生成AIがさまざまなビジネス領域で活用されはじめています。生成AIには、業務の効率化や自動化だけでなく、これまでにない新しい価値を生み出すことも期待されています。そんななか、生成AIをCX(顧客体験)領域に適用することで、これまでは難しかった「デジタル接客」の仕組みをつくりあげたのがプレイドです。「KARTE」を中心としたSaaSサービスを展開する同社は、CTO直下にAI専任チーム「Data Mind」を発足し、新たなチャレンジのためにAzure OpenAI Serviceをフル活用しています。
「データによって人の価値を最大化する」企業が生成AIに取り組む理由
「データによって人の価値を最大化する」をミッションにCX(顧客体験)プラットフォーム「KARTE」を中心としたSaaSサービスを展開するプレイド(PLAID, Inc.)。2015年にリリースしたKARTEは、サイトやアプリに来訪している人をリアルタイムに解析・可視化し、顧客理解からパーソナライズまでを一気通貫で実装できるプラットフォームとして、現在600社を超える企業に利用されています。
同社のビジネスの大きな特徴は、SaaS企業としてテクノロジーやプラットフォームを提供するだけでなく、データを活用するための人的な支援を含めたプロフェッショナルサービスをあわせて提供することにあります。また、新しいサービスの開発・提供にも積極的に取り組んでおり、代表的なサービスには、AIを活用してサイト制作からAPI開発までも行えるPaaSサービスの「KARTE Craft」や、グループ企業RightTouchが提供するWebサポートプラットフォーム「RightSupport by KARTE」、同じくグループ企業エモーションテックの感情データ分析でCX向上を実現する「EmotionTech CX」などがあります。
そんなプレイドが、新たなチャレンジのために力を入れて取り組んでいるのが生成AIです。2024年11月にCTO直下にAI専任チーム「Data Mind」を発足させ、同社の強みであるデータとAIをかけ合わせた新ビジネスの創出に向けた取り組みを本格化させました。CTOの牧野祐己氏は、生成AIを活用する狙いをこう話します。
「生成AIは、これまでは難しかったことを実現するブレイクスルーです。ChatGPTが登場して以降、サービスへの組み込みを進め、すでにKARTE CraftやRightSupport by KARTEなどのサービスを中心に生成AIの活用が始まっています。また、新たにAI専任チームのData Mindをつくり、データと生成AIを活用した新しいサービスや新しいビジネスの提供を目指しています。それによって『データによって人の価値を最大化する』という当社のミッションを実現することが目標です」
こうしたプレイドにおける生成AIの取り組みを支えているのが、Microsoft Azure(以下、Azure)が提供するAzure OpenAI Service(以下、OpenAI Service)です。プレイドでは2020年頃から前身となるAzure AIサービスの段階的な利用を開始し、OpenAI Serviceの正式リリースにあわせて本格活用をスタートさせました。
顧客の理解に向けて生成AIを使った新たな視点での「データの解釈」を提供する
生成AIを活用した新しいサービスや新しいビジネスの創出に向けて、Data Mindが取り組んでいるのが、より深く顧客を理解するための仕組みの開発です。この取り組みは、KARTEの顧客企業と共同で進められていて、サービスとしての稼働が部分的にスタートした段階にあります。
牧野氏は、「KARTEの特徴は、大量の顧客行動データをリアルタイムに分析して、リアルタイムのアクションにつなげられることにあります。分析した結果にもとづいてオンサイトでパーソナライズしたメッセージを表示したり、メールやプッシュ通知を行ったり、顧客一人ひとりの状態に応じた適切な施策を一気通貫で実施できます。生成AIを使うことで、KARTEで培ってきた顧客理解においてこれまでにない機能とサービスを提供できるようになります」と説明します。
牧野氏によると、現在多くのマーケティング担当者が、自身の経験やナレッジ、スキルをもとにデータを解釈し、どのようなアクションが必要かを判断しています。KARTEでも、データの解釈を助けるためにさまざまなカスタマイズ機能を提供し、必要に応じてコンサルタントによるプロフェッショナルサービスを提供して、顧客をサポートしてきました。ただ、分析のための準備作業や担当者ごとの解釈の違いなど、自動化が難しい領域や人だけで判断することが難しい領域があったといいます。
