建設産業は、他産業と同様の時間外労働規制を実施しなければならなくなった「2024年問題」、高齢化で大量の退職者が出るとされる「2025年問題」をはじめ、多種多様な課題に直面している。その課題を解決しうる、いわゆる“建設DX(デジタルトランスフォーメーション)”の重要性も叫ばれて久しいが、実態として普及はなかなか進んでいない。建材販売を事業の軸とし、建設DXにつながるソリューション提供にも乗り出した野原グループ株式会社の野原 弘輔 代表取締役社長・グループCEOに、建設産業の現状と課題、そして未来に向けた思いを聞いた。
建設産業が悩み続ける生産性の構造的課題
―野原代表が建設業界に身を投ずることとなったきっかけをお聞かせください。
野原産業(現 野原グループ)へ入社したのは、2006年7月のことです。2000年に慶應義塾大学を卒業後、外資系金融機関に約6年在籍して金融アナリストなどを務めていました。入社後は経営企画や新規事業立ち上げ、海外事業などに携わり、シカゴ大学経営大学院でのMBA取得を経て、2018年に社長に就任しました。
大学卒業時、家業である野原産業への入社はまったく考えておらず、金融業界で生きていこうとの思いでした。ただ、外資系金融機関で企業金融の世界に触れ、実際に企業の中で仕事をしてみたいと思うようになり、最も身近な野原産業で上場プロジェクトが進んでいたことから、そのサポートという形で入社したのです。
―さまざまな企業のご支援をされてきた野原代表から見る、建設産業の現状と課題を教えてください。
一番の課題は生産性の低さです。その背景にあるのが、建設産業の複雑な請負い構造(以下、重層構造)です。ゼネコン、つまり元請けの企業があり、その下に壁や床、ドア、電気など各種工種を手掛ける1次下請けの専門工事会社が数多く存在します。さらに複雑なのは、こうした工事にも多重の下請け構造があり、最終的に“一人親方”の職人が工事を担うケースもあります。
この構造自体は、長年の結果として業界が編み出した最適解という部分があるのですが、工種が多岐に分かれ、しかもそれぞれが複層化しているため、各プレイヤー間で情報が分断され、情報の共有が難しくなり、やり取りが非常に煩雑になるという本質的な問題があります。
―具体的にはどういったやり取りが煩雑になるのでしょうか。
建築物を作るときには、関係者全員が図面に従って作業をするのですが、その図面は設計者、ゼネコン、専門工事会社がそれぞれ作成しています。立場によって見る部分の細かさが違いますし、取り組む箇所も異なるため、各々に適した図面が必要になるからです。すると、その都度作り直すうえ、紙の図面の時代はもちろんCADを用いる今も情報がストレートに伝わらず、作業のやり直しも発生して、生産性は上がりません。このように、情報を各層間で分断させず一続きにするのが建設DXのキモといえるでしょう。
―では、建設DXの現状について教えてください。
建設産業ではさまざまな種類のDXが走っています。例えばBIM(ビム/Building Information Modelingの略)の導入はその一つですし、2023年4月から、国土交通省の直轄土木事業でBIM/CIM原則義務化が開始されました。また、従来の電話やメールでのやり取りをコミュニケーションツールに置き換えようという動きも出ています。ただ、2023年以降、投資額が毎年70兆円超の建設産業はとにかく巨大で裾野が広い。つまり膨大な数の関係者がいて、その裾野の先の先まで一律にデジタル化するのは現実的に難しいところがあります。
ですが、それを実現しなければ情報のやり取りの問題は解決しませんし、生産性の低さも変わらないままです。すでに規模の大きなゼネコンは、深刻な人手不足を背景にデジタル化は不可欠としてDXを明言し、とりわけスーパーゼネコンではあらゆる現場でのBIM採用を加速させています。ロボットやIoTでの技術連携を進める「建設RXコンソーシアム」がスーパーゼネコン5社主導で設立されたのもその象徴で、とても良い取り組みだと歓迎しています。
ゼネコン各社のBIMをつなぐソリューション
―野原グループでは、ここまで伺ってきた課題の解決に向けてソリューション提供を始めました。
私たちが提供する「BuildApp」というサービスは、ゼネコンとその下の専門工事会社、職人、さらには建材メーカーや物流といったサプライチェーンも含め、建設工程に関わる人たちをBIMを通じて結ぶプラットフォームです。BuildAppはBIMのサブシステムのようなもので、BIMソフトを持っていない建設サプライチェーンの中の中小零細企業や職人でもスマホやタブレットで情報を見ることができ、やり取りすることができる仕組みです。
BIMなら図面などの設計情報やコストを一元管理でき、建設に携わる全プレイヤーが常に同じ情報を見ることができます。「BuildApp」はそのBIMの活用を支援するソリューションで、各社のBIMをつないでプレイヤー間の情報分断を防ぎ、巨大産業である建設産業全体のデジタル化による生産性向上に貢献していきたいと考えたのがきっかけです。
