ワシントン州シアトルで発行されている日刊新聞「The Seattle Times」が2012年末に掲載した記事によると、MicrosoftのChief Research and Strategy Officer(最高研究戦略責任者)であるCraig Mundie(クレイグ・マンディ)氏がCEOシニアアドバイザーに就任し、2014年にも同社を退任するという。今年で創立32年目となる同社も人材が入れ替わりつつあり、社内の新陳代謝を推し量る時期に来たのだろう。そんな同社の今後を左右するのは、Windows OSやOfficeだけではなく、新たなる分野なのではないだろうか。2013年初のレポートは、Kinect for Windowsを理学療法へ応用し、米国国防総省と提携を模索中との報道や、テレコミュニケーションで新たなフィードバックを実現する特許取得の話題までをお送りする。

現実味が帯びてきたKinect for Windowsの応用分野

Windows 8のリリースを控えてあまり話題に上らなかったが、日本マイクロソフトは2012年10月1日にニチイ学館と業務提携し、Kinect for Windowsの技術を利用した手術向けの医療システム「Opect(オペクト)」を発表した。従来は手術中に端末を用いて情報閲覧する際は、術野を離れて執刀医師自ら操作を行わなければならなかったが、非接触型画像操作システムとなるOpectを両社で開発し、ジェスチャー操作で必要な情報へ直感的にアクセスできるという(図01)。

図01 日本マイクロソフトとニチイ学館が共同開発した「Opect」(画像はニチイ学館掲載の動画から)

海外ではKinect for Windowsの応用活用が進んでおり、前回のレポート記事でも紹介した動画では、医療現場や教育現場に導入されているシーンが垣間見られた。年末に報じられた記事で興味深いのが、米国の情報誌「Defense News」のWeb版が報じた内容である。記事によると国防総省とMicrosoftが協力し、リハビリシステムを検討しているという(図02)。

図02 Kinect for Windowsを利用したリハビリシステムに関する記事を掲載した「Defense News」

負傷した兵士や退役軍人が医療施設に訪れることなく、自宅で理学療法を可能にすることで、医療施設の維持費軽減や医療機器購入費、人件費などが発生せず、大幅なコスト削減を実現できるそうだ。実際にInfoStratという企業では、Kinect for Windowsを利用して理学医療を実現するソフトウェア「ReMotion360」を既に実現している。DARPA(米国防総省国防高等研究計画庁)などの軍機関は、これらのシステムに興味を持ち、最終的には物理療法だけでなく、心的外傷後ストレス障害の治療やトレーニング、シミュレーションの目的に利用できないか模索中だ(図03)。

図03 InfoStratの「ReMotion360」を用いて肩の運動を実際に行っている(画像はInfoStratのWebページより)

そもそもMicrosoftは2007年頃から、健康や身体情報を保持・管理するプラットフォームとなる「Microsoft HealthVault」を運用している。健康情報に特化した検索サービスと、個人の健康情報を保存して家族や集団の健康管理を行うシステムを無償提供中。後者の管理システムを利用するには、Windows Live IDやFacebook、OpenIDが必要となるが、Microsoftアカウントでもサインインすることは可能だった。計測した数値をデータ化し、自身が許可することで医療機器に転送する仕組みも備えている(図04)。

図04 Microsoftが運営する健康関連サービス「Microsoft HealthVault」

本来はGUI(グラフィカルユーザーインターフェース)に替わるNUI(ナチュラルユーザーインターフェース)として注目を集めたKinect for Windowsだが、医療面での可能性が増してくると、新しい活用方法が見えてくる。Microsoft Researchの研究結果を基にゲームデバイスとしてデビューしたKinectだが、コンピューターと接続するKinect for WindowsからNUIの可能性を具現化し、黎明期に差し掛かりつつあるのだろう。

同デバイスの利用を推し進める中で興味深いのが、Microsoftが取得した新特許だ。海外ニュースサイトである「GeekWire」が報じた記事によると、長距離間で抱擁や握手といった物理的感触を相互に伝える技術の特許「Force-feedback within telepresence」を取得したという。現時点では具体的なデバイスは世に登場していないが、2003年にはカーネギーメロン大学が発表した「The Hug: An Exploration of Robotic Form For Intimate Communication」に似たアイディアのようだ(図05)。

図05 Microsoftの新特許取得を伝える「GeekWire」の記事

特許の説明を読むと、摩擦による触感や振動、圧力を用いた皮膚感覚などを組み合わせたフィードバックをデバイス経由で実現する。同社が以前リリースしていたゲーム用デバイスの「フォースフィードバック」に似ているものの、その内容は段違いに異なる再現性を生み出すだろう。

Microsoftが取得した特許は日本語で「電気通信」と呼ばれるテレコミュニケーション上のフィードバックを実現するものであり、Kinect for Windowsに特定の機能を追加するものではない。だが、物理的ジェスチャーによる操作と、それに伴うフィードバックが実現することで、より情報量の多いコミュニケーションが実現できるのは明確だ。

現時点でMicrosoftは個人用にSkype、ビジネス用にLyncというIM(インスタントメッセンジャー)を提供している。これらのIMと新たなKinect for Windowsを組み合わせることで、過去のテレコミュニケーションにはないコミュニケーションシステムを実現できる可能性が高い。いずれも今日明日の話ではないが、技術の進化を実感し、体感できる未来はそこまで来ている。同社の動向は今後も注目に値するだろう。

阿久津良和(Cactus