牧野氏は、「生成AIが得意とするのは、データを人が解釈できるかたちに変換することです。そこで取り組んだのが、データを解釈する部分そのものを新しい機能やサービスとして提供することです。KARTEはマーケティングツールとしてデータ活用基盤を提供していますが、今後はそれだけでなく、顧客理解をビジネスシーンで生かすための基盤としても活用していく狙いがあります」と展望を語ります。
具体的な課題解決のアプローチについて、Data Mindのエンジニア 小林篤史氏は、こう解説します。
「分析するデータは顧客企業ごとに異なります。ECサイトの場合は、商品データや商品IDをはじめ、商品画像、スペック、商品の紹介文などがあります。また、顧客データとして、商品の注文履歴やECサイトの閲覧履歴などがあります。これらデータはスキーマやカラム名も異なりますし、アンケートのようにユーザーの主観が入ったテキストデータもあります。そこで、LLM(大規模言語モデル)やRAG(検索拡張生成)、Embedding(埋め込み表現)モデルなどを活用して、これまでない自動化とデータの解釈を可能にしたのです」
そこで活用したのがOpenAI Serviceが提供するさまざまなAIモデルや機能でした。
商品へのタグ付けを自動化し、タグの関連性から顧客の興味や関心を探っていく
OpenAI Serviceで利用できるAIモデルについて、Data Mindでビジネス推進を担当している鈴木剛氏は、こう話します。
「シカゴで行われたMicrosoft Ignite 2024に牧野と一緒に参加しましたが、OpenAI Serviceで利用できるAIモデルの豊富さにあらためて驚きました。例えば、Azure AI FoundryというAI開発プラットフォームでは、1800に上るAIモデルが提供され、簡単に利用できるようになっています。小林がその中から必要なものを選定して、実際にサービスのなかで利用しています。多くの選択肢があると迷いも増えるものですが、Azureの場合は、手厚いサポート体制があります。エンタープライズ向けの機能やサービスが充実していますし、顧客企業との共同検証などもしやすい環境で信頼性が高い。プレイドが今後、さまざまな顧客企業のみなさまにサービスを展開していく際にも心強いサポートが得られると確信しています」
実際に、プレイドと共同で検証作業を行なっているのが、グローバルワーク、ニコアンド、ローリーズファームなどのファッション、ライフスタイルブランドを展開するアダストリアです。小林氏は、同社との取り組みのなかから、商品検索と顧客理解のユースケースを挙げながら、こう説明します。
「商品の閲覧履歴を見れば、ECサイトを訪れたお客様が何を探しているかはわかります。例えば、ワンピースを閲覧する回数が多ければ、ワンピースを探していることはわかります。ただ、どのようなワンピースを探しているのかまではわかりません。そこで商品ごとに『ブラック』『ロング丈』といったタグをつけておき、どのような種類のワンピースを探しているかを把握できるようにします。また、ワンピースを見た後にスカーフを見ていたら、ワンピースと一緒にスカーフを探していることはわかりますが、なぜ探しているのかまではわかりません。その際、スカーフに『赤』『チェック柄』などのタグがついていれば、『シンプルなデザインの服と、その差し色になる小物アイテムを探している』といった気づきを得ることができます。従来、こうしたタグ付けは、商品の紹介文や画像を見ながら人手で行っていました。また、タグを使った検索も、結果の一覧表示などに限られていました。生成AIを活用すると、タグ付けを自動化しながら、どんなタグが多いか、タグ同士がどう関連しているかを知ることができます。お客様のニーズや興味、関心を新しい視点で見つけることができるようになるのです」
Azure OpenAI Serviceが提供するEmbeddingモデルやマルチモーダル処理を活用
こうしたサービスを構築するために、OpenAI Serviceのさまざまな機能を活用しました。牧野氏は、サービスの全体像をこう説明します。
「大きく3つの仕組みがあります。1つめは、自動でのタグ付けを行うスマートタグです。商品の紹介文などのテキストデータをCompletionモデルでテキスト化し、それをEmbeddigモデルでベクトル化します。これにより、スポーティカジュアル、大人女子、モード、フェミニンといったタグを自動で生成できるようになります。2つめは、このベクトル化されたデータをサマリーして、クラスターでタグの関連性を視覚的に把握したり、時系列で表示したりする仕組みです。データのサマリーにはAIモデルを利用しています。また、時系列で表示する際にも商品画像から商品の説明文を自動生成することができます。3つめは検索機能です。キーワードでの全文検索やセマンティック検索、ベクトル検索、画像検索などが可能です。このUIを使って、マーケティング担当者が、自社のお客様が何に興味を持ち、何をしようとしていたかを把握して、レコメンデーションなどの施策を講じていきます」
