生成AIの急速な進化は、企業の業務効率化を一気に進めると同時に、既存のビジネスモデルに根本的な問いを投げかけている。今、経営者に求められるのは、AI導入の是非ではなく、「どこで、どう勝ちにいくのか」という"勝ち筋"の見極めだ。

AI活用の本質と日本企業の勝機を探るべく、DX戦略・プラットフォーム戦略研究の第一人者である根来 龍之氏と、企業変革を数多く支援してきたKPMGコンサルティングの室住 淳一氏が対談した。

プロフィール

(写真左) 根来 龍之氏
名古屋商科大学ビジネススクール(東京校)教授 兼 大学院大学至善館特命教授、早稲田大学名誉教授
京都大学哲学科卒業。慶應義塾大学大学院経営管理研究科(MBA)修了。鉄鋼メーカー、早稲田大学ビジネススクール教授などを経て現職。経営情報学会会長、国際CIO学会副会長、組織学会評議員、米California大学Berkeley校客員研究員、会計検査院契約監視委員会委員長、CRM協議会顧問、JNX運営委員などを歴任。経営情報学会論文賞を3回受賞。企業顧問やセミナー講師など、実業界との多様な接点を持つ。デジタル経営研究センター所長。著書に『集中講義:デジタル戦略』(日経BP、2019年)など多数。

(写真右)室住 淳一氏
KPMGコンサルティング株式会社 執行役員 パートナー DXA Data&AIチームリーダー
外資系・国内系コンサルティング会社を経て現職。AI技術を活用した新規事業創出、業務の高度化、AI基盤構築等、企業のDX推進へのコンサルティングに従事。DX立案・遂行、ビッグデータ、AI、IoTのビジネス活用に強みを持つ。『機械学習・人工知能 業務活用の手引き~導入の判断・具体的応用とその運用設計事例集』(情報機構、2017年)など著書・寄稿多数。

AIが企業に与える2つの影響

室住氏:
生成AIツールの急速な進化によって、これまでAI技術に詳しくなかった経営層の方々もAIに関心を持つようになり、期待が広がっています。根来先生は長年、競争戦略やプラットフォーム戦略を研究されてきましたが、AIの出現により今後企業のDX戦略はどう変わっていくとお考えですか?

根来氏:
AIが企業にもたらす影響は大きく2つに分けられます。1つ目は「業務効率化」、2つ目は「ビジネスモデルの変革」です。これらは明確に区別して考える必要があります。

どんな企業もAIを活用して業務効率化を図ることはできます。一方で、AIの影響によってビジネスモデルそのものが変化する業界もあり、そうした企業は早急に対応しなければなりません。ただし、すべての産業のビジネスモデルが大きく変わるわけではありません。変化の速度は業界によって異なります。「はやく変わる業界」「ゆっくり変わる業界」「あまり変化がない業界」を分けて考えるべきでしょう。

作業時間が"1/10"に─知的作業の自動化がもたらす衝撃

室住氏:
ではまず、業務効率化の観点からお聞きします。RPA(Robotic Process Automation)が出てきた際には、ホワイトカラーの生産性が劇的に向上しました。生成AIによって、さらに生産性が向上すると考えられますが、いかがでしょうか。

根来氏:
間違いなく生産性は向上します。特に知的な作業でありながら実は繰り返しがある業務、調査、シミュレーション、既存資料の修正などは、大幅に時間が短縮されるでしょう。場合によっては従来の1/10程度の時間で済むようになるかもしれません。日本企業にとって、長年の課題であったホワイトカラーの生産性向上に取り組むチャンスだと思います。

室住氏:
金融機関などは特に生成AIによる生産性向上の恩恵を受けそうですね。規制報告書や政省令への対応、企業買収時の分析など、さまざまな分野で生産性だけでなく質も高まる業務が多いと思います。アカデミアの世界では、AI活用はどの程度進んでいますか?

