コンシューマー向けHMD(ヘッドマウントディスプレイ)のラインナップが充実しつつあり、VR(仮想現実)元年になるともいわれる2016年。大日本印刷はVRコンテンツと紙製ゴーグルを併せて提供するサービスを開始し、同事業で先行する凸版印刷を追いかける体勢に入った。紙製ゴーグルの受注競争が始まるのかと思いきや、意外にも両社が自信を示しているのは「コンテンツ制作」の部分だ。印刷会社が目指すVR事業の方向性を探った。

凸版印刷の「VRscope」(ヴィアールスコープ)と大日本印刷の「DNPカートンVRスマートフォンシアター」。スマートフォンを装着できる紙製のゴーグルと、スマートフォンに配信するVR映像・動画を一括して制作・提供するサービスだ。

用途はイベント、販促、観光、住宅の内見などを想定。用途に合わせてゴーグルにプリントを施すことができるのは印刷会社ならではの特徴といえるだろう。先行して同事業を始めた凸版印刷に話を聞くと、サービスイン後の受注状況は好調な様子。海外でも引き合いがあるという。

凸版印刷の紙製ゴーグル。没入感の高いボックス型(写真左上)と簡易タイプのカード型(写真右上)の2種類を用意している。写真下は組み立て前のボックス型だ

コンテンツありきのVR事業

一見すると両社のサービスは似通っているが、凸版印刷に1年遅れて同事業に乗り出した大日本印刷の狙いはどの辺りにあるのだろうか。同社出版メディア事業部事業企画開発本部兼国際本部で本部長を務める若林尚樹氏に聞くと、「VRに『参入した』というのは我々(の考え)にそぐわない。コンテンツを扱っているというのが前提で、VRは1つの表現手段と捉えている」との答えが返ってきた。

表現手段を時代に合わせて拡充してきた大日本印刷が、VRコンテンツ+紙製ゴーグル事業を始めたのも不思議ではない。同社としては、VR市場の盛り上がりを見て反応したわけでも、凸版印刷の動きに合わせて同様のサービスを始めたわけでもないということなのだろう。

VRに落とし込む印刷会社ならではの知見

VRコンテンツには印刷会社ならではのノウハウが活用可能だ。視線誘導などについて研究する大日本印刷C&I事業部コンサルティング本部IM&Sコンサルティング室の久永一郎室長によれば、印刷物の“見せ方”に関する知見はVR動画にもいかせるという。

VRコンテンツを観る場合であっても、HMDを装着した人が必ずしも周囲を見回すとは限らない。そのため、VRコンテンツには観る人が視線を動かしたくなるような仕掛けが必要になる。雑誌やカタログの印刷を手掛ける過程で、読み手の視線に関する研究を続けてきた印刷会社には、VRコンテンツにも落とし込むことが可能な知見が蓄積しているようだ。

フランス国立図書館の依頼を受けて、古い天球儀(写真左)や地球儀などの3Dデジタルデータ化を行った大日本印刷。このデータとVR技術を組み合わせ、「天球儀を内部から鑑賞できる」コンテンツを制作した。DNP五反田ビルで開催中の「体感する地球儀・天球儀展」(会期は2016年9月4日まで)で鑑賞することができる(写真右:©Photo DNP)

高精細CGの研究でたどりついた可視化の技術

コンテンツの見せ方に関する技術開発を進めてきた印刷2強が、VRの研究に着手したのは1990年代のこと。印刷業界でデジタル化が急速に進展するなか、高精細CG技術の研究開発が進み、「見えないものの可視化に(同技術が)使えるのではと考えた」と回想するのは、凸版印刷情報コミュニケーション事業本部トッパンアイデアセンター先端表現技術開発本部の鈴木高志本部長だ。

VRであれば、普段は入れない場所や、まだ完成していない建物などを視覚的に表現(可視化)できる。その可能性に印刷会社が着目した。ここで気になるのは、VR事業において印刷2強がいかに差別化を図っていくかだ。