利用しているAIモデルや機能としては、EmbeddigモデルのOpenAI text-embedding-3-largeや、画像とテキストをマルチモーダルで利用できるAzure AI Vision Multimodal Embeddings API、セマンティック検索やベクトル検索、画像検索などを行うAzure AI Searchなどがあります。利用するAIモデルは簡単に追加したり、必要に応じて切り替えたりできるため、ユースケースや状況に応じて使い分けているといいます。ストレージは大量の非構造化データを処理できるように、Azure Blob Storageを活用しています。
牧野氏は、こうした生成AIを使った顧客理解のアプローチを「店頭での人による接客をWeb上でも実現していく仕組み」と表現します。
「店頭でのリアルな接客では、お客様一人ひとりとの会話や表情、しぐさ、服装、コミュニケーションの取り方などから、その人が何を探しているかを見つけることができます。目の前にお客様がいるため『見たらわかる』という側面もあります。しかし、このようにリアルの世界で実現できている接客はデジタルになったとたん急に難しくなります。目の前にいるお客様が見えにくくなるからです。そこで生成AIによって、データを解釈し『見たらある程度はわかる』という状態を作り出していくことが重要になってきます。データの詳細まで見に行かなくても、生成AIのサマリーを見ることで、お客様が何をしようとしているのがぱっと分かる。そういう状態を作り出していこうとしています」
サービスの自動化と顧客体験の向上に向けてAIエージェントの活用を推進
生成AIを活用した、店頭でのリアルな接客に近い顧客体験をつくる取り組みはスタートしたばかりです。今後の展開としてまず挙げるのは、組み合わせるデータを増やすことであると、小林氏は語ります。
「今回は、商品データと行動データを結びつけて分析の精度を高めたものですが、異なる要素を組み合わせることができます。例えば、顧客の年齢や趣味などのユーザーの属性データを組み合わせることで新しい気づきを得ることができると考えています」
また、生成AIを活用してさらなる自動化にも取り組んでいきます。
「生成AIに関するこれまでの議論は、AIモデルやRAGなどの仕組みや技術の話が多かったと思います。しかし、現在は、生成AIをより使いやすい状態にしていくかという議論に移っています。そこで注目されているのがエージェントです。例えば、分析した結果をもとにアクションを行う際に、エージェントを介して商品をレコメンドするといった自動化ができれば、デジタルの接客を店舗での接客のようなリアルな接客にさらに近づけていくことができます。エージェントを利用する際のポイントは、お客様が何をしようとしているのかコンテキストデータをエージェントに解釈させることです。データの解釈という現在の取り組みをベースに、今後、エージェントの活用を図っていきます」と牧野氏。
小林氏は、エージェントを用いることで、誰でも簡単にサービスを利用できるようになることを期待しています。
「ECサイトでの商品検索でも、キーワードや特定の条件で検索するだけでなく、お客様自身がセマンティック検索や画像検索などを使って自分が欲しいものを素早く見つけられるようにすることが重要です。Azure AI Searchは実装が簡単で、ほとんどコードを書かずに数日で作ることができます。今後は、エージェントを活用しながら、マーケティング担当者だけでなく、サイトを利用するお客様にとっても使いやすい検索の仕組みとして提供していきます」
ビジネスの立場から生成AIがもたらす価値に期待している鈴木氏は、「エージェントは、自動化や効率化という側面だけでなく、ビジネス価値の創造という面からも大きな役割を果たすと考えています。もともと私たちData Mindの取り組みは、新しい価値創造を目指して取り組みがスタートしました。エージェントを活用して、ユーザーのコンテキストを理解する精度を上げていきます。ビジネスの全体像から見れば、暗闇のなかでチャレンジはまだまだ続きます。しかし、光は見えていますし、Igniteに参加したことで、Data Mindも火をつけてもらいました。Azureを活用してさらにビジネスを加速させていきます」と話します。
「データによって人の価値を最大化する」プレイドの取り組みをマイクロソフトがこれからも支えていきます。
※本取材は2025年1月17日に行われました。
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