アリアン6がアリアン5より安価にできるわけ

これまでの欧州のロケットは「欧州全体で造る」という大前提があるために、きわめて複雑な手続きを踏んでいた。

まず新しいロケットの開発がESAで決定され、予算がつくと、ESAが「どこの国が、ロケットのどの部分の開発を担当するか」ということを、各国の開発負担額に応じて分配していた。これを「ジオグラフィック・リターン」と呼び、この方針に基いて、フランスやドイツ、イタリアなどがそれぞれ部品を開発し、それを持ち寄って1つのロケットを開発していたのである。

このやり方は、欧州全体に公平に仕事を行き渡らせるという点では役立ったものの、効率はきわめて悪かった。またESAが開発の主体であることから、エンジンやタンクといった開発要素ごとに、ESAの審査と許可が必要だった。その結果、ESAからの開発指示書は3000ページにもなり、それだけ膨大な量の紙を管理するだけでも一仕事だった上に、すべてのページを開発にかかわる各国の言語に翻訳する必要もあった。このことから「ロケットを造っているんだか、書類の山を作っているんだかわからない」という声も漏れるほどだったという。

また、それぞれの国、企業がもつ技術水準にすり合わせる必要があるので、必ずしも技術的な最適解を選べないという欠点もあった。たとえば、ある国に優れた技術や製品をもつ企業があっても、仕事を分配する都合上、別の国の(やや劣る)企業に開発や製造を発注せざるを得ないことがあった。そうなると、ロケットの性能や能力で、ある程度の妥協を強いられることもあったという。

アリアン6も、当初はこの方針で開発される計画だった。そして実際に、同じ形の固体ロケット段を組み合わせて大型ロケットを造るという、大量生産で安くできる、つまり技術的にコスト削減が期待できる案も計画された。ところが思ったほど安くならなかった。その理由を調べていくと、結局は煩雑な開発体制と膨大な書類が原因だったことが判明したという。

そこでこの方針を見直し、開発主体をESAからASLへと移し、これまでは開発要素ごとにESAの許可が必要だったものを、ASLが一元的に管理することになった。その結果、ESAは「こういうロケットを開発せよ」という要求を出すにとどめ、どんなロケットにするか、どこの国のどの技術を採用するかという具体的な事柄はASLに一任された。そのためESAからの指示書は、従来の3000ページからわずか40ページにまで減ったという。

実は、この方針を見直すという動きは、産業界から持ち上がったものだった。彼らが「今までのやり方のままでは世界に勝てない」、「アリアン6を商業打ち上げ市場で引き続き勝てるロケットにしたい」とフランス政府などに働きかけた結果、この大きな見直しが断行されることになった。

ASLというロケットを開発、製造する専門の会社が立ち上げられたのも、それがきっかけだった。高松氏は「ASLというのは、いうなれば三菱重工とIHIのロケット部門がそれぞれ独立し、くっついて、新会社を作ったようなものです」と語る。また、アリアンスペースがASLの子会社になったのも、この流れの1つである。アリアンスペースがこれまで培ってきた実績と、そして顧客の声をダイレクトに、アリアン6の開発に活かそうとしているのである。

この新しい開発体制によって製造や運用がより効率的にできるようになり、またブースターをヴェガCと共通化することによるコストダウンも見込める。

さらに、今後衛星の打ち上げ数は増加すると考えられている上に、これまでソユーズが担っていた衛星の打ち上げもアリアン6(とくに62)へと移る。そして体制を革新したことで、そのような需要の大幅な増加にも対応ができるようになり、アリアン6の年間の打ち上げ数は、アリアン5より倍の12機にもなるだろうとアリアンスペースは見込んでいる。すなわち打ち上げ回数が増えることでもコストダウンが見込める。

こうしたさまざまな理由によって、アリアン6の打ち上げコストと価格の削減が実現できるとしている。

アリアン6の想像図 (C) ASL

アリアン6の模型

スペースXとは価格ではなく信頼性で勝負

しかし、いくらアリアン6がアリアン5の半額になろうと、ファルコン9の再使用が成功すれば、それも霞む。

スペースXはファルコン9の再使用により、価格を現在の100分の1にすると掲げている。おそらくそれは難しいだろうが、半分から10分の1であれば不可能な数字ではない。もしそうなれば、いくらアリアン6がアリアン5の半額になろうと、価格面では大きく水をあけられることになる。