根来氏:
大学教育のAI活用は遅れていると思いますが、研究の方法は大幅に変わってきています。最も変化したのは先行研究調査です。生成AIで先行研究を調査し、要約してもらうことで、重要な論文へのアクセスの量と範囲が向上しました。日本人を含め英語圏以外の人が英語論文を読み書きする際のハードルが大幅に下がってきています。

  • 名古屋商科大学ビジネススクール(東京校)教授 兼 大学院大学至善館特命教授、早稲田大学名誉教授
    根来 龍之氏

求められるのは、「善意の人」と「悪意の人」を見分ける能力

室住氏:
ここからは、ビジネスモデルの変革という観点で伺います。日本企業にとって英語の壁が低くなれば、グローバル進出のチャンスとなり、ビジネス機会を大幅に増やすことができる可能性もあるのではないでしょうか?

  • KPMGコンサルティング株式会社 執行役員 パートナー DXA Data&AIチームリーダー
    室住 淳一氏

根来氏:
確かにチャンスは増えていますが、グローバル展開のためのAI活用には注意が必要です。どんなイノベーションにも揺り戻しがあります。

特に注目すべきは「善意の人」と「悪意の人」の違いです。研究者同士の会話では、基本的に相手が「善意の人」だという前提が成り立ちます。学会や共同研究では、相手が誠実に学問的な議論をしようとしていることを前提に交流できます。だからこそ、生成AIによる翻訳が言語の壁を取り除く効果は、アカデミアの世界では大きいのです。

しかし、契約交渉や国際取引などのビジネスの世界では「悪意の人」が存在することを無視できません。言語の壁を越えてビジネスモデルを変革していくには、この「善意の人」と「悪意の人」を見分ける能力がますます重要になります。生成AIによって契約書が簡単に作れるようになったり、異なる言語でのミーティングやマニュアル作成が容易になったりするからといって、それだけで国際化が実現できると考えるのは時期尚早でしょう。

破壊的イノベーションのカギを握る、スタートアップ企業

室住氏:
確かに最近は「悪意の人」による生成AIを使ったフェイクニュースも増えていますね。イノベーションに飛びつきたい企業心理と、リスク管理のバランスはどのように取るべきでしょうか。

根来氏:
難しい問題ですが、これまでにはない新しい価値観や市場を創造する「破壊的イノベーション」にこそ、スタートアップのような"身軽"な会社の存在意義があります。身軽な会社ほど、スピード感をもってトライアンドエラーを繰り返せるため、失敗を恐れず積極的に新しい挑戦をすることができます。大企業ももちろん新技術を学ぶ必要がありますが、まずはスタートアップの動向を見て、その半歩くらい遅れてついていくのが現実的でしょう。といっても、ゆっくりでいいという意味ではないです。

室住氏:
製薬業界では、大手が多くの創薬スタートアップと連携し、有望な成果を得るための技術に投資するモデルがありますね。スタートアップ側はAI技術を活用することで創薬を短期間で実行し、イグジットできれば多額のキャッシュを得られるので、次の開発に進めるという好循環が生まれています。

根来氏:
そうですね。破壊的イノベーションを追求するスタートアップに、大企業が自社の内部開発だけで追いつく必要はありません。大企業はスタートアップを協業のパートナーとして、彼らを通じてビジネスモデル変革に取り組むべきでしょう。

室住氏:
日本企業がオープンイノベーションに向けてCVC(Corporate Venture Capital)を設立し、シリコンバレーなどに人を派遣するケースがありますが、成功例は少ないように思います。大企業がスタートアップと上手く連携していくためのポイントはありますか?

根来氏:
双方をつなぐ役割を担う「ブリッジする人」が社内に必要です。そして、それは企業文化の「一番外れ」にいる人が理想的ですね。自社の企業文化に完全に同化していると異なるカルチャーを持つ相手との連携が上手くいきませんし、かといってまったく異なる価値観の人でも難しい。自社独自のカルチャーを理解しながらも、新しい風を取り入れようとしている人です。また、シリコンバレーとの連携を考えるなら、駐在経験のある人が望ましいでしょう。

室住氏:
有望な技術を見つけても社内の事業部が受け入れず、結局立ち消えになるケースもありますよね。そのような場合、CEOやCDO(Chief Digital Officer)、CAIO(Chief AI Officer)などといったCxOの判断で導入を決めることは有効な手段でしょうか?

