デジタル電流モード制御における設計上の問題
電流モード制御にデジタル方式のアプローチを採用することによって、アナログ電流モードPWMコントローラの制約の多くが回避できます。SMPSでデジタル電流モード制御を実行すると、トランジスタに対するピーク電流保護、磁気素子における磁界「ラチェット効果」の除去、入力電圧変動除去、そして制御ループ補償が容易であることなど、数多くの利点が得られます。
さらに、電流モード制御の実装にはもう1つの利点があります。それは、誤差電圧を使用して最大インダクタ電流を制御することになるため、インダクタ自体が電圧制御された電流源になるという点です。インダクタが電流源となるため、ループの周波数応答にはポールが発生しません。これにより、ループは無条件不安定から条件付き安定に変わるため、ループフィルタの設計がはるかに簡単になります。このように電流モードシステムには多くの利点があるにもかかわらず、デジタルSMPS設計では現在も電圧モード制御が主流なのはなぜでしょうか。
これは、PWMサイクル内の適切なタイミングでインダクタ電流を測定できるA/Dコンバータ(ADC)とアナログコンパレータを内蔵したDSC(Digital Signal Controller)がほぼ存在しないことが原因です。目的のタイミングでピンポイントに電流を正確に測定する方法がなければ、DSCはPWMサイクル間、連続的にインダクタ電流をADCで測定し、インダクタ電流が目的のレベルに達する瞬間を捉える必要があります。例えば12ビットの分解能が必要な場合、ADCは1回のPWMパルスにつき電流値を最大2,048回変換しなければなりません。すると、ADCのサンプルレートは10億Spsが必要となります。しかも、これら10億個の変換結果を取得し、1つ1つを誤差信号と比較し、目的の電流レベルに達したらPWM出力をシャットダウンするという一連の処理を実行するには、相当なプロセッサ性能が必要になります。これには、ごく控えめに見積もっても1BIPS(Billion Instructions Per Second)の性能を持つプロセッサが必要になります。当然、このように法外なコストのソリューションは現実的でありません。
SMPSの電流モード制御に最適化されたDSC
では、デジタルSMPS設計で電流モード制御を実装するにはどうすればよいでしょうか。その答えとなるのが、SMPS設計に最適化された周辺モジュールを内蔵したデジタル シグナル コントローラ(DSC)です。このDSCを使用してSMPSを実装すると、さまざまな方法で電流モード制御が実行できます。例えばMicrochipの「dsPIC30F202X DSC」には、高分解能のデジタルPWMジェネレータ、200万spsで信号の非同期サンプリングと変換が可能なADC、専用の10ビット・リファレンスD/Aコンバータ(DAC)を備えた高速アナログコンパレータ、DSPに対応した30MIPSのコントローラが内蔵されています。アナログコンパレータには、プログラマブルなスレッショルドがオンチップのDACから供給されます。このリファレンスDACの値はいつでもソフトウェアで更新でき、これによってピーク電流の制限値を設定できます。
デジタル電流モードのアプローチには、スタンドアロンの電流モードPWMジェネレータと同様に動作するPWMモジュールを内蔵したDSCが不可欠です(図6)。
図2のブロック図と比べると、2つのミクスドシグナル部品、すなわち電圧コンパレータとDACが通常のタイマベースのPWMモジュールに追加されています。電圧コンパレータからはPWMモジュールに対するシャットダウン信号が出力され、この信号とデューティサイクルカウンタからの出力がORゲートに入ります。デューティサイクルカウンタが0になると、コンパレータの出力によってPWM出力を0に駆動できます。
DACはDSCからの入力をもとにリファレンス信号を生成し、この信号がコンパレータに入力されます。このシステムをデジタルSMPSに組み込むと、PWMモジュールのカウンタがPWMパルスを開始し、コンパレータの反転入力にはインダクタの目的の電流を表した電圧がDACから入力され、コンパレータの非反転入力には帰還電流が入力されます。
インダクタ電流が大きくなる間、デューティサイクル カウンタはカウントアップを続けます。インダクタ電流の方が先に目的のレベルに達した場合は、コンパレータによってパルスが終了し、インダクタから出力コンデンサへの放電が始まります。PWMカウンタの方が先に指定のデューティサイクル値に達した場合は、PWMカウンタによってPWMパルスが終了します。これにより、高MIPSのプロセッサを使用しなくても高速な電流モード帰還が行え、しかも最大デューティサイクルを設定して電流制限も行えるなど、両方の長所が生かせます。