九州大学は、同大先導物質化学研究所の柳田剛教授、長島一樹助教、高橋綱己特任助教らの研究グループが、従来技術に基づくセンサよりも遙かに長期間にわたって安定的に動作する分子センサを開発したことを発表した。この成果は10月23日、米国化学会誌「ACS Sensors」で公開され、11月8日にオンライン速報版に掲載された。

左:作製したセンサの電子顕微鏡写真、右:コンタクト層の電気抵抗値とセンサ動作時間の関係(出所:九大ニュースリリース※PDF)

現在、スマートフォンをはじめとしたモバイル機器で収集できるデータの種類は、電子情報に加えて位置、加速度、温度などの物理的な情報が中心だが、これらに加えて、我々の健康状態や周囲の環境(大気汚染など)に密接に関連する化学物質に関する情報が収集できれば、新たな価値につながることが予想される。しかし、携帯機器に搭載できるような分子センサ(化学物質を検出するセンサ)においては、従来技術では長時間の動作でセンサの性能が徐々に悪くなり、大規模データの収集が難しかった。

研究グループは、酸化物材料で構成されるナノワイヤを分子センサ材料に用いた。また、長時間安定した動作を実現するために、ナノワイヤの電気信号を取り出すための材料(コンタクト層)として、従来のチタンなどの金属の代わりに、ナノワイヤと同じ材料である酸化物を用いることを提案した。酸化物ナノワイヤ分子センサでは、検出対象となる化学物質が酸化物表面で酸化還元反応を起こし、ナノワイヤの電気抵抗値が変化する。この酸化還元反応を起こすためには、センサ部を200℃程度まで加熱する必要があることから、分子センサでは、温度の高い過酷な環境で長時間に渡って電気抵抗値の小さな変化を正しく読み取ることが求められる。

研究グループは、酸化物の分子センサ材料として、酸化錫(SnO2)のナノワイヤを用いた分子センサを作製し、コンタクト層として従来広く採用されてきたチタンと、この研究で提案したアンチモン(Sb)を添加した酸化錫(Antimony-doped Tin Oxide: ATO)を用いた。これらふたつのセンサを、動作条件である200℃、大気中に保持したところ、チタンを用いたセンサは数時間で性能が著しく劣化した一方で、アンチモンを添加した酸化錫を用いたセンサは最低でも2000時間は性能が劣化しなかった。

また、この研究で提案したコンタクト層(ATO)の優位性は、環境負荷物質である二酸化窒素(NO2)の検出性能においても実証された。チタンを用いたセンサが劣化した理由は、200℃という高温下でチタンと空気中の酸素が反応し、酸化チタンが形成されたためであると考えられる。これに対し、アンチモンを添加した酸化錫は高温下でも大気中の酸素や水分と反応せず、長期間に渡って非常に安定した動作を実現できた。

左:PEN基板上に作製した分子センサ素子、右:PEN基板上に作製した分子センサ素子におけるコンタクト層の電気抵抗とセンサ動作時間の関係 (出所:九大ニュースリリース※PDF)

この研究で実証した分子センサの長期性能の安定化は、センサの下地となる基板の種類を選ばない。研究グループは、チタンおよびアンチモンを添加した酸化錫を用いたセンサ素子をフレキシブル基板であるPEN基板上に作製し、同様にこの研究で提案したセンサの優位性を示した。この結果から、この研究で提案する長期動作可能な分子センサ技術が、フレキシブルエレクトロニクスを基盤とするウエアラブルセンサ技術にも適用可能であることが確認できた。

研究グループは今後、本研究で得られた知見を他の酸化物材料に拡張し、あらゆる種類の分子センサがIoT機器やビッグデータ収集に適用できるように発展させていくとしている。最終的には、分子センサを使用する人が一生涯同じセンサを使えるよう、100年動作し続けるセンサを目標に研究開発を進めていくということだ。