根来氏:
そうした「NIH(Not Invented Here)症候群:他の組織が生み出したアイデアや技術を採用したがらない傾向」はどこにでもあります。また、社内に似た技術があり「自分たちでできる」とエンジニアが主張するケースもあります。そこで、早期に外部技術を取り込むメリットを説明できる人が必要です。ソフトウェアやAI分野はハードウェアよりも何ができるかが見えやすいので、それを理解できるCxOがいるとよいでしょう。

自動車の「スマホ化」は進むか? AIロボティクスと日本のモビリティ戦略

室住氏:
ビジネスモデル変革の具体例として、製造業、介護、建設現場など、まだ人の手が必要な領域でのAI活用についてお聞かせください。これらの分野ではAIがどのような変革をもたらすとお考えですか?

根来氏:
AIというとソフトウェアの世界だけを想像する人が多いのですが、ソフトウェアだけで解決できる世界には限界があり、実際には物理的な世界との接点が重要です。今後はAI機能を搭載したロボット、つまりAIロボティクスの世界が広がるでしょう。ロボタクシーに代表される自動運転車もAIロボティクスの一例です。こうした技術が工場、介護、建設などの現場に導入されれば、AIの活用領域は大きく広がり、産業構造も変わっていきます。

室住氏:
自動車業界では、車両というハードに加えてソフトウェアレイヤーができ、そこにAIが入ってくることで無人運行のロボタクシーのような形に進化しています。海外の自動車メーカーがこの考え方をいちはやく取り入れていますが、日本の自動車業界はこのトレンドに追従すべきでしょうか?

根来氏:
購入後の自動車にOSレイヤーが出現して、アプリで新たな機能を追加できる“自動車のスマートフォン化”が進むという説と、現在の延長で組み込みソフトの集合体としてさらに発展するという説があります。この問題が早期に決着することはないでしょうが、OS化は確実に進んでいます。

日本にも、自動運転OSを開発する大学発スタートアップ企業があります。前述の通り、リスクのある領域こそ、スタートアップの出番です。日本の自動車メーカーはこうした企業とどう連携していくかが鍵となります。

所有から共有へ——AIが実現するインフラの稼働率革命

室住氏:
自動車は「所有するもの」から「必要なときにシェアして使うもの」へと考え方が変わりつつあります。AIはビジネスモデルを変えるイネーブラー(変化を可能にする技術)になると思いますが、この領域ではどのようなAI活用の可能性が考えられるでしょうか?

根来氏:
ロボタクシーは現在、専用車両を企業が購入して運用するモデルが想定されていますが、次に来るのは既存の所有車の活用です。実は日本の所有車の稼働率は5%以下で、95%以上の時間は駐車場で眠っているといわれています。

これらの所有車が自動運転技術を搭載し、所有者が使わない時間に自動的に貸し出せるようになれば、ロボタクシー専用の車両は必要なくなります。ただし、いつどこでどのように使うかを調整するには、マッチング系のAIが必要です。所有者が1つひとつ調べて貸し出すのでは非効率ですからね。

室住氏:
そうすると、所有とシェアリング(使用経済)の世界が一体化し、タクシー業界などに破壊的イノベーションをもたらす可能性がありますね。特に地方の過疎地域では、労働人口減少や高齢化の進行という社会課題に対して、AIが大きく貢献できそうです。

根来氏:
しかも、これはインフラの概念を変える変革です。病院や救急車などの社会インフラは投資が必要ですが、同時に稼働率管理も重要な課題です。その稼働率をいかに高めるかという問題に、AIが活用されていく余地は大いにあります。つまり、AIは遊休資産の稼働率を劇的に高めるプラットフォームの中核として機能し、所有の概念そのものを変革する可能性を秘めているということです。

顧客体験も、少しずつ変化していく——リテール・金融業界の変革シナリオ

室住氏:
自動車以外の業界、たとえばリテールや金融はどのように変わっていくでしょうか?