会社としては、10年ほど前から建設のデジタル化に貢献したいとの思いがありました。具体的に着手したのは私が社長になってからで、事業としてはとくにゼネコンと1次下請け、建材・内装メーカーの3者を結ぶところにフォーカスし、2021年度に事業の構想を発表しました。現在は東急建設、竹中工務店、大成建設、大和ハウス工業、清水建設、東亜建設工業などの大手ゼネコン約20社と内装・建具工事分野での実証および協議を進めており、2024年度から本格始動予定となっています。まずはこれらの企業に使っていただき、他の関連プレイヤー(建材メーカーや専門工事会社など)にも早期に広げていくことを目指しています。
ゼネコン各社はBIMを浸透させていきたいとの思いはありつつも、下請けやメーカーをなかなか巻き込めないことに課題を感じています。「BuildApp」はその点で効果が期待できるソリューションだと好評を得ており、当社としても楽しみにしています。
建設DXの現状と将来を多種多様な立場から話し合う書籍を出版
―野原代表は今回、建設DXをテーマとした書籍「建設DXで未来を変える」を出版されます。書籍の概要や、出版を考えた理由を教えてください。
建設DXという言葉自体は認知が高まってきたものの、その真の意味や、そもそも建設産業にどういった本質的問題があるのかはまだまだ知られてない、あるいは理解が十分にされていないと感じています。そこで、建設産業が社会インフラを支える重要産業として持続していくために、課題を再認識する契機が必要だと考え、本書を出版しようと考えました。 建設DXを実現しなければという意識はあるのですが、現実としてなかなか浸透しない。そこには“できない理由”があるわけで、その理由が何なのか、複数の視点から少し掘り下げるような内容にしたつもりです。
書籍では、国土交通省の建築BIM推進会議で委員を務める学識者や、建設RXコンソーシアム会長(ゼネコン関係者)、さらには建設産業を外から客観的に見続けるメディア関係者や、建設現場で実際に働く職人まで、実にさまざまな立場の人々と、建設産業の課題や未来像について多角的な視点で語り合っています。
―まさにバラエティあふれる方々の考えが聞けるのですね。
はい。多彩な人がそれぞれの立場で携わっている、それこそが建設の本質だと私は思います。立場も仕事も違うプレイヤーたちがうまく連携し、協業していければ、建設産業はもっと良くなっていくと確信しているので、その思いからできるだけ多くの人に話を伺いました。中身としては先ほど申し上げたように本質的な内容を掘り下げているので、マニアックな部分も多いのですが、建設産業に関する知識を深めたいという他産業の方にもぜひ読んでいただければと思います。
―書籍の内容でとくに強調したい部分をご紹介ください。
建設産業の話をすると、下請けの重層構造など悪い部分のみを強調するケースを多く耳にします。確かに、最後は一人親方にしわ寄せが集まってしまうなど、弱い立場が生まれ、そこを直さなければならないのは間違いないのですが、ただそれは本質的問題ではなく、申し上げたように多層下請けの重層構造には経済的な意味がありますし、その構造がなぜ出来上がったのかまで入り込まなければ問題は解決できません。この本ではそうした部分についてもしっかり議論しています。
―書籍を通して伝えたいメッセージをお聞かせください。
建設産業は社会の発展や生活の向上を支える重要な産業で、とにかく産業の規模が大きい。私自身、スケールが大きく、やりがいのある仕事だと感じています。ところが、建設産業は人気がありません。そして、生産性の低さや高齢化・就労人口減少などの課題が、他の産業と比べて突出しています。重要な産業であるからこそ、そうした問題を解決することで、日本経済全体に及ぼす好影響もとてつもなく大きいと考えています。
その建設産業の重要性と面白さ、そしてDXが進んでいないからこそ今後変わっていく可能性の大きさを、この本で伝えることができればと思っています。
“CHANGE THE GAME”で見据える未来
―最後に、野原グループとして「BuildApp」などの事業を通して今後の建設産業に届けたい価値を教えてください。
当社では、「CHANGE THE GAME. クリエイティブに、面白く、建設業界をアップデートしていこう」」というミッションを掲げています。新しい時代に向けて建設産業を変えていく一助になりたいという、その思いがすべてです。「BuildApp」の事業としては、これから内装工事向けサービスを本格始動し、対象の専門工種を広げ、生産性向上をサポートしていくことで、2023年以降、投資額が毎年70兆円超といわれる建設産業全体にインパクトを与えられればと願っています。
[PR]提供:野原グループ