現在、自動車の開錠はキーレスエントリーが主流で、運転者が鍵を携帯して自動車に近づくとロックが解除される。今後はこの鍵をスマートフォンで代替する動きがみられており、運転者がスマホを携帯するだけで、自動車側から自動車の所有者もしくは運転者と認識されてロックが解除される技術が、自動車に搭載されるようになるという。人々が日常的に持ち歩くスマホが自動車の鍵の役割を果たすようになると、ユーザーの利便性はさらに向上するだろう。

スマホをデジタルキーとして、物理的な鍵を代替する技術をPhone as a Key(PaaK)と称するが、この実現には無線通信やセキュリティ分野での新しい技術の導入が必要だ。Infineonはそのための通信デバイスやマイコンを提供している。同社のカーアクセスソリューションの概要について、インフィニオン テクノロジーズ ジャパン株式会社オートモーティブ事業本部の降矢知隆氏に話を聞いた。

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    インフィニオン テクノロジーズ ジャパン株式会社 オートモーティブ事業本部
    VAC&VUE アプリケーションセグメント
    アプリケーションマーケティング ディレクター 降矢知隆氏

標準化をはかる団体の設立など、PaaK導入を後押しする動きが加速

自動車へのアクセス、開錠については、古くは物理的な鍵をカギ穴に差して機械的に開けて、ロックを解除するものだったが、1990年代に無線が導入されて電子キーによるキーレスエントリーおよびスマートキーに移行した。そしてPaaKは2022年ごろから徐々に市場に導入され始めている。

PaaK導入の背景には、既存のスマートキーでリレーアタックによる盗難が問題になっていたことがあげられる。キーフォブに代表される無線による電子キーは非常に微弱な電波を発しており、本来はそのキーフォブを自動車の近くに持っていくと、自動車側からも発する微弱な電波と電子キー側の微弱な電波同士で通信および認証してドアのロックを解除する。しかし、リレーアタックは、例えばキーフォブが家の中にあったとしても、電波を増幅する特殊機器を用いてリレーのように電波を繋いで、自動車の近くにキーフォブがあると自動車側に判断させることで開錠させるというものだ。PaaKは、よりセキュリティが高い技術として誕生し、このリレーアタックを防止する技術も盛り込まれている。

PaaK実現に向けた動きとしては、まず利便性への要求がある。スマホは今や多くの人が日常的に持ち歩くデバイスとして普及しており、スマホで自動車の開錠が行えれば、鍵のシェアつまりアクセス権の貸与が容易になり自動車の利便性が向上するため、PaaK導入の機運は徐々に高まっているといえる。

こうした機運を後押しするデバイス面の進化もある。通信技術では、Bluetooth Low Energy(BLE)やUltra Wide Band(UWB)、Near Field Communication(NFC)など、セキュリティを確保した上で無線接続できる技術が醸成されてきた。また、これら無線通信技術を搭載したスマホの普及が土台となっている。
さらにPaaKを導入する際には、自動車側に機能を付加するためコストの上昇が懸念されるが、大きな市場の確立による大規模な経済効果により各デバイスでコスト削減が進むことで、PaaK導入の後押しが期待される。

そして大きいのは、標準化の動きだ。これまで自動車の鍵へのアクセスやロック解除はセキュリティを重視して、自動車メーカーごとの独自技術として発展してきた。しかしスマホおよび車をブランドに関係なく繋ぐための技術仕様標準化が必要となり、業界団体CCC(カー・コネクティビティ・コンソーシアム)が設立された。
InfineonはCCCのコアメンバーとして、標準化策定に参画している。なお、業界団体としては他にICCEとICCOAがある。

CCCに準拠した技術であれば、どの自動車メーカーのどの車種でもPaaKシステムを構成することができる。またCCCに準拠した技術を搭載したスマホであれば、iOSでもAndroidでも、どのメーカーの機種でもPaaKの利用が可能だ。
海外の自動車メーカーでは既にPaaKの搭載が始まっており、特に自動車の盗難が多い国では、保険会社が従来の鍵からよりセキュリティの高いデジタルキーへの移行を推奨している。日本においても今年、CCC準拠のデジタルキー対応モデルが発売される予定で、今後の市場の成長が期待される。

