当サイトでAMDの歴史を振り返る連載「巨人Intelに挑め!」を執筆中の吉川明日論氏がインテルの歴史本をレビュー! 長年AMDの一員としてインテルと競合した経験を持つ吉川氏はインテル目線で語られる半導体業界史を読み何を感じたのか?

インテル担当記者の30年にわたる取材の集大成

文句なしに面白い!! あまり面白いので500ページ以上の本なのに一気に読んでしまった。もっとも、評者はインテルのライバルAMDに長年勤務した経験があり格別な興味を持って読んだので、この書評は一般の読者には全くピンと来ないかもしれない。

原文の題名は "The INTEL TRINITY How Robert Nocye, Godon Moore, and Andy Grove Built the World's Most Important Company (ロバート・ノイス、ゴードン・ムーア、アンディー・グローブがどうやって世界で最も重要な会社を造ったか)"。Trinityというのは聖書の言葉で"三位一体"、いわゆる"父と子と精霊"の意味。役割で言えば父(ノイス)、子(グローブ)、精霊(ムーア)といったところか。カリフォルニアの半導体ベンチャーのメッカ、シリコンバレーに暮らしたことのある人はだれでも読んだことがある地方誌、サンノゼ・マーキュリー・ニュースでインテル担当記者として勤務したマイケル・マローン記者の、30年にわたる取材の集大成ともいえる力作である。

ストーリー満載ながら、技術情報も正確

インテルに関する著書はアンディー・グローブ自身が著した経営リーダー書の類など多々あるが、この本はインテルという偉大な会社(この本では最も"重要な"会社と言っているところがミソ)を創り上げた3人のリーダーの個々の関係、愛憎などを絡ませて描いたところに大きな特徴がある。しかも、半導体技術の驚異的な発展をかなり技術的に正確に、しかし一般の読者にも比較的に解かりやすく書いている一方で、創世記の半導体産業、成長期、安定期におけるリーダーたちの懊悩を見事に描いているのはさすがに30年にわたるシリコンバレーでのキャリアのみなせる業か。インテルだけでなく、フェアチャイルド、AMD、ナショナルセミコンダクターなど、他の会社の著名人との生々しいやり取りなどを、実際の取材ノートに基づいて詳細を書いているので、かなり説得力がある。

私の場合には、"やはりそうだったのか…"という感想が大きいが、インテル内部で起こっていたことなど、外部者には想像できないストーリーも満載で、いまさらながら、シリコンフィーバー(熱病)のような時代に生きた人たちのなんとエネルギッシュな生き方かと、一般のビジネス読者にも共通の興味、共感を持って読めるであろう。成長産業での先端企業を引っ張るリーダーたちの孤独、プレッシャーを痛々しいほど感じる。

ただし、30年前からシリコンバレーに関わってきた人に共通する半導体(ハードウェア)信奉がベースにあるのは明らかで、その後に産業のリーダーシップを業界レベルで奪い取った、マイクロソフト、グーグルと言ったソフトウェア業界の主役たちに対する共感は全く存在しない。インテルを敢えて"世界で最も重要な会社"と位置付ける筆者のこだわりが強く感じられる。筆者の信奉する"Moore's Law :ムーアの法則"の継続発展が疑問視される昨今、これからのインテル、ひいては半導体産業はどうなってしまうのだろうという将来に対する思いを馳せる人たちにとっては、歴史を認識するのも面白いかと。日本語訳が秀逸。

インテル 世界で最も重要な会社の産業史

出版社:文藝春秋
発売:2015/9/12
著者:マイケル・マローン
訳者:土方奈美
ISBN:978-4-16-390331-6
価格(税別):2100円
出版社から:「半導体の集積密度は18~24ヶ月で倍増する」つまり「コンピュータの処理能力は指数関数的に向上していく」、1965年、インテルの創業者であるゴードン・ムーア博士が発表した論文に書かれていた半導体の能力に関する洞察は、「ムーアの法則」として、今日にいたるまで、情報産業にかかわるものが、逃れらない法則となった。

その法則を生み出した「世界で最も重要な会社「インテル」の産業史である。

ムーアの法則」の誕生のみならず、本書を読む読者が切実に感じるのは、今自分が努めている会社、業界のすべてに通ずる共通のテーマが、鮮烈なエピソードをもって書かれている点だ。

すなわち、「技術力か営業力か宣伝力か」という問題。
あるいは「才能か努力か」
あるいは、「継承か革新か」
あるいは「模倣か創造か」

本書の中には、コンピュータの心臓部であるマイクロプロセッサ(CPU)を世界で初めインテルとともに開発した日本の電卓メーカーが、最後の最後で社長の判断から契約をキャンセル、結果的には、CPUの知的財産権を逃すという「史上最悪の経営判断」をしてしまう話や、あるいは、モトローラに劣るチップをインテルが営業力でもってシェアを逆転する様など、私たちの今日のビジネスの日々の判断に通じる血わき肉おどるエピソードが満載されている。

著者はアメリカの新聞で初めてシリコンバレー担当をおいたサンノゼマーキュリーニュースで最初のシリコン・バレー担当となった記者。1970年代から今日まで、その有為転変を追い続けてきた。