東北大学(東北大)は、室温で高速ナトリウムイオン伝導を示しながら、電気化学的にも安定な錯体水素化物の合成に成功したと発表した。これにより、ポスト・リチウムイオン2次電池の候補として次世代で期待される全固体ナトリウムイオン2次電池への応用に弾みがついた。

同成果は、同大学金属材料研究所の松尾元彰講師、同大学大学院生の黒本晋吾氏(現 東レ)、折茂慎一教授のグループ、同大学原子分子材料科学高等研究機構(現 同研究所博士研究員)の佐藤豊人博士、同大学大学院工学研究科の大口裕之特任助教および高村仁教授らによるもので、米国科学誌「Applied Physics Letters」のオンライン速報版に掲載された。

リチウムイオン2次電池は、高いエネルギー密度や高電圧・高サイクル寿命などの優れた特性を示すため、携帯型情報端末や産業用機器の中で広く用いられている。今後さらに、電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド自動車(PEV)、スマートグリッド、そして自然エネルギーの電力貯蔵・負荷平準化、などにおける本格的な使用が予想されるため、現在のリチウムイオン2次電池よりも高性能かつ安全性の高い次世代蓄電池の普及が望まれている。

この次世代蓄電池の候補の1つが、全固体リチウムイオン2次電池だ。現在のリチウムイオン2次電池には、電解質として可燃性の有機電解液が用いられているため、安全性や液漏れに対する懸念がある。より高性能かつ安全性が高く、パッケージングのしやすい蓄電池にするためには、難揮発性・難燃性の固体電解質が求められる。研究グループでは、水素化物の新たなエネルギー関連機能の研究に取り組む中で、2007年に錯体水素化物LiBH4における「リチウム超イオン伝導機能」を世界で初めて報告し、水素化物の固体電解質への応用可能性を示した。

リチウムの場合と同様に、全固体ナトリウムイオン2次電池を開発するための重要な課題の1つが、高いイオン伝導性と電気化学的安定性とを備えた固体電解質、つまりナトリウムイオン伝導体の開発である。これまで、錯体水素化物としては、NaAlH4およびNa3AlH6のみがナトリウムイオン伝導体であることが判明していたが、その伝導特性は十分高いものではなかった。そこで今回、NaBH4とNaNH2をベースとした材料合成を進めた結果、NaBH4とNaNH2を1:1のモル比で組み合わせることで合成できるNa2(BH4)(NH2)が、高いナトリウムイオン伝導特性と電気化学的安定性を示すことが明らかになった。

交流法を用いて測定したNaBH4、NaNH2、Na2(BH4)(NH2)のナトリウムイオン伝導率の温度変化は図1のようになる。

図1 NaBH4、NaNH2、Na2(BH4)(NH2)のナトリウムイオン伝導率の温度変化

温度上昇とともにナトリウムイオン伝導率は連続的に大きくなるが、室温付近(30~50℃)ではNaBH4とNaNH2は、どちらも1×10-10S/cm以下の低い値を示した。それに対して、Na2(BH4)(NH2)は、約2万倍ほど高い2×10-6S/cmの伝導率を示すことが確認できた。伝導率が低い水素化物同士を組み合わせたにも関わらず、約2万倍も高いナトリウムイオン伝導率を示す現象は、今後のナトリウムイオン伝導体の開発に重要な指針を与えるものと期待されるという。

イオン伝導率の増大につながった要因として、結晶構造の特異性が挙げられる。NaBH4、NaNH2、Na2(BH4)(NH2)の結晶構造を見ると、高いイオン伝導特性、すなわちナトリウムイオンが高速移動するためには、結晶内にナトリウムイオンが動けるスペースが必要となる。NaBH4とNaNH2は、ナトリウムイオンNa+とホウ素-水素([BH4]-)または窒素-水素([NH2]-)が結合した錯イオンが、結晶内に隙間なく詰まっているため、ナトリウムイオンの移動は制限される。これに対し、Na2(BH4)(NH2)は、結晶学的に本来Na+が6個入れるところに4個しかないため2個分が空席となる。その空席を利用してNa+が高速移動しているのではないかと推測されるという。

図2 NaBH4、NaNH2、Na2(BH4)(NH2)の結晶構造

また、Na2(BH4)(NH2)の電気化学的安定性を評価した結果、少なくとも6Vまでは安定であることが判明し、固体電解質への応用に要求される高いナトリウムイオン伝導性と電気化学的安定性を兼ね備えていることが明らかになった。

錯体水素化物の種類は豊富であり、今回紹介した[BH4]-、[NH2]-、[AlH4]-、[AlH6]3-に加えて、[NiH4]4-、[CoH5]4-、[MnH6]5-などの錯イオンも存在する。今後、これらの錯イオンを組み合わせることで、さらにナトリウムイオン伝導特性を向上させた新しい錯体水素化物の合成も可能であると同研究グループは期待している。

また今後、開発した固体電解質と既存の正負電極材料とを組合わせて全固体ナトリウムイオン2次電池を作製し、その充放電特性を評価することで新規蓄電池としての原理実証も進めていく方針とコメントしている。