業界最大手の住宅設備機器・建材メーカーである LIXIL は、世界中の誰もが願う、豊かで快適な住まいを目指し、多様な製品・サービスを提供しています。DX(デジタルトランスフォーメーション)への取り組みも積極的に推進しており、既存ビジネスの変革・新規ビジネスの創出から、生産性や従業員エンゲージメントの向上までを見据えた“LIXIL の変革”において中心的な役割を担うものと位置付けています。同社のデジタル部門では、DX の推進に向けた体制強化を図りながら、既存 IT インフラのモダナイズに取り組んでおり、その一環としてオンプレミス環境にある老朽化した仮想基盤のクラウド移行に着手。マルチクラウド戦略のもと、複数のクラウドサービスを利用することになるため、移行先の選択肢の一つとして、マイクロソフトのフルマネージドサービス「Azure VMware Solution(AVS)」を採用しました。

老朽化し、保守限界を迎えたレガシーシステムの課題に対し、クラウド移行のアプローチで解決を図る

デジタル化の波が押し寄せ、消費者のニーズやビジネスの構造が絶え間なく変化し続けている昨今の状況において、住宅設備機器・建材業界でビジネスを展開する LIXIL も、DX(デジタルトランスフォーメーション)への取り組みを加速させています。イノベーションによる長期的な成長機会の確立から、従業員の新しい働き方の創造まで、同社が展開する DX の領域は多岐にわたりますが、そのなかでも重要なミッションと位置付けられているのが、マルチクラウドのビジョンに基づいたクラウド化の推進です。同社の IT インフラ構築・運用を担うデジタル部門 Global Infrastructure Organization Server/Hosting Unit の柿崎 稔 氏は、クラウド化を進める要因の 1 つとして、老朽化したレガシーシステムへの対応が急務だったことを挙げます。

  • 株式会社 LIXIL デジタル部門 Global Infrastructure Organization Server/Hosting Unit 柿崎 稔 氏

    株式会社 LIXIL デジタル部門 Global Infrastructure Organization Server/Hosting Unit 柿崎 稔 氏

「LIXIL には、古い OS で稼働しているシステムや、保守限界に達した機器が数多く残っており、システムの老朽化が深刻な課題となっていました。これは物理サーバーだけに限った話ではなく、VMware 製品による仮想環境においても導入時期によって世代が異なる仮想基盤が複数の拠点に点在し、レガシーシステムが稼働を続けている状況です。その対策の 1 つとしてクラウド化の検討を開始しました。クラウドを活用すればこれまで自社での保守切れによるハードウェアの入れ替えやソフトウェアのアップグレードなどの更新作業の大幅に軽減できると考えたからです」(柿崎 氏)。

柿崎 氏と同じく、Global Infrastructure Organization Server/Hosting Unit に所属する中丸 正裕 氏は、同社で数多くのレガシーシステムが稼働していた理由についてこう説明します。

「レガシーシステムの刷新が追いついていない要因としては、2011 年にトステム、INAX、新日軽、サンウエーブ工業、東洋エクステリアの 5 社が統合されて、LIXIL が誕生したという背景があります。もちろんシステムを統合しようという流れはあったのですが、個別に運用されてきた 5 社のシステムを一本化するのは容易でなく、思うように進みませんでした。その結果、本来は機器のリースアウトやサポート終了のタイミングで行っていたリプレースのタイミングを逸したシステムも一定数出てきてしまいました。こうした遅れを取り戻すという意味も含めて、今回のクラウド移行プロジェクトが立ち上がったというわけです」(中丸 氏)。

システムのクラウド移行を検討するうえで、基本方針と定められたのが「マルチクラウド化」です。「システムの移行先を固定してしまうと、将来的に特定のクラウドサービスにロックインされてしまい、適材適所で柔軟にクラウドサービスを選択することが難しくなると考えました」と柿崎 氏。最適なクラウドサービスを自由に選択できる環境を構築することでコストの抑制にもつながると判断し、マルチクラウド化を採用したと語ります。

マルチクラウド化のグランドデザインを策定し、VMware 製品による仮想化環境のクラウド移行プロジェクトが始動

今回のプロジェクトでは、仮想基盤上で稼働しているシステムがクラウド移行の対象となっています。同社では VMware 製品を用いて仮想環境を構築しており、プロジェクト名は「VCLP(VMware Cloud Lift Project)」と名付けられました。国内基幹システム刷新の段階的な実施からフロントシステムの再定義・モダン化、リフォームビジネスへのデジタル活用、デジタルの民主化推進まで、さまざまなミッションに取り組むデジタル部門では、以前より持続的に貢献する組織作りを推進。スクラム制を採用して従来の階層型組織からアジャイルな組織へのシフトを進めており、2022 年 3 月時点では約 8 割の業務がスクラム化されているといいます。VCLP プロジェクトにおいても、スクラム制が採用され、「サーバー環境構築」「移行技術・実施」「ネットワーク環境構築」「運用実装」の 4 つのチームを構成。アジャイルな考え方でクラウド移行が進められていきました。そのなかで、柿崎 氏はプロダクトオーナー、中丸 氏はサーバー環境構築チームのスクラムマスターとして参画しています。

