個人に合わせた制作スタイルが取れる少数精鋭部隊
一方、「紙でもアナログでも、その人にあった最適な手段」で制作を進めているのが、アニメーションスタジオ「神風動画」。社内で制作が完結し、納品まで単独で実施しているという点で、「旭プロダクション」とは制作状況が異なる。これは、TVアニメのオープニング映像やMV(ミュージックビデオ)、TVCMなど、短時間の枠の制作を受注するからこそできることだという。デジタル制作による表現の豊かさに定評がある同社だが、アナログ制作は一切行わないということではなく、当人のパフォーマンスや作りたい画に合わせて方法を変えるという。
まず、同社は「最大でも10人強」と非常に小さな単位のグループで制作にあたっているため、個人のパフォーマンスが重要となる。作画が2~3人しかいない中で何カットも仕上げなくてはならない際は、本人のパフォーマンスが第一であるため、手描きのほうが早い人であれば無理にデジタル制作に取り組ませるのではなく、本人に適した手法を採用するという。この点は、一斉にデジタル化を進め、制作手法から模索していったという旭プロダクションとは対称的だ。
それを象徴する内容として、現在社内で使用しているツールを一覧で紹介。アニメ業界で使われている3DCGアニメーション向けツールは「Maya」や「3ds Max」が中心となっているが、同社では「Light Wave」を使用。外部との協業を行わないで制作を行っているために、他社と足並みをそろえて環境を変える必要がないのだと補足した。そのほか、撮影用のAfter Effects、Photoshop、Core RETASなどの名前も挙がった。一部かぶったものこそあるが、登壇した2者とは異なるツールも多く、最低限の協業だからこそ取れるフレキシブルな制作環境が透けてみえる内容となっていた。
デジタル導入のイニシャルコストを公開
最後に、旭プロダクションの完全デジタル制作の拠点として立ち上げられた「宮城白石スタジオ」立ち上げ時の苦労話を記しておきたい。開設当初はまだデジタル制作への信用がなかったためか案件を受注できず、一年目はずっと「練習をしていたような状態」だったという。しかしながら今では仕事が一切途切れない状態となっており、早期にデジタル化を進めていった成果が今花開いた格好となっている。
そして、デジタル制作における機材関連のイニシャルコストが、概算と共に明かされた。同社は先述の宮城白石スタジオ、および東京本社の作画部に、ワコムの液晶ペンタブレット「Cintiq 13HD」を導入しているという。13インチの小型機を選んだ理由は、原画にすべての構図を収めてきたアニメーターにはこのサイズが適していて、また反応速度や視差の少なさも利点であると言及。それに加え、ソフト(CLIP STUDIO PAINT PRO、RETAS STUDIO)をそろえて、入力に便利なゲーミングパッドなどをつけても、1名あたりの導入コストは20万足らずと明確な額を出して語り、他社のアニメーターたちにもっとデジタル作画に取り組んでほしいという意気込みが見て取れた。
"業界標準"の模索、協業への課題
日本のアニメ業界におけるデジタル化(特に作画の部分)は発展途上にあり、業界標準の環境はまだまだ模索中といった段階だ。それを示すように、まず3者の講演内容を比較しただけでも、作画段階の使用ソフトにはばらつきがある。グラフィックデザインの領域でも、PhotoshopやIllustratorのバージョンを発注元と合わせることはあるが、アニメーションの現場ではよりシビアな協調が求められていることは想像に難くない。
こうした状況に切り込むべく、講演のあとは海外メーカーも含めソフトベンダーが会場を訪れ、業界関係者を前にプレゼンテーションを実施した。現状、業界でソフトが長く使われているトップメーカーと言えるであろうセルシスは、「RETAS STUDIO」でカバーしていたアニメーション制作機能を、描画ソフト「CLIP STUDIO PAINT」へ搭載すると発表。海外メーカーからは、「TVPaint」、「ToonBoom」といったアニメ用の制作ツール、中割(動画マンが描く動きの部分の絵)を自動生成する仕様で注目されている「CACANi」と、さまざまな企業が自社のソフトの利便性を熱弁した。
アニメ業界のよりよい未来のために
デジタル化に対しては、先述の「線画の味」のみならず、従来の作業フローの変化による現場の混乱や、そもそもデジタルへ移行するためのコストや教育の問題など、まだ解決すべき問題は山積している状況にある。しかし、業界外にも聞こえてくるアニメ業界の著しく低い平均賃金や長時間労働といった問題も、デジタル化によって緩和できる部分はあるように感じられる。実際、フリーランスの原画マンの一部は在宅作業しているが、原画を制作進行スタッフが回収できる範囲(つまり多くが都内近郊)に居を構えていることが基本だ。これがデジタル化されれば、作業場所を限定しない在宅ワークとしてのアニメ制作業務も広がりを見せ、より広い範囲での分業が可能になると想像する。
こうした「アナログからデジタルへ」という産業構造の変化は、すでにデザイン、イラストレーション、漫画、映画などの実写映像、音楽など、さまざまなクリエイティブ産業では先行して起こっていることでもある。デジタルツールの使い方に親しむことで、これまで他業種への転職が容易ではなかったと言われるアニメーターにとっても、ある程度"つぶし"が効く技能を身につけた上で、時短により生活環境の余裕が生まれるとも考えられる。
もちろん、全工程をデジタルにすればすべての問題が解決するわけでもないし、ここまで述べてきたのは楽観的すぎる見通しであることは否めない。しかし、現状の厳しい状況のまま、世代交代しながら業界を存続、ひいては発展させていくのはかなり厳しい、と業界外から見ていても強く感じる。今回第1回の開催となったACTFだが、多忙な中アニメーターはじめ関係者が足を運んだのは、やはり切実に変革を求める機運が高まっているからではないだろうか。今後こうした協業の機会を重ねることで、業界内の変化は加速していくだろう。何よりアニメ制作に関わるクリエイターたちにとって、よい方向へ進んで行くことを願ってやまない。