もっとも、アリアンスペースは今のところ、再使用には否定的な見方を示している。これはかねてよりの変わらない態度であり、今回もイズラエル氏は再使用について次のように語った。

「ロケットの再使用には技術的な課題があります。また顧客は安さだけでなく、信頼性も求めます。また経済的な観点からいうと、再使用が経済的に有効か、つまり本当に価格を安くできるのかどうかは実証されたわけではありません。機体を回収し、再使用するためには追加コストがかかり、打ち上げ能力も落ちます。こうしたことを総合的に考えなければいけません」。

そしてイズラエル氏はこうも語った。

「私たちにはお客様との強いつながりがあります。これまで90社、550機を超える衛星を打ち上げてきました。この強固なつながりという素地によって、新しいアリアン6ロケットもすんなり受け入れてもらえるだろうと思います。また、アリアン6はアリアン5と同等の信頼性を維持しながら、より大きな打ち上げ能力をもち、その上でコストを半分に抑えているという強みもあります」。

つまりアリアンスペースは、現時点でアリアン6を再使用化する計画はなく、またファルコン9などとはコストや価格面ではなく、使い捨てロケットの信頼性と、そして企業としての実績と信頼性で勝負するという姿勢である。

ファルコン9は機体の再使用でコストダウンを実現しようとしている (C) SpaceX

アリアン6は今のところ、機体を再使用する計画はないが…… (C) ASL

ファルコン9を迎え撃つ「プロメテウス」

ただ、ファルコン9が再使用によって、10%(あるいはそれ以上)の割引価格を顧客に提示しているのもまた事実であり、イズラエル氏は「アリアン6にコストの課題があるのは事実です。世界的にロケットのコストは下がっていく傾向にあります。我々もそれに追いついていかなければなりません」とも語った。

そしてイズラエル氏が、このコストダウンの波に追いつくためとしてあげたのが、「プロメテウス」(もしくはプロメテ)と呼ばれる新型エンジンの開発計画である。

プロメテウスは昨年の会見でも触れられたもので、現在フランス国立宇宙研究センター(CNES)とASLが中心となって開発を進めている、推進剤に液体酸素とメタンを使うエンジンである。液体水素より安価なメタンを使うことや、3Dプリンターを使った製造などにより、アリアン5や6が採用するヴァルカン2エンジンの10分の1にコストにできるという。

さらにイズラエル氏は、「(再使用について否定的なことを言った)とはいえ、我々も再使用の可能性については関心をもって検討しています。プロメテウスでも、必要であれば再使用することを考えています。市場の流れを見て判断していきます」とし、将来の再使用化に含みをもたせた。

今回の話とは別に、ESAやエアバスは以前に、ロケットの第1段エンジンのみを分離して回収する「アデリーヌ」という構想を明らかにしている。今のところプロメテウスとの関連性はほぼないが、両者の開発が進めばいずれは合流し、プロメテウスをアデリーヌで回収することになろう。

また、現在のアリアン6はあくまで第1段階の機体であり、今後、第2段階ではプロメテウスを搭載したり、必要になれば第3段階として再使用化したりなど、アリアン6は将来の革新に向けたベースになるものであるとも語られた。ただESAでは、プロメテウスの最初の燃焼試験は今から3年後の2020年ごろを見込んでいるとされ、おそらくプロメテウスの実用化は2020年代の中ごろ、それを積んだ新しいアリアン・ロケットが出てくるのは2030年ごろになろう。

そのころまでにロケット業界が、あるいは宇宙業界全体がどのようになるのか、誰にも予想はできない。しかしだからこそ、アリアンスペースと欧州のロケット業界は、今ある強みを伸ばしつつ、なおかつあらゆる可能性に備えようとしている。

開発中のエンジン「プロメテウス」の想像図。再使用も視野に入っている (C) CNES

会見するイズラエル氏と高松氏

参考

・高松聖司. Arianespace en mouvement 進化を続けるアリアンスペース. アリアンスペース社, 2016, 52p.
CNES Begins Work on Reusable Rocket Stage
Arianespace aims high in Asia-Pacific
Visite de la Direction des Lanceurs du CNES et presentation des programmes Ariane 6 et Vega-C - ESR : enseignementsup-recherche.gouv.fr
presse.cnes.fr | Thierry Mandon visite la Direction des Lanceurs du CNES : pres