海洋研究開発機構(JAMSTEC)は、深海底の熱水噴出孔から噴き出す熱水と周辺環境との相互作用に着目し、それらに特有の高温・高圧環境を実験室内で再現可能な装置を開発し、油を直径が100nm以下のナノサイズの油滴(ナノ油滴)として水に分散させたナノエマルションを容易かつ10秒以内という短時間で生成することに成功したと発表した。

「MAGIQ(Monodisperse nAnodroplet Generation In Quenched hydrothermal solution)」と名付けられた同プロセスは、処理時間が短い、高い汎用性があるなど、従来法にはない優れた特徴を有しており、化粧品、食品、医薬品など、エマルションを必要とする様々な産業分野での利用が期待されるという。

成果は、JAMSTEC 海洋・極限環境生物圏領域 出口茂チームリーダーらによるもの。横浜市立大学との連携により行われた。詳細はドイツの化学雑誌「Angewandte Chemie International Edition」のオンライン版に掲載された。

図1 深海底の熱水噴出孔から噴き出す熱水

意見の食い違う2人を「水と油の関係」と呼ぶように、水と油は互いに混ざり合わない物質の典型である。しかし、油を微細な油滴として水に分散(あるいは水を微細な水滴として油に分散)させたエマルションとして、両者を混合させて使用する用途が数多く存在する。エマルション(emulsion)という言葉が「乳をしぼる」を意味するラテン語を語源とすることからもわかるように、乳脂肪の直径数μmの油滴が水に分散した牛乳は最も身近なエマルションである。エマルションは、食品、医薬品、化粧品、化学、農業、印刷、塗料、インク、石油などの多様な産業分野で広く使用されている。

最近では、直径が20~200nm程度の油滴を分散させたナノエマルションが注目を集めている。油滴サイズのナノ化に伴って、ナノエマルションには通常のエマルションには見られない様々な特性が現れる。例えば、通常のエマルションは牛乳のように白濁しているが、ナノエマルションは透明あるいは半透明になる。また、油滴サイズの小ささを活かして、機能性化粧品、ドラッグデリバリー、ナノリアクターなどの新たな用途も生まれようとしている。

エマルションは、ドレッシングを作るときのように水/油/分散剤の混合物を激しく撹拌し、大きな油滴を繰り返し引きちぎって小さな油滴にしていくという、いわゆる「トップダウン」プロセスで作るのが一般的だが、この方法でナノサイズにまで油滴を微細化するのは難しい。一方、ナノサイズの固体粒子(ナノ粒子)の場合は、粒子を構成する原子あるいは分子からスタートし、化学反応や再結晶によってそれらを集積させ、粒子へと組み上げていく「ボトムアップ」プロセスで作るのが主流となっている。この方法を使えば、ナノサイズの油滴も容易に作ることができると考えられるが、そのためには、本来混ざり合わない水と油を均一に溶解させた状態を作り出す必要がある。

図2 「トップダウン」と「ボトムアップ」によるエマルションの生成プロセス

研究チームは、この課題を解決するため、熱水噴出孔から噴き出す高温・高圧の水が示す特異な性質に着目。これらの水は、ところによっては超臨界状態にあり、同状態では、水と油は自由に混ざり合うことが知られている。例えば、ドデカン(C12を含む油)を含んだ水を250気圧の高圧下で加熱していくと、337℃付近でドデカンと水が完全に混ざり合って均一な溶液となり、油滴は消失する。この均一溶液の圧力を保ったまま毎秒0.1℃程度の速度でゆっくりと冷却すると水とドデカンは再び分離するが、この過程ではドデカン分子が互いに集合し「ボトムアップ」で油滴が生成される。

図3 MAGIQの原理。バーの長さは0.1mm

また、熱水噴出孔から噴き出す熱水は、冷たい深海水によって瞬時に冷却される。今回の研究ではこれらをヒントとして、実験室内でこうした熱水噴出孔周辺の温度・圧力環境を再現可能な装置を開発し、高温・高圧で生成した油と超臨界水の均一溶液を、毎秒200℃を越える速度で室温にまで急激に冷却することにより、ナノ油滴を生成することに成功した。

図4 実験装置の写真とその概略図

ドデカンを使った実験では、10秒以内という短時間の処理で、直径61nmのサイズの揃った油滴が水に分散した、透明度の高いナノエマルションが得られた。また、高温処理に伴うドデカンの分解も1%以下に抑えられていることが確認された。

図5 MAGIQで得られた透明度の高いナノエマルション(右は直径数μmの油滴からなる通常のエマルション)

なお研究チームでは、今後は、高温・高圧環境からの急速冷却によって生じるナノ油滴の生成メカニズムの解明、汎用化に向けた検討、実利用可能な装置への改良などを進め、MAGIQの高度化と経済性・実利用性の確保に向けた開発を進めていく予定とする。また、特許取得や民間企業との共同研究を推進し、研究成果の社会還元にも努めていく方針としている。