  • VCLP プロジェクトにおける役割

    VCLP プロジェクトにおける役割

LIXIL が取り組む老朽代替としてのクラウド化は、大きく 3 つのステップに分けられます。第 1 ステップは「オンプレからの脱却を優先し、パブリッククラウドに移行する」というフェーズ。続いて「パブリッククラウドが提供するサービスを利用してシステムを変更していく」第 2 ステップ、「クラウド環境を活用したモダンなシステムへの変革を進める」第 3 ステップと進めていく予定といいます。柿崎 氏は、今回の VCLP プロジェクトを第 1 ステップの取り組みであると位置付けます。

「まずは移行先としてパブリッククラウドを前提に考え、老朽化し、保守期限の限界を迎えた仮想環境にある 500 程度の VM を対象に移行計画を立てました。そのなかで、マルチクラウド環境を実現するためのグランドデザイン(基本方針)を 2021 年に策定。レガシーシステムに対する投資の抑制、レガシー OS 対策、IP アドレスの継続利用(変更なしでの移行)、エンドユーザーへの業務に対する影響の最小化、システム担当の負荷低減、コスト削減といった現状の課題と目標を洗い出し、それに基づき具体的な環境設計・運用設計に落とし込みました。今回の VCLP プロジェクトは LIXIL のクラウド化計画における第 1 ステップですが、デジタル部門としては、同時にその先の第 2、第 3 ステップまでを見据えて取り組んでいます」(柿崎 氏)。

  • 様々な課題への対応方針(グランドデザインからの抜粋)

    様々な課題への対応方針(グランドデザインからの抜粋)

発射台(VMware HCX)を介して、データセンターにある VMware 製品による仮想基盤を AVS 上の環境に移行する仕組みを構築

マルチクラウド環境の基本方針が明確化されたことを受け、VCLP プロジェクトは 2021 年 4 月から本格的に動き出します。新しいシステムへの移行に取り残されたレガシーシステム、保守限界に来ている VMware 製品による仮想環境にある 500 余りの VM を対象に、各スクラムチームが密接に連携しながら移行作業が進められました。マルチクラウド化のメリットを得るために複数のクラウドサービスを利用することになるため、移行先の選択枝の一つとして採用されたのが、Microsoft Azure(以下、Azure)上で VMware vSphere 環境を提供するマイクロソフトのフルマネージドサービス Azure VMware Solution(以下、AVS)でした。柿崎 氏は、AVS を採用した理由についてこう語ります。

「VCLP というプロジェクト名からもわかるように、今回の取り組みではハイパーバイザーである VMware vSphere 基盤は変更せず、さらに移行に伴う影響を最小化するというコンセプトで進めています。このため、フルマネージドな VMware vSphere 環境をサービスとして提供する AVS は非常に有効な選択肢となりました。なぜなら今回の移行の対象となった VMware vSphere の仮想環境では Windows Server が数多く稼働しており、SA(ソフトウェアアシュアランス)の特典である『Azure ハイブリッド特典』を活用することで Windows Server / SQL Server のライセンスを追加購入することなく移行が可能になるためです。他のクラウドサービスと比べてライセンスコスト面での優位性があったのです。加えて Windows Server 2008 や 2012 を含んだレガシーな環境を移行する予定で、サポート終了日を過ぎてもセキュリティ更新プログラムが提供される『拡張セキュリティ更新プログラム(ESU)』が Azure 上では無償で提供されるメリットも、享受できるようになると期待しています」(柿崎 氏)。

また中丸 氏は、導入前に実施した PoC により、LIXIL の仮想環境を AVS に移行する際に求められる 2 つの課題が見えてきたと語り、オンプレミスの仮想基盤と AVS の間をつなぐ発射台となる HCX を 2 つに分離したことなど、システム構成上の工夫を説明します。

「AVS を導入する前の PoC では、LIXIL のデータセンターにある仮想基盤を、弊社が『発射台』と呼んでいる VMware HCX を介して、AVS 上に構築した環境と L2 延伸でつなぐという環境を構築する必要があることが確認できました。そこで問題となったのが、マイグレーションに用いる Cross Host vMotion 要件と、IP アドレスを変えずに移行するための HCX のL2 延伸要件という 2 つの異なる要件があったことです。前者は移行完了後は不要となりますが、後者は移行後も継続して利用したかったため、発射台(HCX)を 2 つに分離して構成。移行用の発射台は既存のリソースを流用し、L2 延伸用の発射台は後々まで利用するため新規に調達するといった工夫を施しました。これが今回のプロジェクトにおけるシステム面での特徴になると思います」(中丸 氏)。

