「画像認識」、「3D実装」、「パワーゲートとその回路」、「プロセサ」の4つのセッションでは、計9件の論文発表が行われた。詳細は割愛するが、例えば画像認識では、韓国のKAISTが2012年2月のISSCCで発表した第3世代目の画像認識プロセサにマシンラーニングを使ってリソースマネジメントを行うという論文や、画像から興味ある部分を抽出するクラスタリング処理を効率化するデュアルステージアーキテクチャを提案する東大の論文など、程度の高いものが多かった。

昨年から、IEEE(The Institute of Electrical and Electronics Engineers)のコンピュータアーキテクチャ関係の学会誌であるMicro誌がCool Chipsでの優秀論文を掲載する特集号を出すようになった。今年のCool Chipsに関しても特集号が出る予定であるという。Micro誌に論文を載せるのは大変であるが、比較的発表論文数が少ないCool Chipsでの論文発表は、Micro誌に論文を載せるという点では狙い目かも知れない。

招待講演として、ARMの"Seahawk - Optimizing power efficiency in high performance Cortex-A15 processor implementations"という講演が行われた。このSeahawkハードマクロはこの講演の2日前に発表されたもので、初の学会発表である。ということで、どのような新しい情報が出てくるかと期待されたのであるが、多くの半導体プロセスのバリエーションで作れるようにするフレキシビリティの話とSeahawkハードコアで使われた省電力技術の話が中心であった。TSMCの28nm HPMプロセスで作られるSeahawkハードマクロ自体についてはレイアウト図が示された程度で、性能やシリコン面積などの詳細な情報は公表されなかった。消費電力は?という質問に対しては、「秘密保持契約を結ばないと出せない」という回答であり、「並ぶものが無い電力効率」と結論に述べられているが、どの程度の効率であるのかは不明である。

Seahawkのフロアプラン(出典:Cool Chips XVでのARMの発表スライド)

"Technology exchange: Supercomputing and Embedded computing"というテーマのパネルディスカッションは、慶應義塾大学の天野教授がモデレータを務め、富士通の安島氏、IBMのChiu氏、ルネサス エレクトロニクスの清水氏、長崎大学のCruz氏、イリノイ大学のHwu教授がパネリストを務めた。

パネルディスカッションのメンバー。左から天野教授、富士通の安島氏、IBMのChiu氏、ルネサスの清水氏、長崎大のCruz氏、イリノイ大のHwu教授

「京」の開発者の安島氏とBG/Qの開発者のChiu氏はスパコン側、ルネサスの清水氏は組み込み側で、Cruz氏はGPUを使う長崎大の出島クラスタのチーム、Hwu教授は広い立場からソフトウェアを語る立場であるが、GPUコンピューティングの権威ということで、スパコンよりの人選である。

スパコンも消費電力を大幅に下げないと、とてもExaFlopsのシステムは作れないということで、エネルギー効率を改善することが最重要になってきている。一方、組み込みプロセサではスマホやタブレットに代表されるように、高性能化のためのマルチコア化が進んでいる。このようにスパコンと組み込みプロセサの要件が近づいており、それらの技術的交流がどうなるかという趣旨のパネルディスカッションである。

富士通の安島氏は、低電力のプロセサコアIPやWide IO DRAMとTSVによる3D実装などでは組み込みの技術をスパコンに取り入れる可能性があり、一方、インタコネクトの技術についてはスパコンの技術を組み込み側に役立てることができる可能性があるという意見であった。IBMのChiu氏はBG/L、BG/P、BG/Qと性能と電力効率を改善してきたトレンドを示し、将来は、スパコンでも組み込みでも、低電力、電源電圧を低減できるシリコンテクノロジ、小面積のコア、ある程度大量の生産をローコストで行うことを可能にすることが重要と述べた。

ルネサスの清水氏は、組み込みと言っても家電から車などと幅が広く、ひとまとめにはできない。ローパワーといってもレベルが違い、その例として、レモンに電極を挿して作った電池で組み込みプロセサを動かすという写真を示した。また、組み込みとスパコンでは、必要なコア数やメモリバンド幅も大きく異なっていると指摘した。一方、高密度、低電力などのLSIテクノロジやコンパイラのテクノロジについては要件が共通していると述べ、ストリーム処理を行うアーキテクチャを共同して開発することを提案した。

Cruz氏は、長崎大の出島クラスタについて説明し、将来のアーキテクチャは電力が制約になるので、ハードウェアをより有効に使えるようにするツールやライブラリ、プログラマの教育が重要である。また、消費エネルギーを意識したアプリケーションが重要になると指摘した。

イリノイ大のHwu教授は、スパコンと組み込みの共通点は、マルチコアでヘテロジニアスコンピューティングになっている点と、Linux OSを使っているという点である。一方、通信、プロセサアーキテクチャ、使っているライブラリなどは異なっていると指摘した。そして、両者で交流できる技術の候補として、OpenCLやCUDAなどの並列プログラム環境はスパコンから組み込みへ、縮小Linuxカーネルの技術は組み込みからスパコンへ、標準ライブラリはスパコンから組み込みへの技術移転の候補である。また、電力管理も共通性が高いと述べた。しかし、これらの要素技術と異なり、プロセサは要件の違いが大きいと指摘した。

そして、ライブラリ、プログラミングモデルやツール、OSの共通化を技術交流の可能性のある分野として挙げたが、スパコンと組み込み分野では文化の違いがあり、共通化は難しい面もある。しかし、組み込みのソフト開発は実ビジネスに直結しているので開発費が出るのに対して、スパコンのソフト開発は予算が少ないので、我慢して組み込み側の技術を利用せざるを得ないという面もあると指摘した。

全体として、3D実装などの基礎的な技術の開発や、マルチコアの並列処理に対するソフト開発環境やライブラリの開発などでは共通点があり、両者のニーズをカバーする共通開発が望ましいという論調であった。しかし、要件の違いや文化の違いも大きく、スパコン側も組み込み側も、すぐに相手側の技術を使いたいという感触ではなかった。

学生の研究のポスター発表は、番号順に、豊橋技科大から4件、台湾の国立中興大学から1件、台湾の国立彰化師範大学から2件、電通大、立命館大、会津大、東北大がそれぞれ1件、慶応と農工大の連名が1件、慶応単独が2件、農工大、電通大、慶応、東大の連名が1件、韓国の忠北大学校、長崎大、九大、台湾の私立逢甲大学、イタリアのシエナ大、農工大がそれぞれ1件、兵庫大とNECシステムテクノロジの連名が1件である。国際学会であるので説明は英語であり、日本の大学の発表者では、一部、英語に苦労するという面も見られたが、自分のポスターを説明し、質問に答えるというのは発表した学生には貴重な経験になったのではないかと思われる。ちなみにポスター発表にはCool Chips参加者の投票があり、東北大の博士課程の高井 拓実君らの"A Bypass Mechanism for Way-Adaptable Caches"がベストポスター賞に輝いた。

ベストポスター賞に輝き賞状を受け取る東北大の高井君(右)

また、内容の注目度で選ぶベストフィーチャー賞には、農工大、電通大などの"A Fine-Grained Power Gating Control for a Real Time Operating System"、農工大の"Distributed Computing Circuits in Scalable 2D/3D FPGA Array for 2D/3D Poisson Equation Problem"と兵庫大とNECの"Distributed Computing Circuits in Scalable 2D/3D FPGA Array for 2D/3D Poisson Equation Problem"の3件が選ばれた。