ワコムは、アニメーターでありキャラクターデザイナーなども務める「りょーちも」氏を講師に招いた、クリエイター向けセミナー「Wacom Creative Seminar Vol.16 for Illustration」をベルサール新宿グランドで開催した。前回のレポートでは、りょーちも氏が「Adobe Flash」をはじめとするデジタル環境を実際のアニメ制作に導入した経緯や、デジタル環境が扱える人材育成に関する話を紹介した。今回は、その合間に語られた、デジタル環境のトラブルとメリットや、Flashをアニメ制作向けにカスタマイズしたこと、4Kへの移行も含めた将来的な話を中心に紹介しよう。
デジタル環境のトラブルとメリット
りょーちも氏がアニメ制作にデジタル環境を導入した制作現場では、アナログ環境との違いから、様々なトラブルが発生したという。前回紹介した、紙での作画に慣れたアニメーターの作業効率が落ちてしまったり、新人がコピー&ペーストを使って作画技術の修得を妨げるといった事例もそうだ。その他にも、原画マンがデジタル上で着色するなど、自分の役割を超えた作業を行ってしまうと、他の人の仕事を奪って軋轢が生じるという問題も発生した。
デジタル環境では、今まで技術と時間を要していた行程が、専門外の人であっても簡単に行えてしまうメリットもあるが、旧来の方法で必要とされていた専門家の仕事を奪ってしまうという面もある。そこで、自分の役割を超えた作業は基本的に禁止し、デジタルで行った方が良いと判断した場合は中途半端に行わずに、そのカットすべてをデジタルで行う特殊カット扱いにしたそうだ。
また、紙を使った制作では、カット袋を使って情報伝達や進行などを管理していたが、データをネット経由などでやり取りするデジタルではカット袋に入れる紙が存在しない。しかし、カット袋を使った管理方法は必要とされたため、りょーちも氏が携わった制作現場では、空のカット袋で管理を行っていた。ところが、カット袋の厚みを見て作業に要する時間を目算していた面もあり、厚みの無い空のカット袋を見て作業時間を見誤る人もいたという。
デジタル環境では、素材をライブラリとして保存できることもメリットのひとつ。バンクシーンなどをライブラリとて保存しておく場合、今まではスタジオ単位で管理していたが、デジタルでは個人単位で膨大な量のデータを保存することができ、検索も可能だ。別のアニメのキャラクターは使用できないが、その動きだけは再利用できたり、似たようなカットを描く場合にパースを再計算しなくて済む、爆発などのエフェクトが使い回せるなど、ライブラリの用途は様々だ。
アニメ制作におけるFlashの利点と4Kへの対応
りょーちも氏は現在、Flashでアニメーションを完結できるところまで持っていくことに力を注いでいるという。Flashがデフォルトで用意している機能は、実際のところアニメ制作にあまり合致していないが、Flashの強みは、javascriptで記述するFlash用マクロ(JSFL)を使ってコマンドが追加できることにある。そこで、りょーちも氏自身もスクリプトを勉強し、簡単なコマンドであれば自分で作成したり、複雑なものはプログラマーに発注するなどして、アニメーション制作向きの環境を構築しているとのこと。例えば、繰り返し行う連続作業をバッチ処理化したり、タイムシートを出力する機能を付け足すなどして、作業の手間を軽減することで作画に集中できる環境を目指しているのだ。
また、Flashと同等かそれ以上の機能を持つソフトがあれば、特にFlashにこだわる必要はない、とも語っていた。実際に、アニメーション制作用の優れたソフトは他にも存在しているが、残念ながらファイル形式に互換性が無いため、複数のソフトの併用は難しいのが現状だ。JPEGなどのビットマップデータならやり取りできるが、将来を考えればベクターデータのままで交換できることが望ましいとのこと。
ベクターデータでのファイル交換を必要としているのは、テレビ放送が高画質化しているためだ。現在のハイビジョンでさえ、アニメ業界では対応が厳しい画質となっているのに、将来は4Kが導入されるかもしれない。もし、紙を使った作画方法のままで4Kの導入を迎えると、原画をA3用紙に描いていくか、解像度を上げるアップコンバージョン技術を高めるしか方法が無いという。
そこで、高解像度に対応できるベクターデータを使ったアニメ制作に移行したい、という訳だ。しかし、前述の通りベクターデータをソフト間でやり取りすることができず、原画以降の動画や色付けの作業でビットマップデータに変換してしまったら、そこで解像度が固定してしまって無意味になってしまう。ベクターデータで制作するなら、最後の撮影までベクターデータで行う必要があり、それが可能なソフトがFlashなのだ。
なお、Adobeがサブスクリプション方式を導入したため、制作期間分のライセンス料を支払えばアプリが使えるようになったこともメリットのひとつ。導入コストが低くなったことで、デジタル作画用の環境を整える予算が通り易くなったという。
キャラクターデザインをする際に考えていること
セミナーの最後は、『夜桜四重奏~ヨザクラカルテット』を例に、本来のテーマであったキャラクターデザインに関しての話が展開された。りょーちも氏は、それぞれのキャラクターが画面に映らない時間にどんな顔でどんな行動しているのか、他のキャラクターをどう思っているのか、キャラクター達が一致団結して行動を起こす場合にそれぞれのキャラクターが何を考えているのか、といった各キャラクターの個性や内面なども考えてデザインを起こしているとのこと。
そのほかにも、原画マンは線だけでデザインしがちだが、どこにどんな色を塗るのかを細かく決めておかないと、後でトラブルが発生する場合がある。服装などをデザインするためにファッションセンスも必要だが、キャラクターの個性を考えないと着せられた感が出てしまう、といった注意点も語られた。
今回のセミナーは、描画のテクニックよりもデジタル環境の導入に関する話題が中心となったが、アナログからデジタルへの移行を考えている現役アニメーターや、プロを目指している学生にとって、デジタル環境の導入に試行錯誤したりょーちも氏の体験談を聞けた貴重な時間となったはずだ。