今回構築したシステム構成はマルチクラウドプラットフォームとなっており、オンプレミス上の仮想環境は、発射台(HCX)の L2 延伸を介して、AVS や他のクラウドサービスに展開することができるように設計されています。またシステムの構築にあたって苦労した点としては、古い OS で稼働しているサーバーが多くあったことだったと柿崎 氏。「老朽化した VMware vSphere 環境をそのまま AVS に移行したいと思っていても、その上で稼働している製品ミドルウェアのバージョンアップが必要になることがあり、既存業務への影響を考えてバージョンアップが行えないケースも少なくありませんでした」と振り返ります。そのほかにも、パブリッククラウドへの移行期間中に一時的に発生する AP と DB の泣き別れによる遅延など、レスポンス面で懸念のある問題が出てきており、その一部は現在もテストを行いながら対応を進めています。サーバー環境構築チームのスクラムリーダーを務めた中丸 氏は、こうした課題の解決に対しては、柔軟なスケジュール変更が行えるスクラム制のメリットを活かせたと語り、デジタル部門が進める組織変革に手応えを感じています。

  • システム構成図
  • システム構成図
  • システム構成図

適材適所でシステムを配置できる “いいとこ取り”のクラウド活用を目指し、取り組みを進めていく

今回の VCLP プロジェクトは内製化を見据えた取り組みで、自立自走を前提に進められました。このため、AVS の運用を開始するまで利用していたマイクロソフトのプレミアサポートにおいても、内製化を後押しするような支援を受けたと柿崎 氏は話します。

「自立自走を目指していますので、あくまで手を動かすのは我々側というスタンスで、マイクロソフトのプレミアサポートチームには知識のトランスファーを中心に支援をお願いしました。プロジェクトチームのメンバーに対してワークショップやハンズオンも開催していただき、内製化に舵を切るために必要な知識を得られたことには、本当に感謝しています」(柿崎 氏)。

またマルチクラウド化に伴い、サーバー環境構築チームを中心に共通的なバックアップ体制の構築が進められており、そのなかで AVS や Azure の機能が使われています。このバックアップシステムの設計面でも、プレミアサポートのノウハウが活かされたと中丸 氏は喜びます。

「コストを抑えながら、異なるクラウドサービスのバックアップ体制を共通化するため、現在マイクロソフトのサポートを受けながらバックアップ環境の PoC を進めています。バックアップの仕組みには Azure VM の Blob ストレージを活用しており、現在は適用に問題ないレベルまで確認できています」(中丸 氏)。

このようにプレミアサポートとスクラムメンバーが共有する知見を最大限に活かしながら VCLP プロジェクトは推進され、2022 年 2 月から本番環境のデプロイを開始。2022 年 6 月時点で 9 ノード、約 100 の VM が AVS 上で稼働しています。LIXIL では今後も老朽化した VMware vSphere 仮想基盤を優先してクラウド移行を進め、2025 年 3 月までに同社が運用している数千におよぶ VM の AVSへの移行を完了させる予定です。

「VCLP プロジェクトの最終的なゴールはハイブリッド構成の環境構築です。パブリッククラウドを中心に、適材適所でプライベートクラウド、オンプレミスに環境を構築する“いいとこ取り”を実現したいと考えています。そのためにも、VMware 製品による仮想化環境を統一し、vMotion を活用して柔軟な配置換えが行える状態にしていきたいと思っています」(中丸 氏)。

今後は自立自走の実現に向けてデジタル部門の対応力を高め、障害時の対応やリソース調達の迅速化を目指していくほか、内製化によるコスト削減にもつなげていきたいと柿崎 氏。「これからもマルチクラウドで環境整備を進めていくので、他社にはない魅力的なサービスを提供していただければと思います」とマイクロソフトへの要望を口にします。中丸 氏も「適材適所で VMware 製品による仮想環境の展開先を切り替えていきたいと考えているので、他社のサービスとの差別化が図れる魅力的な機能、サポートを期待しています。それが AVS や Azure を使い続けたいというモチベーションにつながってくると考えています」と語り、更なるサービスの充実を期待しています。

LIXIL の常務役員 デジタル部門 システム開発運用統括部 リーダー 兼 Global Infrastructure Organization リーダーの岩﨑 磨 氏は今回のプロジェクトの振り返りと今後の展望についてこう語ります。

  • 株式会社LIXIL 常務役員 Digital部門 システム開発運用統括部 リーダー 兼 コーポレート&共通基盤デジタル推進部 リーダー 岩﨑 麿 氏

    株式会社LIXIL 常務役員 デジタル部門 システム開発運用統括部 リーダー 兼 Global Infrastructure Organization リーダー 岩﨑 磨 氏

「本プロジェクトはマルチクラウド戦略をベースに既存オンプレミス環境を機動的にクラウドに移行する非常に重要なプログラムとなります。マイクロソフト社に多大なるサポートを頂いた事で本プロジェクトは順調に進み、クラウドシフトに伴う各種課題解決につながってきております。引き続き、弊社との連携を強化してシステムのモダン化とクラウドシフトの加速を進めていきたいと考えています」(岩﨑 氏)。

マルチクラウドを軸に、パブリッククラウド/プライベートクラウド/オンプレミスの“いいとこ取り”で、柔軟かつ効果的なクラウドサービス活用を推進する LIXIL。今回の VCLP プロジェクトをフックに展開する第 2 ステップ、第 3 ステップのプロジェクトに対しても、注視を続けていく必要がありそうです。

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