ワコムは、クリエイター向けセミナー「Wacom Creative Seminar Vol.16 for Illustration」をベルサール新宿グランドで開催した。同セミナーでは、アニメーターであり、キャラクターデザイナーや監督なども務める「りょーちも」氏が「Flashを使ったアニメーションの極意」を披露してくれた。今回のレポートでは、その中でもFlashをはじめとしたデジタル環境の導入経緯や人材育成に関する話を紹介する。

講師を務めたりょーちも氏

りょーちも氏は、ゲーム制作会社勤務を経てアニメーターに転身し、『鉄腕バーディー DECODE』『鉄腕バーディー DECODE:02』ではキャラクターデザインと総作画監督を務め、その後に手掛けた『夜桜四重奏~ヨザクラカルテット』では、キャラクターデザインのほかに、総作画監督や監督も務めている。また、アニメーション制作に「Adobe Flash」をはじめとするデジタル環境を積極的に導入していることでも知られており、今回のセミナーはデジタル技術導入に関する方法や実情などを聞くために、アニメ業界からも多くの聴講者が集っていた。

そのため、予定されていたセッション第1部「魅力的なキャラクターに仕上げる極意」よりも、第2部「Flashを使ったアニメーションの極意」の話題が先に語られるなど、アナログからデジタルへ移行しつつあるアニメ業界に身を置く人や、これからアニメ業界を目指す学生に向けた内容に変更され、聴講者にとって興味深い話題が盛りだくさんのセミナーとなった。

Adobe Flashとの出会いと当時の状況

りょーちも氏は、アニメ業界に入ってから10年近くになるが、それ以前からWebの掲示板に絵を描いて投稿していたこともあり、はじめからデジタルツールとの親和性は紙よりも高かったという。Flashを使い始めたのは、その頃はまだプロの仕事をしていなかった沓名健一氏(公開した自作Webアニメが話題となりプロに転身したアニメーター)が趣味でFlashを使っており、他のGIFアニメを作るソフトよりもかなり優れいると評価していたことがキッカケ。その後、実際に自分でも使ってみて、使い勝手が良いと感じたところから使い続けているとのこと。

会場では、りょーちも氏の手元にWindows 8搭載のCintiq Companionが設置され、その画面がスクリーンに投影されてた

当時は、アニメ業界内でもFlashを使って描いている人はいたが、個人が趣味の範囲で使っている程度であり、りょーちも氏もそのひとりだった。そんな状況の中でまとまった仕事が来たときに、シーンを全部Flashでまとめてみたいと思い、仕事へ導入することにしたそうだ。しかし、まだタイムラインの表示と編集が行えるお絵描きソフトという認識でしかなく、アニメーションの動きをチェックするために使っていたにすぎなかった。

実際にFlashを導入したのは、りょーちも氏がキャラクターデザインや総作画監督を務めた『鉄腕バーディー』シリーズから。その作業中にビットマップの画像データをFlashでベクターデータ化すると、中割りの修正に役立つことを発見。しかし、Flashが使える人がチームの中でも3人ほどしか存在せず、作画監督レベルの人間が中割り修正作業を行っていると様々なところに遅延を招くので、クオリティが著しく低い部分でしか使えなかったそうだ。

デジタル環境を使いこなせる人材育成に

便利な技術があるのに扱える人が少ないために使えない、という状況を打破するため、その後に手掛けた『夜桜四重奏』では、デジタル環境が使える人材の育成にも乗り出すこととなる。『夜桜四重奏』はFlashを使うことが前提の新規メンバーを募り、自分が使えるデジタル技術に関しては、メンバーにも使えるように伝授したとのこと。新規メンバーは、原画の経験がなかったり、他業界から入ってきた人などで、育成は彼らにデジタル環境を使ってアニメーションを作ってもらうところからスタートした。その際には、山下清悟氏(りょーちも氏や沓名氏と同様にデジタル作画の積極的な導入で知られるアニメーター)も、アニメーションの技術を含めて新人スタッフの指導を行ってくれたそうだ。

本来なら、アナログ環境でも原画経験のあるアニメーターにデジタルへ移行してもらいたかったという。しかし、紙での作画とは勝手が異なるデジタル環境では効率が落ちてしまい、締め切りに押されて紙に戻ってしまうこともある。それでは、デジタル環境が破壌してしまうため、あえて紙に戻ることができない新規メンバーを育成したのだ。

原画経験の無い新規メンバーの育成は、課題をクリアしてもらう方法でレクチャーが行われた。ところが、デジタル環境はコピー&ペーストが行えるため、設定画のコピーを加工して提出してくる人が出てしまい、作画技術の修得にはならなかった。また、パースが描けなくて3Dモデリングを制作してきたという強者も居たそうだ。旧来の方法を知らないと、まっさらな状態から描くことができなくなってしまうため、育成はアナログ的な手法の伝授にも力が注がれた。

そうして完成した『夜桜四重奏』の第1話は、ほとんどが新規メンバーによって作られている。また、第6話と第10話もデジタルで制作され、その他の話数は従来のアナログ手法で制作された。第6話はデジタル話数が他の話数と浮いて見えるが否かのテストの兼ねており、りょーちも氏が見たところでは、アナログ環境との差を感じさせずにアニメーションに介入できると判断したそうだ。また、第10話では、山下氏が作成したムービーコンテをベース製作するという、デジタルならではの工程を導入した話数となっている。

以上が、今回のセミナーで語られたデジタル環境の導入経緯や人材育成に関する話だ。その合間にも、デジタルとアナログが混在した環境での事故や、Flashをアニメ制作向けにカスタマイズしたこと、4Kへの移行も含めた将来的な話も語られており、それらは次回のレポートで紹介する。