科学技術振興機構(JST)は5月13日、固体酸化物形燃料電池(SOFC)の動作温度を350℃に下げるための材料設計指針を明らかにしたと発表した。

同成果は、JST さきがけ研究者 山崎仁丈氏らによるもの。米国カリフォルニア工科大学 奥山勇治博士、ルチオーベガ・ファン氏、ハイレ・ソシナ教授、ストーニーブルック大学 ブアニック・ルシアン博士、英国ケンブリッジ大学 ブランク・フレデリック博士、グレー・クレア教授らと共同で行われた。詳細は、英国科学誌「Nature Materials」のオンライン速報版で掲載された。

プロトン伝導性酸化物は、水素イオン(プロトン)が伝導するユニークな酸化物であり、従来よりも低い温度で動作する固体酸化物形燃料電池(SOFC)の電解質として期待されている。代表的なプロトン伝導性酸体は「ペロブスカイト構造」を持つもので、大きさの異なる2つの金属イオン(A2+およびM4+)と3つの酸素イオンから構成されている。このM金属イオンサイトに特定の元素を添加することでプロトン伝導が起こるため、添加元素がプロトン伝導に大きな役割を果たすことが推測されていたが、その伝導機構は、1981年にプロトン伝導性酸化物が発見されて以来、結論が出ておらず、不明のままであった。

図1 ペロブスカイト構造の模式図。A2+金属イオン(赤色)、M4+金属イオン(黄色)、酸素イオン(青色)から構成される。立方体の中心に位置するM4+元素を特定の金属イオンに置換することでプロトン伝導を誘起できる。イットリウム添加ジルコン酸バリウムの場合、赤色のサイトがバリウム、黄色のサイトがジルコニウムと添加イットリウムで構成される

今回の研究グループでは、プロトン伝導機構が添加元素がプロトンを引きつける現象である「プロトントラッピング」によるものであることを解明。添加元素とプロトンの束縛エネルギーの大小によってプロトン伝導度が決定されることを明らかにした。

プロトンを含んだイットリウム添加ジルコン酸バリウムには、イットリウムに束縛されたプロトンと脱出したプロトンが存在する。低温ではほとんどのプロトンがイットリウムの周りに拘束されており、固体核磁気共鳴法によって拘束されたプロトンのみが観測される。高温になるにつれてプロトンはイットリウムの周りから脱出し、450℃では束縛されたプロトンと脱出したプロトンがほぼ同程度存在し、脱出したプロトンは高速に伝導する。低温では、プロトンをイットリウム周辺から脱出させるのに大きな熱エネルギーを必要とするが、高温ではイットリウムから離れて高速に伝導するプロトンが多数存在するため、プロトン拡散係数の温度依存性は小さくなる。そのため、湾曲したプロトン拡散係数の温度依存性が得られ、これこそがプロトントラッピングによってプロトン伝導度が規定される事実を示す決定的証拠になるという。

図2 イットリウム(Y)置換したジルコン酸バリウムのプロトン伝導機構の模式図。(1)イットリウム(Y)の周りに束縛されたプロトン(H)。(2)イットリウム(Y)の束縛から脱出するプロトン(H)。(3)イットリウム(Y)の束縛から脱出し高速移動するプロトン(H)

図3 高温プロトン固体核磁気共鳴法によって同定された2種類のプロトン。100℃という低温では束縛されたプロトンのみが観測されたが、450℃という高温ではさらに束縛から脱出したプロトンが観測された

図4 湾曲したプロトン拡散係数の温度依存性。イットリウム添加のジルコン酸バリウムにおいては、束縛なしのプロトンの拡散係数と比較して、低温域でのプロトン拡散係数は格段に小さい。この現象は、束縛(トラッピング)によって、固体中に伝導するプロトンが少ないために起きる

さらに研究グループでは、プロトン束縛エネルギーからプロトン拡散係数を一意的に決定するモデルを作成し、束縛エネルギーと燃料電池の動作温度の関係を定量的に導くことを実施。これにより例えば、プロトンの束縛エネルギーがイットリウムに比べて9kJ/mol低い元素を添加したジルコン酸バリウムでは、燃料電池の動作に必要なプロトン伝導度は350℃という低温でも得られることが示された。これは、添加元素の選択によってプロトン束縛エネルギーを最小化し、中温度域におけるプロトン伝導を向上させることのできる新たな電解質設計指針になるという。

図5 プロトントラッピングモデルに基づいて計算された燃料電池の動作に必要なプロトン伝導が得られる温度と電解質の厚さの関係。ジルコン酸バリウムの電解質の厚さが0.01mm(10-5m)の場合、束縛エネルギーが29kJ/molであるイットリウムを添加元素として選択すると(青線)、燃料電池に必要な伝導度は約450℃で得られる。イットリウムよりプロトンの束縛エネルギーが9kJ/mol低い元素を選択すると(赤線、20kJ/mol)動作温度を350℃まで低温側へシフトさせることができる。なお、0.01mmは、圧粉整形などの技術を用いて、低コストで作製できる厚さの限度

なお研究グループでは今後、研究で得られた新たな電解質設計指針に基づいて、プロトン束縛エネルギーがより小さな添加元素を選択し、中温度域において高いプロトン伝導度を示す電解質材料の開発を目指すとしており、実用的な中温度域で十分な性能を持つ燃料電池が開発可能になることで、燃料電池として使用する燃料、材料や環境の幅が広がることとなり、導入および普及に寄与することが期待できるとしている。