米Appleは11月4日 (現地時間)、IBMでバイスプレジデントを務めていたMark Papermaster氏がDevices Hardware Engineeringのシニアバイスプレジデントに就任すると発表した。iPod/ iPhoneのハードウエアエンジニアリング・チームを率いる。なおiPod部門の責任者であるバイスプレジデントのTony Fadell氏はアドバイザーとしてSteve Jobs氏をサポートする。

Papermaster氏はIBMにおいてプロセッサ開発を先導し、同社における最後の役職はブレードサーバ開発部門の責任者だった。既報の通り、Papermaster氏のApple移籍が非競争・機密保持契約に反するとしてIBMがニューヨーク州南部地区連邦地方裁判所に訴訟を起こしたため、先週の段階で同氏の引き抜きが明らかになっていた。ただしPOWERアーキテクチャの専門家であるPapermaster氏をAppleがどのような形で迎え入れるかについては、半導体部門トップ、クラウドサービス強化やサーバ部門のてこ入れなど様々な見解が見られた。

一方iPod開発のキーパーソンであるFadell氏についても、同氏がAppleを去る見通しを米国のいくつかの報道機関が数日前から伝えていた。Fadell氏はiPodのアイディアをAppleに持ち込んだ人物で、同社においてデジタルプレーヤーと音楽ストアを組み合わせたビジネスモデルを確立した。iPodの生みの親、またはiPodの父と形容されることが多い。Fadell氏についてAppleは「家族との時間を増やすためにAppleでの時間を少なくする (= iPod開発責任者を退く) が、CEOに対するアドバイザーとしてAppleに残る」と説明している。

プロセッサ開発の専門家であるPapermaster氏と家電デバイスであるiPod/ iPhoneの組み合わせはユニークである。まずIBMが家電デバイス部門を持たないことから、今回の発表によってPapermaster氏に対するIBMからの訴訟をかわせる公算が高まった。同時に、iPod/ iPhone部門がMac部門に匹敵するような組織へと成長する可能性が指摘されている。

iPod/ iTunes/ iTunes Storeの組み合わせは音楽の楽しみ方を変えるほどのインパクトがあったが、MicrosoftのZuneやAmazon.comなどライバルが増加している。価格競争も生じる中で、現在のような優位を維持し続けるのはむずかしい。そこで重要になるのがソフトウエアだ。90年代の半ば、パソコンのハードウエアが成熟し、PCベンダーが簡単にライバルと同じハードウエア機能を提供できるようになる中で、Jobs氏はライバルとの差別化のポイントとしてソフトウエアを挙げた。その言葉はMacの戦略に反映された。Macと同じようなハードウエアをライバルが作るのは比較的容易だが、Mac OS Xのようなソフトウエアと組み合わせるのは難しい。だからMacにIntelプロセッサを採用した後、MacでWindowsを動作させるのは認めたものの、Mac OS XをMac以外のパソコンにインストールすることは許可していない。

ソフトウエアの持ち味を活かしたハードウエアを開発するために、最終デザインにおけるパフォーマンスや消費電力、それらのバランスなどを見通す上でプロセッサに対する深い知識が不可欠である。現在Macのハードウエアエンジニアリングを担当するBob Mansfield氏もプロセッサ設計の専門家だった。すでにiPhoneとiPod touchではOS Xが採用されている。Papermaster氏の移籍は、このようなソフトウエア資産を活かした製品開発がiPod/ iPhoneハードウエアエンジニアリング・チームにおいて強化されることを意味する。