集められた情報の入力・編集作業は、今回取材した北九州の本社に全国からの情報が集約されて行われる。修正が入れられた原稿地図をボードに貼り付け(画像24)、それを1枚1枚、記入された更新情報をPCとつながった「ハンドデジタイザ」(画像25)と呼ばれる装置で読み取って入力していく。ハンドデジタイザはいわばハンドスキャナの1種で、その背にはテンキーのようなボタンもあり、キーボードとの組み合わせで約250のコマンドを実行できるという具合だ。

画像24(左):原稿地図の情報をハンドデジタイザで取り込む作業。画像25(右):ハンドデジタイザ

こうして地図情報はアナログからデジタルへと変換されていくわけだが、地図情報はデータベース上では、なかなかすごい形で保存されている。読者の皆さんも、画像ソフトに用意されている機能として「レイヤ(階層)」があるのをご存じの方も多いことだろう。ゼンリンの地図データではそのレイヤ数が、なんと1000にも上るというのだ! もっとも、実際に住宅地図データで使われているレイヤ数は約400だそうだが、どちらにしろ膨大なレイヤ数である(画像26・27)。

一戸建ての居住者名や施設名、町名などの文字情報、家やビルなどの形状、道路の形状やルート、町や丁目の境界を示す行政界など、多数の属性で分類されていて、それぞれを1つのレイヤとして扱うので、1000にも上るというわけだ。普通に印刷すれば1枚の紙に収まってしまうのだが、1000階建ての超高層ビルのようにデータは重ねられているのである。なお、実際に住宅地図に使用されている情報はその内の400レイヤだそうだ。

画像26(左):地図データベースとして約1000のレイヤが用意されており、その内住宅地図では約400が利用されている。画像27(右):入力・編集作業中の地図データ。文字やラインの色の違いから、レイヤが何層もあることが、何となくわかるはず。なお、「亀戸」は東京の江東区に実在する地名だが、このデータの個人名は変更された架空のものである

地図データがなぜそんなに細かく分けられているかというと、用途や目的に応じて必要なレイヤを選択して組み合わせることで、顧客のニーズに沿った地図を作りやすくなるし、そのほかにもさまざまなサービスに対応しやすいという大きなメリットがあるからである。

そんなに地図なんて何種類もあるのかと不思議に思うかも知れないが、何も普通に道案内に使う地図だけが地図ではない。例えば、ガスや水道といったインフラを扱うような企業や行政などからの依頼であれば、普通の地図には必要のない特殊な情報を載せることもあるし、逆に普通の地図には載っていても必要のない情報だってある。ほかにも、例えば物件や顧客の管理をしたい不動産関連の企業からの要求であれば、その企業とは関連のない建物などのデータは不必要なはずだ。ゼンリンの地図データは、消防・警察、官公庁、金融機関、交通・運輸・警備、販売・流通などで利用されているそうだが、求められるデータはユーザーによってさまざまであり、それに合わせて必要なデータを用意できるよう、レイヤを非常に細かくしているというわけだ。

ただし、レイヤを細かく分けることで難しくなる部分も当然出てくる。もし建物の位置がずれていて道路に重なっている場所が1カ所でもあったら、それは欠陥商品なのはいうまでもない(デジタルデータなのですぐに修正はできるとしてもだ)。つまり、住宅地図の約400にしろ、トータルの約1000にしろ、レイヤが多いということは情報の管理能力がとても問われるのだ。日本全国の地図データを約1000の階層にして破綻を生じさせない管理力を有していることも、ゼンリンの技術力の1つというわけである。

こうして地図データを入力・編集して管理した後は、用途に適した構成に地図データを整える形になり、それを「フォーマットの最適化」という。フォーマットとは、建物名や道路のネットワークなどのデータなど、それぞれどこにどの順番で格納するかということを定義したものだ。また用途とは、その地図の使い途を表す場合もあれば、どの媒体かということもある。同社で扱っているフォーマットは、住宅地図関連製品では7種類、カーナビ用地図関連製品では数10種類に及ぶという。またユーザーの所有するシステム固有のフォーマット開発も行っており、前述した通り、全国の警察や消防、自治体、電気、ガス、水道など、インフラ関連でも利用されている。

例えば、一般の人がまず見ることはないであろう消防署では、はたしてどのように使われているのかを紹介すると、まず119番通報があると、発信者付近の地図が司令管制室の画面に映し出され、担当者は現場の特定を行い、緊急車両への出動指示を出す仕組みだ。1件ごとに建物名称や居住者名称が掲載されている住宅地図が利用されているので、司令管制室で現場確認が行えるというわけである。読者の方の中にも、110番や119番へのイタズラ電話をした経験が子供時代にあるなどという人がいるかも知れないが、どこからかかってきたかおおよそわかってしまうので、このハイテクの時代、イタズラ電話はやめた方がいいというわけだ。

また緊急車両に搭載されているカーナビにも司令管制室と同じ地図が表示される仕組みで、現場へのナビゲーションが行われる。地図は道幅や建物形状までわかる詳細さを持ち、さらに消防活動の場合に非常に重要となる消火栓といった細かい情報までも正確な場所を表示することが可能だという。ゼンリンの地図データは都市部では毎年更新しているという正確さもあって、こうした社会インフラを支える縁の下の力持ち、インフラの中のインフラという非常に重要な存在なのである。