしてロケット会社からも、明らかにされることがほとんどだった。しかし今回は、衛星を運用する機関はそもそも明らかにされていないのでともかく、スペースXも成功か失敗かは明らかにしなかった。
ところがその後、ウォール・ストリート・ジャーナルやブルームバーグなどは、匿名の関係者の話として、「衛星が失われた」、「ミッションは失敗した」と報じた。
この表現には注意が必要で、必ずしも「ファルコン9の打ち上げが失敗した」ということを意味するものではない。それ以上の詳細が明らかにされなかったこともあり、ファルコン9による打ち上げが失敗したのか、それとも打ち上げ直後に衛星側が故障したのかなど、その詳細は不明である。
ただ、この報道が流れたあと、スペースXはメディア向けに「機密衛星の打ち上げだったため、詳しくはコメントできないが、ファルコン9は順調に飛行した」との声明を発表し、ロケット側の失敗の可能性を否定した。スペースXには、テレメトリー(ロケットの状態などを示す信号)のデータや、搭載カメラからの映像などといった、証拠になりうる材料があることから、この発言には一定の信頼をおいていいだろう。
一方、衛星を製造したノースロップ・グラマンは、「機密ミッションであるため何もコメントできない」とし、具体的なコメントは避けている。
ロケットからの分離に失敗? それでもスペースXの責任ではない?
打ち上げでいったいなにが起きたのか。依然として不明な状態が続いたが、その後WiredやArs Technicaなどのメディアは、ズーマがファルコン9の第2段から分離できず、そのまま大気圏に再突入して失われたという関係者の話を報じている。
ロケットと衛星との間には衛星分離部という台座があり、ロケットが目標の軌道に達すると、火薬や機械の力で拘束を解き、衛星を分離するようになっている。そしてズーマの打ち上げでは、この分離部が正常に機能しなかった可能性があるという。
ファルコン9の衛星分離部は通常、スペースXが自社で製造しているものを用いている。しかし今回の打ち上げでは、衛星を製造したノースロップ・グラマンが用意したものが用いられたという。その理由は不明だが、ズーマの形状が特殊で、スペースXの用意している分離部と適合しなかったのかもしれない。
したがって、たとえロケットから分離できなかったとしても、その責任はスペースXにはないということになる。
ちなみに今回、ファルコン9の第2段機体は打ち上げ後、地球を約1.5周したのち、インド洋上で逆噴射をして大気圏に再突入する、いわゆる「制御落下」を行い、機体を処分することになっていた。前述したスペースXの声明どおりなら、この制御落下は正常に行われたはずで、実際にアマチュア天文家などが再突入直前の第2段機体と思われる物体と、その機体から推進剤が排出される様子の撮影に成功している。もしズーマが分離されていなかったならば、第2段機体もろとも大気圏に再突入し、失われたはずである。もちろんその場合でも、スペースXには一切非はない。
いずれにせよ、いままでに出ている情報だけではこれ以上のことはわからないことから、衛星の正体と同じく、今後の情報公開や関係者からのリークを待つほかない。
ただ、失敗したことはほぼ間違いない以上、その原因や詳細が明らかにならない限り(もちろん原因が不明という可能性もあるが)、スペースXも自身の潔白を完全に証明することはできず、ノースロップ・グラマンも旗色が悪いままの状態が続き、両社の対外的な信頼にとって悪影響となることにもなろう。
スペースXの今後の打ち上げに影響は?
しかしスペースXは、前述の声明の中で、「打ち上げ後のデータを分析した結果、いかなる設計や運用などの変更は必要ないことを確認した。今後の打ち上げスケジュールへの影響もない」とも明言している。
スペースXは2018年中に、約30機ものファルコン9の打ち上げを計画しており、1月中にも静止通信衛星「SES-16/ガヴサット1」の打ち上げが予定されている。
声明どおりなら、この打ち上げは予定どおり行われるはずであり、逆にいえば、この打ち上げが大きく遅れるようなら、ズーマの失敗を受けてなんらかの対策を取らねばならなくなったという可能性も考えられよう。
スペースXはさらに今年、超大型ロケット「ファルコン・ヘヴィ」、ファルコン9の新型機「ブロック5」、そして有人宇宙船「ドラゴン2」の打ち上げも予定している。ファルコン・ヘヴィは軍用の巨大衛星や月・惑星探査機の打ち上げにとって必須であり、ブロック5も同社の主力ロケットとして、そして「再使用による打ち上げコストの削減」という方針にとっても重要なものになる。
ドラゴン2もまた、民間による有人飛行の実現と、NASAとの契約の履行、そしてNASAの「米国の地から米国の宇宙船で、米国の宇宙飛行士の打ち上げを復活させる」という目標の達成のためにも、なんとしても成功させねばならない。
この多忙で重要な一年の幕開けに、ややけちがついた形になったが、もとより"縁起"などという言葉とは無縁なイーロン・マスク氏とスペースXのことからして、今回の問題がロケットの技術的な問題でない限り、その躍進が止まることはないだろう。
参考
・Zuma Mission
・SpaceX launches of clandestine Zuma satellite - questions over spacecraft’s health - NASASpaceFlight.com
・NRO: SpaceX ‘Zuma’ Payload Not Its Bird | AWIN_Space content from Aviation Week
・Photo Release -- Northrop Grumman's Delivery of Modular Space Vehicle Means Faster, Flexible, Small Satellite Launch Capabilities | Northrop Grumman
・Eagle Spacecraft
著者プロフィール
鳥嶋真也(とりしま・しんや)宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。
著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。
Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info