根来氏:
リテールはEC化が進んでいますが、現在は「注文して届く」という構造です。将来的には、個人が注文ボタンを押さなくても自動的に必要なものが届くようなプッシュ型に変化する可能性があります。そして、人が配送するのではなく、ドローンやロボットによる自動配送が実現するでしょう。

これは単なる配送の効率化ではなく、ビジネスモデルの根本的な変革です。個々の商品を注文するのではなく、トイレタリー商品はすべて引き受けるといったように、生活に必要なものをまとめて提供する「丸ごと」のサービスが重要になります。これは単品販売から提案型ビジネスへの変革を意味します。顧客との関係性全体を構築し直さなければなりません。

室住氏:
金融業界では、実際にロボアドバイザー(AIによる資産運用の自動化サービス)の導入なども進んでいます。投資の知識があまりない人にとっては、すべてお任せできるサービスの需要はあるでしょうね。

根来氏:
AIを活用した投資相談業は確実に成長しますが、同時に従来型のサービスも残り続けるでしょう。破壊的イノベーションは業界全体を一気に変えるものではなく、その変化のスピードが重要です。旧来のビジネスも必ず一定期間は残ります。地方銀行や信用金庫がある日突然なくなることはありませんが、その数は徐々に減少していくでしょう。

変革の速度を読む——経営者に求められる新たな仮説構築力

室住氏:
つまり、破壊的イノベーションでは、いきなりすべてががらりと変わるわけではないということですね。

根来氏:
そうですね。なので、経営者はその変化のスピードと規模と範囲を読む必要があります。ただし、変化のスピードの読み間違いには注意が必要です。現場の人々は自分の仕事が変わることに抵抗感があるため、「ゆっくり進む」と考えがちです。経営者は「もっとはやく進むかもしれない」という変化への感度を持つべきでしょう。

室住氏:
業務効率化とビジネスモデル変革、そのどちらにも取り組む必要があるなかで、日本企業の経営者はどのような意思決定をすべきでしょうか? 海外では"プロ社長"として企業間を渡り歩く経営者がいて、事業ポートフォリオの最適化を断行できますが、日本ではそれが難しいケースが多いように思います。

根来氏:
経営者には特有の能力や知識が必要であり、それは組織内の経験だけでは身につきません。特にビジネスモデル変革を進めるためには、経営者としての能力を鍛える必要があります。異業種交流やビジネススクールなど、外部からの学びが重要です。社内で育ってきただけでは変革に必要な視点を得ることはできないと思います。

室住氏:
たしかに、私自身もビジネススクールで根来先生から衰退する企業のメカニズムを理解し、市場全体から見たときにその企業がどうすべきだったかを分析する視点を学びました。

根来氏:
将来のことは誰にも正確にはわかりません。「どうすれば必ず成功するか」という問いへの答えはありません。あるのは「成功しやすくする方法」だけです。

経営者は自分が立てた仮説に賭けなければなりません。たとえば建設業界の経営者であれば、「AIロボティクスがどのようなスピードで進み、業界のビジネスモデルをどう変えるか」という仮説を立て、それに賭ける必要があります。

室住氏:
そして、その仮説をどう立証していくかが経営手腕ということですね。

根来氏:
そのとおりです。もちろん、状況に応じて軌道修正が必要な場合もあるでしょう。

室住氏:
我々コンサルティング会社の存在意義は、そうした経営者の伴走支援にあると考えています。業務効率化とビジネスモデル変革、両方の観点からAI時代の経営判断をサポートし、経営者から選ばれるよう、我々も精進していきたいと思います。

根来氏:
コンサルティング会社の価値は、多くの企業の知見を持っていることです。1社だけでは気づかない視点や、業界を超えた変革の可能性を提示できることが、これからの時代にはより重要となるでしょう。

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