「OPENSTEP」から「Mac OS X」へ

正式版となるNeXTSTEP 1.0がリリースされたのは1989年の話。その後もバージョンアップを重ね、1993年にリリースしたバージョン3.1では、NeXTcubeやNeXTstationが使用していたMotorola製プロセッサだけでなく、Intelの80386やSun Microsystems(サン・マイクロシステムズ:現在はOracleに買収され解散)のSPARC(スパーク)にも移植。

その後の経緯を先取りしてしまいますと、最終版となるバージョン3.3は1995年にリリースされました。その後バージョン4.2まで開発は継続されましたが、AppleのNeXT買収により、一部の開発者が存在を知るにとどまる程度。そしてNeXTSTEPはAppleの次世代OSに採用され、現在のMac OS Xのベースとなります。

話をバージョン3.1がリリースされた1993年に戻します。NeXTがハードウェア事業から撤退し、社名をNeXT Softwareに変更したのがこの年の話です。いくら優れたハードウェアとOSが用意されていても、本当に活用できるのは開発能力を持つ一部の人々だけ。大多数を示すエンドユーザーはソフトウェアが揃っていなければ使いこなすことはできません。

その点でNeXTSTEPは当時のライバルとして存在してた各ワークステーションの後塵を拝しました。1990年代前半といえば、Windows 3.0がシェアを拡大していた時代です。ハードウェアとOSというセット販売から収益が上がらないことを踏まえ、同社はすべてのハードウェア開発・製造を停止。バージョン3.2リリース直後からSun Microsystemsと共同で、NeXTSTEPからカーネルを取り除いたOPENSTEP(オープンステップ)の開発に着手しました。

このOPENSTEPは当時のワークステーション向けOSだったSolaris(ソラリス)やHP-UX、Windows NT上で動作し、NeXTSTEPが持つオブジェクト指向機能を享受することが可能でした。当時MS-DOSやWindows 3.1を触っていた筆者はその名前しか目にしたことがありませんが、当時のコンピューター雑誌で強い興味を引かれたのを今でも覚えています。

その後Appleの低迷と次世代OS開発の失敗に伴い、1996年12月にNeXTはAppleに買収されました。冗長になるため背景や各人の思惑は割愛しますが、"AppleがNeXTを買収した"というよりも、"Nextが自社をAppleに買わせた"という表現が正確でしょう。筆者が述べるまでもなく、その後のJobs氏の活躍は読者の方々がご存じのとおり。翌年の1997年には暫定CEO(最高経営責任者)に、2000年には正式なCEOの席に座りました。

オープン実装の「GNUstep」という存在

残念ながら現在、我々がNeXTSTEPやOPENSTEPに触れることは簡単ではありません。同OSのUI(ユーザーインターフェース)はその後に連なるOSも参考にしたと言われるほど洗練されていました。今でもWindows OSで使われているプロパティダイアログなどはNeXTSTEPが原型と言われているだけに、実際に触れてみたくなるのではないでしょうか。

Intelマシンで動作するNeXTSTEP 3.3を中古やオークションで探し出す方法もありますが、現時点での解決策はLinuxなどUNIX系OSを使うという方法。X Windows SystemのウィンドウマネージャであるAfterStep(アフターステップ)を使用することで、NeXTSTEPの世界観に触れることはできますが、あくまでも模造であるため、その雰囲気を味わう程度にとどまります(図03)。

図03 GNU Debian/Linux上でGNUstepパッケージを導入し、ウィンドウメーカーとしてAfterStepを使用した例。あくまでも"NeXTSTEP風"にとどまります

もう一つの解決策が、OPENSTEPのクローン実装である「GNUstep(グニュステップ)」を使用する方法。1994年に公開された仕様を元に、OPENSTEPが備えていたObjective-Cライブラリや開発ツールを実装し、UNIX系OSやWindows OS上で動作します。ただし、Contributor(貢献者)の一人であるDavid Chisnall氏著の「GNUstep: A Free Software alternative to OpenStep]で語られているように、見た目は決して良くありません。

我々が普段使用しているディスプレイは、NeXTcubeやNeXTstation用ディスプレイと違ってOSに最適化されていないため、全体的に暗い印象を持ってしまうでしょう。GUI(グラフィカルユーザーインターフェース)を構成するウィジェットも約25年前のデザインですので、時代後れの印象を持つかも知れません。また、バイナリレベルの互換性は維持されていませんので、NeXTSTEP用ソフトウェアを実行できるわけではありませんが、NeXTSTEPの世界を楽しむことはできるでしょう。

GNUstepを試す方法は三種類。一つめはGNUstep Live CDを実機や仮想マシン上で実行するというもの。こちらは気軽に試せますが、現在は公式サイトにはアクセスできず、メンテナンスも2009年で停止していますので、最新のGNUstepを体験したい方にはお勧めできません(図04)。

図04 GNUstep LIVE CDの実行例。こちらもGNU Debian/LinuxベースですがウィンドウメーカーとしてWindowMakerを使用しています

もう一つは各OSに移植されたバージョンを使用するという方法。しかし、これらはNeXTSTEPというOSを体験するというよりも、GNUstepの開発がスタートした当初の目的であるObjective-Cに代表される開発環境を整えるためのものと捉えた方がいいでしょう。そのため、UNIX系OSで使用されているWindowMakerは移植されず、見栄えだけで言えば芳しくありません。ワークスペースマネージャのクローンとなるGWorkspaceが移植されれば魅力的に映るかも知れませんが、現時点ではエンドユーザーが試すのは難しいでしょう(図05~07)。

図05 GNUstepのダウンロードページ。UNIX系OSだけでなくWindowsやMac OS Xも並んでいます

図06 Windows 7にWindows版GNUstepをインストールした例。Windows NT上のOPENSTEPを彷彿させます

図07 ワークスペースマネージャのGNUstep版となる「GWorkspace.app」(画像は公式サイトより)

最後は「Etoile(エトワール)」という、フランス産のLinuxディストリビューションを試すという方法。EtoileはGNUstepを模倣するのではなく、NeXTSTEPやOPENSTEP独自の雰囲気を再現するLinuxディストリビューションです。そのためUIもまったく同じというわけではなく、Windows OSやMac OS Xなど各OSからより良い操作性を取り入れたと述べるのが正確でしょう(図08)。

図08 GNUstep風のLinuxディストリビューション「Etoile」。言語設定を変更すると正しく起動しません

執筆時点での最新版はバージョン0.4.2ですが、ライブCD版およびOracle VM VirtualBox用イメージ(OVF:Open Virtualization Format形式とVMDK形式で配布)はバージョン0.2で止まったまま。開発は順調に行われていますが、完成度が高まるまでは、まだ遠い道のりのように感じました。そのため気軽にNeXTSTEPを体感するには、お好きなLinuxディストリビューションでGNUstepパッケージを導入するのが一番簡単です。ご興味を持たれた方は仮想マシン上のUbuntuやGNU Debian/LinuxでGNUstepパッケージをお試しください。

以上でNeXTSTEPの紹介は以上です。ナビゲーターは阿久津良和でした。次回もお楽しみに。

参考文献

GNUstepはOpenStepの代替フリーソフトウェア
NeXTSTEP Release 3 Demo
OLD-COMPUTERS.COM Museum
Wikipedia
・スティーブ・ジョブス/ウォルター・アイザックソン(講談社)
・パーソナルコンピュータを創ってきた人々/脇英世(ソフトバンククリエイティブ)

阿久津良和(Cactus)