BLEとUWB、2つの無線通信技術の強みを生かす

PaaKを実現する車載システムの構成としては、アンカーと呼ばれるECU(電子制御ユニット)が自動車内に5~6個搭載されており、カーアクセス全体を制御する中央のアクセスコントローラーECUと有線車内ネットワークでつながっている。

アンカーには、BLEとUWBのデバイスを搭載。アンカーは、鍵の代わりのスマホを持った人が自動車に近づいてきたとき、どの方向から近づいてきたのかをセンシングするもので、アンカーの数が増えるほどセンシングはより正確になる。図ではアンカーは5個配置されているが、技術的には少なくとも4個のアンカーを自動車の四隅に配置すれば、十分な精度のセンシングができるという。
アンカーで、近づいてくる鍵の距離、角度などの位置検出をしその上で認証を行うことにより、リレーアタックなどの盗難防止につながる。

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PaaKでは、BLEとUWBの2つの無線技術を利用する。駐車中の車両で鍵の接近を検知するため、無線電波の定期的な起動が必要となり、消費電力を抑えることが必要だ。UWBは距離測定および位置検出の精度は高いが、一方で消費電力がBLEよりも大きい。そこで、スマホの所有者が自動車の約10m圏内に入る段階では、まずより低消費電力のBLEで検出する。次に自動車の周辺5m圏内にスマホの所有者が入って来るとUWBでの通信に切り替える。UWBではスマホの所有者が、自動車に乗ろうとしているのか、自動車の周囲をウロウロしているだけなのかを判断する。そして自動車に乗ろうとしている場合に、NFCなどでユーザーの認証をして、自動車のロックを解除する。
最後の認証技術には、今後数年のうちに指紋認証や顔認証などの生体認証を導入する方向で進んでいる。生体認証の機能が加わる場合は、ドアハンドルに指紋認証や、Bピラーに顔認証機能を搭載することになるだろう。

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前述の通り、PaaKを実現する無線技術、通信ネットワーク技術、センシング技術は、CCCのDigital Key標準規格に準拠するものであれば、どの自動車でも使えるようになる。また、スマホもどの機種でもCCC Digital Keyに準拠していれば利用可能だ。
つまり、スマホを持っていれば、例えば人の自動車に乗る時に、自動車の所有者に権限を付与してもらえさえすれば、物理的に鍵を借りなくても、自動車を運転できる。

UWBデバイスを開発中

PaaKの技術要件は非常に高度かつ複雑で、さまざまな新しい技術が必要となる。そして、InfineonはPaaKを実現する幅広い製品ポートフォリオを有している。

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まずは自動車内のメインのアクセスコントローラーやタッチセンシング用ドアハンドルに用いられるマイコンで、「TRAVEO」や「PSOC」があげられる。TRAVEOは2020年にInfineonが買収したCypress Semiconductorの技術で、自動車のボディアプリケーション向けに最適化しており、既にカーアクセス用途での採用実績があるという。PSOCはタッチセンサーを搭載したプログラマブルなSoC(System on Chip)となっている。
次に電源関係は、System Basis Chip(SBC)「OPTIREG SBC」のライトバージョンで対応する。アンカーECUでは専用MCUを使わない場合もあり、電源機能にCANトランシーバ搭載のSBCが適している。また、ハイサイド、ローサイドの電源周りのスイッチングデバイスもある。

PaaKの要となる無線技術については、BLE用デバイスはMCU「AIROC」があり、最新製品「CYW89829」は、CCC Digital Key標準で求められるBluetooth仕様に準拠のデバイスとなる。
なお、UWB用デバイスについては、2023年にUWB用の低電力チップを手掛けるスイスの3db Accessを買収しており、同社の技術を用いたデバイスの開発を進めている。初期の評価開発キットは顧客への配布を開始している。

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その他、認証部分のセキュリティについては、セキュリティコントローラー「SLI37」、NFCキーカード「SLC37GDA」、指紋認証センサーなどがある。また、CCC準拠のSecurity SW Appletの準備も進めている。

Infineonでは、これらの幅広い製品をソリューションとして提供し、PaaKの導入・普及を後押ししていく。

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